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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case143 提案のセレナ 困惑のニック

 タダイ神父を見張る生活をはじめて、すでにひと月は経とうとしていた。これだけ探りを入れても、わかったことはしれている……。


 タダイ神父は1日の大半、部屋にこもっているか、どこかに出かける。出かけた日は夕方まで帰って来ない。


 出かけない日は子供たちとのコミュニケーションに費やし、勉学を教え、子供たちには大変好かれている。小さな子供たちにも真摯に向き合い、やさしく、非の打ち所がなかった。


 神父という職種柄、この人には悪の概念がないのではないかとさへ思えてしまうほどだった。


 そんな日々に嫌気が差し、チャップとカノン、ミロルは抜けてしまった。みなが抜けてからも、セレナとニック二人だけはタダイ神父の粗を探している。


 タダイ神父を見張れば見張るほど、どうして自分はこの人の粗を探しているのかわからなくなってくるという、自問に襲われた。こんな聖人の粗を探ることで、自分は悪人になってしまうのではないか。


 神父だって人間なのだから、いけないことの一つや、二つはしているのは当然だ……。自分たちは些細な粗探しをしている……。褒められることでは、断じてない。


 そのような日々が続き、自分はどうしてこんな悪いことをしているのか思いだせなくなっていた。


(おれはどうして、こんな馬鹿なことをやっているんだ……?)


 庭で子供たちと楽しそうに話をする、タダイ神父を室内の窓から見ながらニックは考えていた。


 神父の周りには小さな子供たちが群がり、楽しそうに話をしている。

 神父は子供たちと同じ目線になって、一人ひとり平等に話を聞く。


 子供たちが八割ほど話、タダイ神父は二割ほど答える。見れば見るほど、探れば探るほどニックは自分が、どうしてこんなことをしているのかわからなくなっていった。


「なにボケっとしてるの?」


 物思いにふけっているとき、背後から声がしてニックは胸が飛び出すほど驚いた。あまりの驚きように、声すらでなかった。


「セレナか……驚かせるなよ」


 みなが集まる広間の真ん中に、セレナが立っていた。


「ごめんなさい。べつに驚かせるつもりなかったんだけど」


 そういってからセレナは広間の中央に設置されたソファーに座った。

 広間にはニックとセレナ以外に誰もおらず、昼下がりに陰り静かな時間が流れていた。


「そこで何をしていたの?」


 ニックは口に出さず、あごで窓の外を指した。

 

「どう?」


 すべてを理解したうえでセレナは訊いた。


「どうもこうもないよ……。どうしておれたちこんなことしているのか、最近わからなくなってきたんだ……」


 ニックは人が来ないことを確かめてから、いった。


「ニックは見たんでしょ。あの人がセーラとマークに……」


 セレナはそれ以上言わず、口をつぐんだ。

 こんなところで話す話題ではないのだ。

 庭で子供たちと会話をするタダイ神父を一瞥してから、ニックはセレナの前方に座った。


「もうわからないんだ……。ここに来てから、わけのわからない夢を見過ぎていて……。今自分が見ているこの光景すら、夢かもしれない……」


 ニックは手のひらをにぎりしめた。

 セレナは迷うニックを優しく諭す。


「今ニックが見ているあたしは、ちゃんと自分の意志を持って動いている一人の人間よ。あたしは今夢を見ていない。あたしが見ているあなたは、現実のあなたよ。

 つまり、あたしはあなたの夢の中の存在じゃない。もしこれが夢だとしたら、それはあたしが見ている夢だわ。あなたは自分の意志で動いてる?」


 セレナはニックの目を力強く見据えた。

 ニックは恥ずかしいという気持ちから、目をそらした。


「おれは自分の意志を持って動いているよ……」


 強かったセレナの表情が和んだ。


「そう。なら今あたしたちが見ているこの世界は夢じゃない。まあ、あたしとあなたが同じ夢を見ているのなら、話は別だけど。二人の人間が夢の中で繋がるなんてことは現実的じゃないから、この世界は現実で決まりね」


 窓から入っている光と陰のコントラストがハッキリと別れ、その光景はかつてのアジトに瞬間移動したかのように感じられた。


 けれど、ここは寮の広間で自分たちが、かつて暮らしていたアジトではない。改めて窓の外を見てみると、すでにそこにはタダイ神父どころか子供たちもいなくなっていた。


「きっと部屋に戻ったのね」


 セレナは窓に向けていた視線をニックに移した。


「タダイ神父は部屋で何をしているのかしら? だって一日の大半を部屋で過ごしているのよ」


 ニックは嫌な予感を感じた。

 セレナが何を言おうとしているのかを、かなりの確率で当てることができるほどに。


「きっと、このまま同じことをしていても何もわからないと思うの」


 そこで一度言葉を切り、天敵となる肉食動物が周辺にいないかを探る草食動物のように、セレナは辺りを見渡した。


 この世には自分とニックだけしかいないことを確認したかのように、セレナは言葉を継いだ。


「一度タダイ神父の部屋に忍び込んでみない?」


 自分が予想していた言葉、そのままのセリフが出たことでニックは驚きはしなかった。


「そんなの駄目に決まってるだろ……」


 ニックは挙動不審に周囲を見回し、「もし……バレたらどうするつもりだよ……今度は懲罰房に入れられるだけじゃ済まないぞ……」と諭す。


「あたしがタダイ神父の足止めをするから、その隙にニックがタダイ神父の部屋に入いって、マークとセーラが本当に引き取られたかどうかを調べるのよ」


 ニックは冷や冷やした。

 もし誰かがこの話を聞いていたらどうするつもりなのだ、と。

 ニックの神経は極限まで研ぎ澄まされ、些細な音、人の気配を敏感に感じ取れた。


「タダイ神父が出かけた日を狙うのが一番いいのだろうけど、鍵をかけて出かけるでしょ。だからちょっとした気分転換に、部屋から出てきたときを狙うの」


「部屋に忍び込んでいる間に、戻ってきたら……?」


「だから、足止めするんじゃない」


 ニックはセレナを諦めさせようと、難癖を必死に探した。


「そ、それで……どうやって調べるっていうんだよ……?」


「もし、本当にセーラとマークが引き取られたのなら、それなりの書類があるはずだわ。どこどこに家族に引き取られた、とか、どこどこの地域に住んでいるだとか。そういう情報が載っている書類を探してみるの」


「そんなことできるわけないだろ……」


「それじゃあ、あたしがタダイ神父の部屋に入るから、ニックはタダイ神父の足を止めててよ」


 セレナは本気だった。

 ニックは首をブンブン振り、「む……ムリ……そんなことおれにできるかよ……」と怖気づいた。


 セレナは立ち上がり、ニックの目の前に歩み寄る。

 そしてニックの手を取り、その薄い栗色の瞳がニックを見つめる。目をそらしたくとも、不思議とニックは目をそらすことができなかった。


「お願い。もし、これで何も見つからなかったらもう辞めましょう」


 本能はやめとけ、と告げているが、ニックは首を横に振ることができなかった。無意識のうちに、言葉が出ていた。


「わかったよ……」


 ニックの手を強く握り、セレナは微笑んだ――。

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