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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case149 見せたいもの

 このまま時間を稼ぐことは不可能に近くなっていた。

 タダイ神父はどうしてよいのかわからずに、しばらくニックの背中をなでていたが、このままでは(らち)が明かないと考えたのだろう、ニックを背負いカリーラの部屋へと向かうことに決めた。


 それはまずい……神父におぶられる前に、ニックは立ち上がった。

 カリーラの部屋は長い廊下を進んだ端のほうにあるのだ。そこに行くためには神父の部屋の前を通らなければならない。


 なんとしてでも、もうあと十分、セレナが部屋から逃げる、もうあと十分だけ時間を稼がないと……。


「さあ、背中につかまりなさい。私が負ぶっていってあげましょう」


 神父は背中を向け、手を逆手に差し出した。


「あ……いや、もう大丈夫です。ちょっと、気分が悪くなってしまっただけで……」

 

 足場の悪い台の上にでも立っているかのように、ニックはふらついていた。


「本当ですか。まだ顔色が悪いじゃないですか」


 ニックは青白い顔で覇気のない笑顔を浮かべた。


「大丈夫です。それより、せっかくのいい天気なんですから庭をお散歩されてはどうですか?」


 神父は蝶々がつがいで飛び回る庭に視線をやってから、首をゆっくりとふった。


「申し訳ないですが、私は今忙しいのでまた今度にします」


 とそのとき、運がいいのか、悪いのか、カリーラが寮の入り口にあらわれた。

 

 なんて、タイミングなんだ……。

 ニックは心臓が下から突き上げられるような感覚を感じた。

 神父がカリーラに気付くと、手を心ばかりあげて呼んだ。


「丁度いいところにきてくれました。ニックくんが気分が悪いと言っています。様子を見てあげてくれませんか」


「ニックくん大丈夫ですか……」


 カリーラは寮の出入り口をくぐり、速足気味に駆け付けた。


「どうされました? 顔が真っ青ですよ?」


 カリーラはニックの頬に手をそえて、顔を覗き込む。


「あ……いや……ちょっと気分が悪くなっちゃって……」


 ニックは目をそらして答えた。


「それでは、ニックくんを任せましたよ。私は仕事がありますから」


 神父はそういって、踵を返した。

 ニックは神父を呼び止めようとしたが、すんでのところでのどに空気がつっかえたようになり言葉がでなかった。


「あ、あ、あ」


 という、高いつっかえた声しかだせず、不思議そうに神父は振り返った。


「どうしました?」


 とっさに呼びて止めてしまったが、呼び止めて置けるだけの理由がなかった。


「いえ……何でもありません」


 ニックは申し訳なさそうに、首を振った。そして神父は寮の入り口に消えた。

 

 神父の姿を見届けて、カリーラはいう。


「歩けますか?」


「はい……。もう大丈夫です。だいぶん調子がよくなりました」


 カリーラは熱でも測るようにニックの額に手をかざした。

 続けてニックの瞳を覗き込んだ。


「瞳孔は少し開き気味に見えますが、顔色もだいぶんよくなっていますから、しばらく様子を見て。また気分が悪くなったとき、わたくしの部屋にきてください」


「はい……」


 それだけいってニックは逃げるように、寮に駆けこんだ。

 セレナ……セレナ……。お願いだ……間に合っててくれ……。


 そう思いながら、ニックは神父の部屋の前まで駆ける。

 シンプルなとびらに耳を這わせ、聞き耳を立てた。


 ドクドクという自分の心臓の音が耳触りだったけど、話声は聞こえなかった。もし間に合わず神父と鉢合わせしていれば、叱られるなり、理由を聞かれるなりして、話声が聞こえるはずだが、それはなかった。


