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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case148 狼と弾丸

 青臭さと、鉄のような臭いが否が応でも鼻についた。アカシカの(しかばね)が横たわり、男たちを緊迫状態にさせる。


 お互いがお互いに背中を預け、鹿を捕食する大型肉食動物を警戒した。しばらく緊迫した状況が続いたが、肉食動物の気配は感じなかった。


 特殊部隊の男は痺れを切らせ、ショットガンを構えたまま屍に近づく。つま先でアカシカの腹をけり、まだ食われていない半身に向き直らせる。


「我々にビビり、逃げたのかもしれない」


 屍を蹴った兵士はいった。

 

「気は緩めるな」


 兵士は忠告しながら、一歩一歩前進する。


「周辺を探してみましょう」


 坊主頭の兵士がいうと、「二組に別れよう」とランボルが提案した。


「もし、銃声があればすぐに駆け付けるんだ。離れ過ぎるな」


 一組はランボル、キクマ、坊主の兵士、黒髪の兵士で別れ、二組はサエモン、ウイック、隊長、長髪を後ろで束ねた兵士で別れた。


 男たちは左右に別れ、進んだ。

 獣道をアーミーナイフで切り開く。

 蔓や草に足を取られないよう、小股で進む。

 サバイバルには慣れたもので、兵士たちは舗装された道を歩くかのように進んだ。


 これ以上進んでも踏み荒らされた形跡はないので、二組が引き返そうとしたときだった。銃声が轟き、鳥たちが一斉に飛び立った。


 サエモンを先頭に元来た道をかけ戻ると、樹に背中を預けたキクマが草木の間から見えた。


「動くなッ!」


 サエモンたちを視界の端にとらえるや、キクマは叫んだ。

 何が何だかわからぬまま、サエモンたちは立ち止まった。


「どうしたのですか……?」


 戸惑いながらサエモンが問うと、キクマは静かな声でいう。


「樹の上に何かいる」


 サエモンはゆっくりと、天を見上げた。洞窟の天井を見上げているように、暗く、枝か、木の葉か識別できなかった。


 天に意識を集中させていると、確かに何かが樹を移動するようなガサガサという音が聴こえた。木の葉が舞い落ちると同時に、黒い影が天から落ちてきた。


 何が何だかわからぬままの二組の上に、その黒い何かが襲い掛かる。

 長髪を後ろで束ねた兵士が獣のような悲鳴を上げた。


 サエモンと隊長は反射的に、ショットガンを構えたが発砲することができなかった。長髪を後ろで束ねた兵士を背後から押し倒し、その獣は牙を剥きだしていた。


「狼……」


 長髪の兵士は何が何だかわからぬまま、背中から押し倒され動転していた。狼はギラギラ光る鋭い牙を剥きだし、サエモンたちを威嚇する。


「どうして、狼が樹の上なんかに……」


 長髪の兵士はいつ襲われてもおかしくなかった。

 ジタバタ力任せに暴れる、兵士にランボルは小さくいった。


「暴れるな……暴れたら、息の根を止められるぞ」


 その言葉を聞いた途端、長髪の兵士はピタリと動きを止めた。

 けれど理性ではわかっていても、ブルブルと痙攣する体を抑えることはできていない。


 一触即発の状態が狼と男たちの間に、いつ切れてもおかしくない糸のように張られていた。少しでもおかしな行動をとろうものなら、狼は兵士をかみ殺してしまうだろう……。


 恐怖に耐えきれなくなったのか、長髪の兵士は懐に抱えるように持っていたショットガンの銃口を、脇のすき間から差し出し、トリガーを引いた。


 キクマたちを威嚇していた狼は不意を突かれ、ショットガンの弾丸を下腹に受けた。


 誰もが仕留めた、と思ったが違った……。

 狼は倒れない。

 まともに当たった、はずだったのに……狼は立っていた。


 狼は牙を剥きだし、ゆっくりと組みびいた兵士を睨みつけ、怒りをあらわにさせる。狼は剥きだした牙の残光を残し、兵士のうなじにかぶりついた。


 と、思ったが兵士はショットガンの銃身をうなじにかぶせ、狼の牙を防ぐ。狼はものすごい力で、ショットガンを奪い取り、その牙で銃身をひん曲げてしまった。


 狼が魚の骨を吐き出すように、ショットガンを放り投げたとき、隊長が狼に体当たりをした。狼はラガーマンが吹き飛ぶときのように、横から倒れ込み、数回転がった後に態勢を立て直した。


