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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case147 少年の怨霊と怪物

 苔が生えた足元は滑りやすく、訓練された兵たちは小股で進んだ。ランボルと言う名の元猟師は慣れたもので、足場の悪い樹海の中でも顔色一つ変えない。


 八人の男たちがネズミの親子のように縦並びになり、等間隔に距離を開けて獣道を突き進んだ。特殊部隊の男たち四人とランボルを含む、キクマ、ウイック、サエモンの四人だ。


 八人いた兵士のうち四人はいざと言うときに備えて、森の外で待機している。人数が多すぎても統括ができず、トラブルのもととなるからだ。


 暗くなっても戻って来なければ、サエモンたちに何かあったものと考え本部に知らせる段取りになっている。


「ランボルさん、訊きたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」


 列の真ん中を歩くサエモンは先頭を歩くランボルにいった。


「何だ?」


 前を向いたまま、ランボルは応じる。


「はい。ルベニア教会の責任者はどういう方でしょうか?」


「そんなこと知ってどうする」


 振り返りはしなかったのでランボルの顔色はわからないが、その声には不信感がにじみ出ていた。


「いえ、このようなご時世。恵まれない子供たちが溢れているじゃないですか。そんな子供たちを引き取って、面倒を見ている方がどういう方なのか知りたくなりまして」


 ランボルは「フン」と鼻を鳴らしポツリといった。


「あの教会の責任者はタダイ・ラマっていう五十代前半ほどの神父さんだ」


「タダイ神父ですか。――神父はどんな方でしょう?」


「いい人だよ。子供たちを引き取って、育ててるんだから」


「確かにいい方ですね。神父はいつ頃からルベニア教会にいるのでしょうか?」


 先頭を進んでいたランボルは振り返り、サエモンの顔を見た。サエモンは慌てることなく、微笑みを浮かべてランボルを見返す。


「もうかれこれ、十五年ほどなるだろう」


「昔から孤児院としても機能していたのですか?」


「ああ、タダイ神父の前にダニエル神父って方がおられたのだが、ある事件が起きてな。ダニエル神父は責任を感じてしまい、体を壊されたのだ。それから、タダイ神父がルベニア教会をお継ぎになった」


「事件とは?」


 根掘り葉掘り聞いてくるサエモンをうっとおしく思ったからなのか、それともその話題に触れられたことが気に食わなかったのか、ランボルは唇の端を歪めた。


「昔あの教会ではいじめがあったそうだ。そのとき、いじめられていた少年かは知らないが、少年がいじめていた少年を殺害して逃げ出してしまった」


「その少年は?」


「今も行方知れずだ。どこかで野垂れ死にしたのなら、死体が見つかると思うが、それも見つかっていない。

 何でもその少年はこの森に逃げたという話が広まっている。中にはその少年の怨霊が化け物を生み出し、人を襲っては恨みを晴らしているといいだす奴もいるくらいだ」


「人を襲う獣の正体は、昔殺人を犯して姿を消した少年だと? 面白い考えですね。もし、その逃げ出した少年が生きていたら、今は何歳ほどになるのでしょうか?」


 サエモンが口をついたそのとき、五メートル先ほどの草むらがザワザワと揺れた。男たちは即座にショットガンを構え、安全装置を外した。


「おまえらビビり過ぎだ。よく考えろ。儂たちが捜している獣ならもっと大きな音がするはずだ。今の音は小さい、ウサギかキツネだろう」


 ランボルがそういったとき、草むらの中から白いウサギがひょっこりと顔を出し、鼻をひくひくさせた。男たちは警戒を解き、銃を下した。


 再び進みはじめて、ランボルはサエモンの問いに答える。


「今何歳くらいになるだって? その消えた少年の年も知らないのにわかるわけないだろ。だが、人を殺してから逃げ出したってことは、それなりに善悪の判断ができる年ごろだったってことだ。

 十歳は過ぎていただろう。そのことから考えれば、今もし生きていれば二十代後半から三十代前半くらいだろう」


 その話題が一通り終わると、また重い沈黙が男たちを包み込んだ。もう一時間近く歩いており、男たちの額には汗が滲みはじめていた。


 何重にも重なり合った、枝や木の葉が天をおおい隠し殆ど太陽の光は届かない。空気の通りも悪いので、苔と土と水と樹々などの青臭い匂いが液体のように濃密に漂っている。


 男たちは息苦しそうに、口で息をしている。

 風が吹くたびに、頭上では鳥の鳴き声だけがなった。


「どんだけ進まなきゃなんねえんだよ……。結構深く潜ってきたぞ。だから俺は待機しときたかったんだよ……」


 最後部を近すぎず、離れ過ぎず付いてきていたウイックがかったるそうに愚痴った。それでもウイックの鬱憤は晴れなかったらしく、続けざまにいった。


「これ以上深く潜ったら、暗くなるまでに戻れないだろうが。そうなったら面倒なことになるぞ」


「心配しなくても、ちゃんと明るい内に戻れる距離しか進んどらん」


 ランボルとウイックの話をさえぎるように、サエモンは声高につぶやいた。


「ちょっと静かにしてください……。今、何か獣の鳴き声のような声が聞こえました」


 そう言って男たちはしばらく、耳を澄ませた。

 しかし、何も聞こえない。その声が聞こえてから、しばらく進み、またサエモンはあるものを発見した。


 五、六メートル先の樹のふもとを指さした。

 男たちは一斉にサエモンの指先を追い、それを見つけた。


 大型動物が肉の塊となり、横たわっており、腹を食い破られ、臓物が苔が生えた地面を湿らせている。あばら骨があらわになり、半身の肉が綺麗になくなっていた。


 まだ、ぽとぽとと流れ出る、血が赤々と地面に浸み込んでいた。


「アカシカだな。肉の状況から見てもまだ殺されて間もないぞ。おまえら、警戒しとけ近くに大型肉食動物が潜んでるはずだ」


 ランボルは後方の兵士たちに告げた。


「この森にはどんな肉食動物が生息しているんですか?」


 サエモンはアカシカの肉を見ながら、ランボルに訊いた。


「アカシカを仕留められる動物となると、数は限られる。熊かジャッカル、狼などだ」


 男たちは円陣を組むように背中をお互いに預け、死角をなくした。そのとき頭上で鳥たちが一斉に飛び立ち、羽根音が森中に響き渡った――。

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