 つまり、間に合ったのだ。

 ニックは胸を撫でおろし、その場に倒れ込みそうになったが、足を踏ん張り堪えた。こんなところで倒れるわけにはいかない。


 気が抜けガタガタになった足を引きずり、ニックは部屋への帰路についた。


 部屋に戻ってくると、すでにセレナはいた。

 カノンとチャップ、ミロル、アノンも皆集まっている。

 そこでニックはちょっと違和感を感じた。


 普通なら五人のはずなのに、一人多いように思ったからだ。

 ニックはもう一度、人数を数えた。狭い部屋いっぱいに子供たちが充満している。


 二つある二段ベッドの上にはカノンとアノンがいる。下段にはミロルとチャップがそれぞれ座っていた。セレナはニックを見つめながら、中央に立っている。


 そして、部屋に唯一ある小さな窓から外を眺めている、知らない人物が確かに一人いた。ニックが状況を飲み込めていないことを悟ると、セレナが口をついた。


「ニック、お疲れ様」


 ニックは口をパクパクさせながら、窓の外を見ている少年を指さした。


「ど、どうして、スカラがここにいるんだよ……」


 セレナはどこから話したものかと、小首をかしげる。

 そこにカノンが口を挟んだ。


「オレは嫌だからな。誰がそいつの言いなりになんかなるか。それに次ぎ、勝手に抜け出したことがバレたら、何日地下に閉じ込められるかわかったもんじゃねぇ」


 ニックは話について行けず、問うた。


「どういうことだよ……? 誰か説明してくれよ……」


「説明すれば長くなるから、省いて用件だけいうとね。今さっき、スカラに助けられたの。あともう少し神父の部屋にとどまっていたら、見つかっているところだった」


 セレナが話していたとき、カノンは苛立たしそうに口を挟む。


「そっからなんで、ついて来いって話になるんだよ?」


「あたしが今説明してるから、あんたは黙ってて」


 セレナは苛立たし気に、カノンを睨んだ。

 面白くなさそうに、カノンはそっぽを向いた。


「それで……今話をしていたら、あたしたちにスカラが見せたいものがあるっていうの……。だから、『俺についてきてくれ』って、話になって」


 セレナがいうと、今まで黙秘をついていたチャップいった。


「俺も悪いけど、賛成できない」


「俺もだ――」


 ミロルもチャップに追随するように同意する。


「まあ、みんなちょっと待ってよ」


 セレナはみなを落ち着かせて、「スカラ。あなたはあたし達をどこに連れて行きたいの?」とスカラの背中に質問を投げかけた。


 スカラはゆっくりと振り返り、みんなの顔を一人ひとり見渡す。


「ついてくればわかる」


「どこに行くのか説明もされないのに、ついて行けるかよッ」


 スカラを睨みつけて、カノンはいった。


「べつに付いてきたくなけりゃあ、ついてこなくていい」


「スカラもそんなこと言わないで」


 セレナは仲裁に入ったけれど、二人の間にはピリピリとギクシャクした空気が漂っていた。


「それじゃあ、あたしが行くわ。みんなはここで待ってて」


「ちょっと待てよ。そいつと二人になるって言うのか? やめとけ、やめとけ」


 カノンは顔を前にうろついた虫でも払うように手をふった。

 チャップも同じように「そうだぞ。やめとけ」といった。


「大丈夫。スカラ。あたしをその見せたいもののところまで連れて行って」


 チャップは立ち上がった。


「わかった。わかった。それじゃあ、こうしよう。三人は口裏を合わせるためにここに残る。後の三人はスカラについて行く。これでいいな」


「ええ、それでいいわ」


「急かすようで悪いが、決まったんだったら早くしてくれ。夕方までには戻ってきたい」


 スカラはポケットに手を入れたまま、いった。


「それじゃあ、誰がスカラについて行くかだな」


 チャップがそういうと、真っ先にセレナが名乗りを上げた。


「あたしはついて行くわ」


「よし。それじゃあ、俺も行く」


 チャップも追随するように、いった。


「あと一人は? 別に行きたくなければここに残ってもいい」


 チャップは少年たちの顔を見渡した。

 けれど誰も名乗りを上げなかった。


「それじゃあ、もし神父が俺たちがいないことを不審がっても、何とか言い訳しといてくれ」


 決が取れたのを見届け、スカラは小さな窓を開けた。

 みんなは不審にスカラの背中に視線を向けると、彼は小さな窓に体をねじ込み外に出た。


 チャップとセレナはお互いに顔を見合わせて、うなずく。

 チャップが先に外に出て、セレナもあとに続いた。

 三人が立ち去ろうとしたとき、ニックはいった。


「ちょっと待ってくれ。おれもやっぱり、ついて行くよ――」

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