case150 狼と少年
スカラは何も説明することなく、ただひたすら歩き続けた。見つからないように、できるだけ早く丘を下り、いつも町へ向かう道とは真逆の道を進む。
スカラはどこへ自分たちを連れて行こうとしているのだろう……。
どうして、急にこんなことになってしまっているのだろう……?
ニックはいまいち、状況を理解しきれていなかった。
このままこちらの方向に進んで行けば、小さな村がある。二又に別れる道に行き当たり、左側に進めば村に行きつく。村に向かっているのだろうか? 三人がそう思ったとき、スカラは右の道を選んだ。
「村に行くんじゃないのか? そっちに行っても何もないだろう」
チャップは右の道に一歩踏み出した、スカラにいった。
スカラは首だけを曲げて、チャップを見返す。
「いいからついてこい」
その声は喧嘩腰に聞こえないでもなかった。
チャップは肩を怒らせ、「行き先くらい教えてくれてもいいだろッ」と強い口調で言い放つ。
しかし、スカラは冷めた眼つきでチャップを見返し、再び歩き出した。
「おい、待てって」
「まあ、チャップ。おとなしくついて行きましょう。スカラにはスカラの考えがあるのよ」
暴れ馬をなだめる騎手のさながら、チャップはなだめられた。
鼻から大きな息をつき、渋々歩きはじめる。
しばらく進んで行くと、いつも部屋の窓から見えていた巨大な森が真正面にあらわれた。そのころになると、三人もスカラが向かっている場所を薄々悟った。
「まさか、森に入るんじゃないだろうな?」
「そうだよ」
スカラは立ち止まり、ハッキリといった。
「神父があの森には近寄るなって言ってたわ」
いつもは勝気なセレナでさへ、すくんでいる。
「あの森に見せたいものがある。怖気づいたのなら、無理についてこいとはいわない」
三人はお互いに顔を見合わせた。ここまで来てしまったのだ。こうなったら、行けるところまで、行くしかない。
「わかった。ついて行く。だけど、日が暮れるまでには帰れるんだよな?」
「ああ、おまえたちが急いでくれれば、だけどな」
「それじゃあ、早く案内してくれ」
そして、スカラを先頭に三人は森の中を突き進んだ。
殆ど獣道のような、道を進んでいる。
足場が悪く、数メートル進むだけでも一苦労だった。
スカラは慣れた様子で、どんどん先に進む。
「おい、あんまり深く潜ったら、道に迷っちまうぞ」
息を上げながら、チャップはいった。
「そのことは心配しなくてもいい、何度も通った道だ。道なら憶えているから」
「危ない動物は出ないの?」
チャップの次はセレナが訊いた。
「蛇や、熊、ジャッカル、狼なんかは出る」
その話を聞いて、三人は縮み上がった。
いつどこから、そのような動物が襲ってくるかわからないのだ。
三人はキョロキョロと辺りを見渡した。
ザワザワと枝が揺れ、草木が鳴いている……。
「心配しなくても、この道を通っていれば襲われることはない。動物には縄張りって言うもんがあって、自分より強い奴の縄張りには入らないからな」
「自分より、強い奴って誰のことだよ?」
「もうじきわかる」
愛想なくそういって、スカラは歩き続ける。
それから、三十分ほど進み三人は無駄口をたたく体力すら失っていた。肩で息をしながら、鉛のように重い足を進めることだけに全精力を集中させた。
森を一時間ほど進んだところで、スカラは立ち止まり周辺に目を走らせる。
「どうしたんだよ……?」
すると、スカラは鼻から息を吸い込み、胸を膨らませたと同時に叫んだ。
「ゥワォーオッ!」
とまるで狼のような叫びをあげた。
突然の行動に三人は顔をこわばらせ、周囲に目を這わす。
枝に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立った。バタバタと木の葉が雨のように舞い落ちた。
「おい……どうしたんだよ……?」
恐るおそるスカラに近づいたとき、チャップは肩を跳ね上がらせて立ち止まった。背後から見ていた、セレナとニックは不審に思いチャップの元まで歩み寄った。
セレナもニックも立ち止まり前方の樹間に、すべての意識を吸い寄せられた。樹間にギラギラと光る、眼のようなものが闇に浮かんでいた。
薄暗い森の中でこれ以上目立つ、輝きがあっただろうか……。その輝きはゆっくりとスカラに近寄った来ていた。目と鼻の先までその光がやって来たとき、やっとその正体を知ることができた。
「狼……」
三人は足に根が張ったように動けなかった。
その圧倒的な存在感を放つ、獣のプレシャーに押しつぶされている。
三人とは対照的にスカラは怖じ気た様子はない。
それどころか、自分から狼に歩み寄っていく。
近寄るなッ! とチャップは呼び止めようとしたが、こわばった口は開かず声が出せない。狼に見つかってしまった以上もう逃げられない……。
そのことがわかっているから、スカラはやけになっているのか……?
けれど、やけになっている様子ではなかった。
スカラはまるで友人の元に歩み寄るかのように、慈愛に満ちた顔をしていた。
スカラと狼との距離は三メートルほどにまで縮まった。駄目だ……かみ殺される……と誰もが思ったとき、スカラは狼の頭を撫でた。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
狼はまるで飼い犬のように「クゥーン」とのどを鳴らした。
そのあまりに不思議な光景に、三人は恐怖も忘れ呆然とスカラを見つめていた。
「俺が見せたかったものっていうのは、こいつらだ」
狼はセレナたちを見上げ、尻尾をゆっくりとふる。
「こいつら……?」
樹間から、もう一匹狼があらわれた。
もう一匹の狼もスカラのとなりに歩みより、腰に頭をこすり合わせた。
「こいつらは俺の家族だった奴らだ」
スカラは二匹の狼の頭を撫でながら、三人にいった――。