 隊長は迷うことなく、転がった狼にショットガンの銃口を向けて、二発連続で発砲した。


 一発は土に吸い込まれたが、もう一発は確かに当たった。

 けれど、狼はキャン、と甲高い鳴き声をあげただけでまったく効いていない……。


「いったい……どうなってんだ……」


 銃から顔を上げた、隊長は怪物でも見るような目で、呆然と狼を見た。組みびかれていた兵士も即座に起き上がり、残り一発残っている弾丸を狼に放った。


 しかし、狼は銃弾が見えているかのように、すんでのところで横に飛びのきかわした。前足を前に突き出し、後ろ脚をバネのようにしたと思うと一直線に隊長に襲い掛かる。


 新たに弾丸を装填(そうてん)している時間はなく、隊長は銃身を持ち銃床(じゅうしょう)で狼を迎えうつ。


 日本の剣豪のような立ち振る舞いで、隊長は銃を正面から振り下ろす。けれど、狼は一瞬立ち止まり、銃が振り下ろされるタイミングをずらした。


 もう反撃できないことを理解しているのか、狼はそのまま隊長に襲い掛かる。隊長は左腕を犠牲にして、狼の(あぎと)を受け止めた。


 あまりの出来事に、訓練された兵たちもただ呆然と傍観(ぼうかん)することしかできなかったが、サエモンとキクマがショットガンを発砲した音で我に返る。


 兵たちは一斉に狼の尻に弾丸を撃ち込んだ。

 しかし、弾丸はその剛毛を突き破ることができず、そばから地に転がり落ちた。


「いったいッ……! どうなっているんですかッ」


 サエモンは自暴自棄気味に叫んだ。

 その間にも、狼は隊長の腕を加えたまま唸り続けていた。

 骨がミシミシという音が、十メートル離れた者たちの耳にも届いた。


 狼は歯茎をのぞかしたまま、唸り続け首を振った。顔を激痛に歪め、隊長は振り回される。そのまま樹幹(じゅかん)に叩きつけられた、


 肺の中のすべての空気を吐き出さんばかりに、大きな口を開けて隊長はぐったりと根元に崩れ落ちた。狼は即座に標的を移し、長髪の兵に襲い掛かる。


 恐怖に(おのの)き、長髪の兵は的を絞ることなく発砲した。

 当然、当たるはずもなく、樹幹に消える。


「あぁあああぁあーッ!」


 気が狂ったように叫んだ刹那、長髪兵の足に噛み付き軽々と大の男を持ち上げる。まるで紙切れでも振り回すかの如く、長髪の兵も樹幹に叩きつけられた。


 銃すら効かない怪物と向かい合い、兵たちはすでに戦意喪失していた。坊主頭の兵士が恐怖に負け、背中を向け駆けだした。


 しかし、獣に背を向ければどうなるかなど、誰でも想像できる。

 訓練された兵ならなおさらだ。

 けれど、圧倒的な力を前にした恐怖から、訓練された兵ですら、頭が真っ白になっていた。


 急に走り出した、坊主頭の兵に狼は襲い掛かる。十数メートル開いていた、距離は瞬きする間に縮まり、背中から倒される。


 狼が坊主頭の兵のうなじに噛み付こうとしたとき、キクマが銃身を持ち殴りかかった。ゴツっとした、鈍い音がしたが堪えたようすはない。


 雷鳴のような唸り声を上げ、振り返った。切り裂かれたように開き切った、口から象牙ように少し黄ばんだ牙がキクマに向けられた。


 坊主頭の兵に向けられていた意識が、キクマに移り変わり、そのまま飛び掛かった。キクマは銃床と銃身を持ち、狼の(あぎと)を受け止める。


 しかし獣の力にひ弱な人間がかなうはずもなく、徐々に押しつぶされてゆく。バーベルを持ち上げるように、キクマは狼を押し返そうと体中の力という、力を使い何とか耐えていた。


 狼の生臭い息が顔にかかり、唾液が流れキクマの頬や額に流れ落ちた。そのとき、古いフィルムがカタカタと回るように、脳内に映像が映し出された。


 少し傷んだ雨フィルムの映像が、パタパタと移り変わってゆく。その映像には眼つきの悪い子供が少年になり、青年になり、大人の男になるまでを丁寧に追っていった。


 雨降りのフィルムをすべて見終わったときに、キクマは悟った。

 これは走馬灯そうまとうだと……。


 これと言って思い残すことはないが、唯一気がかりなのは妹と父親のことだった。弱った父親……出ていった妹……。


 そう思うと、使い果たしたと思っていた力がどこからともなく湧きあがり、銃を支える腕に力が戻った。


 けれど、もってあと数秒だ。

 キクマは最後の力を振り絞り、狼を押し上げた。

 そのとき、となりがチラリと目に入った。


 そこには、ウイックが立っていた。

 ウイックは悲しそうな表情をしたまま、狼に銃を構えた。


 ショットガンではない。その銃は旧式のリボルバーライフルだった――。流れるような動作で狼に、ライフルを突きつける。狼はショットガンを加えたまま、横目にウイックを睨みつけていた。


「わりーな……。おまえらには罪はないのに……。本当にすまねえ……。楽になってくれ」


 そういって、ウイックはトリガーを引いた。

 ウイックの悲しみをたたえたような、乾いた音が樹海に響き渡った。

 ショットガンすら効かなかった狼は、リボルバーライフルに崩れ落ちた。狼は一度大きく痙攣した後に、そのまま動かなくなった――。

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