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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case150 狼と少年

 スカラは何も説明することなく、ただひたすら歩き続けた。見つからないように、できるだけ早く丘を下り、いつも町へ向かう道とは真逆の道を進む。


 スカラはどこへ自分たちを連れて行こうとしているのだろう……。

 どうして、急にこんなことになってしまっているのだろう……? 

 ニックはいまいち、状況を理解しきれていなかった。


 このままこちらの方向に進んで行けば、小さな村がある。二又に別れる道に行き当たり、左側に進めば村に行きつく。村に向かっているのだろうか? 三人がそう思ったとき、スカラは右の道を選んだ。


「村に行くんじゃないのか? そっちに行っても何もないだろう」


 チャップは右の道に一歩踏み出した、スカラにいった。

 スカラは首だけを曲げて、チャップを見返す。


「いいからついてこい」


 その声は喧嘩腰に聞こえないでもなかった。

 チャップは肩を怒らせ、「行き先くらい教えてくれてもいいだろッ」と強い口調で言い放つ。


 しかし、スカラは冷めた眼つきでチャップを見返し、再び歩き出した。


「おい、待てって」


「まあ、チャップ。おとなしくついて行きましょう。スカラにはスカラの考えがあるのよ」


 暴れ馬をなだめる騎手のさながら、チャップはなだめられた。

 鼻から大きな息をつき、渋々歩きはじめる。


 しばらく進んで行くと、いつも部屋の窓から見えていた巨大な森が真正面にあらわれた。そのころになると、三人もスカラが向かっている場所を薄々悟った。


「まさか、森に入るんじゃないだろうな?」


「そうだよ」


 スカラは立ち止まり、ハッキリといった。


「神父があの森には近寄るなって言ってたわ」


 いつもは勝気なセレナでさへ、すくんでいる。


「あの森に見せたいものがある。怖気づいたのなら、無理についてこいとはいわない」


 三人はお互いに顔を見合わせた。ここまで来てしまったのだ。こうなったら、行けるところまで、行くしかない。


「わかった。ついて行く。だけど、日が暮れるまでには帰れるんだよな?」


「ああ、おまえたちが急いでくれれば、だけどな」


「それじゃあ、早く案内してくれ」


 そして、スカラを先頭に三人は森の中を突き進んだ。

 殆ど獣道のような、道を進んでいる。

 足場が悪く、数メートル進むだけでも一苦労だった。

 スカラは慣れた様子で、どんどん先に進む。


「おい、あんまり深く潜ったら、道に迷っちまうぞ」


 息を上げながら、チャップはいった。


「そのことは心配しなくてもいい、何度も通った道だ。道なら憶えているから」


「危ない動物は出ないの?」


 チャップの次はセレナが訊いた。


「蛇や、熊、ジャッカル、狼なんかは出る」


 その話を聞いて、三人は縮み上がった。

 いつどこから、そのような動物が襲ってくるかわからないのだ。

 三人はキョロキョロと辺りを見渡した。

 ザワザワと枝が揺れ、草木が鳴いている……。


「心配しなくても、この道を通っていれば襲われることはない。動物には縄張りって言うもんがあって、自分より強い奴の縄張りには入らないからな」


「自分より、強い奴って誰のことだよ?」


「もうじきわかる」


 愛想なくそういって、スカラは歩き続ける。

 それから、三十分ほど進み三人は無駄口をたたく体力すら失っていた。肩で息をしながら、鉛のように重い足を進めることだけに全精力を集中させた。


 森を一時間ほど進んだところで、スカラは立ち止まり周辺に目を走らせる。


「どうしたんだよ……?」


 すると、スカラは鼻から息を吸い込み、胸を膨らませたと同時に叫んだ。


「ゥワォーオッ!」


 とまるで狼のような叫びをあげた。

 突然の行動に三人は顔をこわばらせ、周囲に目を這わす。

 枝に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立った。バタバタと木の葉が雨のように舞い落ちた。


「おい……どうしたんだよ……?」


 恐るおそるスカラに近づいたとき、チャップは肩を跳ね上がらせて立ち止まった。背後から見ていた、セレナとニックは不審に思いチャップの元まで歩み寄った。


 セレナもニックも立ち止まり前方の樹間(じゅかん)に、すべての意識を吸い寄せられた。樹間にギラギラと光る、眼のようなものが闇に浮かんでいた。


 薄暗い森の中でこれ以上目立つ、輝きがあっただろうか……。その輝きはゆっくりとスカラに近寄った来ていた。目と鼻の先までその光がやって来たとき、やっとその正体を知ることができた。


「狼……」


 三人は足に根が張ったように動けなかった。

 その圧倒的な存在感を放つ、獣のプレシャーに押しつぶされている。

 三人とは対照的にスカラは怖じ気た様子はない。

 それどころか、自分から狼に歩み寄っていく。


 近寄るなッ! とチャップは呼び止めようとしたが、こわばった口は開かず声が出せない。狼に見つかってしまった以上もう逃げられない……。


 そのことがわかっているから、スカラはやけになっているのか……? 

 けれど、やけになっている様子ではなかった。


 スカラはまるで友人の元に歩み寄るかのように、慈愛に満ちた顔をしていた。

 

 スカラと狼との距離は三メートルほどにまで縮まった。駄目だ……かみ殺される……と誰もが思ったとき、スカラは狼の頭を撫でた。


「久しぶりだな。元気にしてたか?」


 狼はまるで飼い犬のように「クゥーン」とのどを鳴らした。

 そのあまりに不思議な光景に、三人は恐怖も忘れ呆然とスカラを見つめていた。


「俺が見せたかったものっていうのは、こいつらだ」


 狼はセレナたちを見上げ、尻尾をゆっくりとふる。


「こいつら……?」


 樹間から、もう一匹狼があらわれた。

 もう一匹の狼もスカラのとなりに歩みより、腰に頭をこすり合わせた。


「こいつらは俺の家族だった奴らだ」


 スカラは二匹の狼の頭を撫でながら、三人にいった――。

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