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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case140 神隠しの解明

 年端もいかない少女に大の大人が(こうべ)を垂れる光景は、何とも滑稽に見えた。長い銀髪を腰ほどまで伸ばした少女は、無表情だが不思議と人を怖気づかせる気迫がある。


 その得体の知れない気迫に負け、大人の男たち数人は芯から震えあがった。震える声で、黒服の男たちは謝り続ける。


「申し訳ありません……。どうか我々にもう一度チャンスをください……」


 赤いレッドカーペットを敷き詰めた床を見つめながら、黒服は乾いた声を出した。


「手負いの獲物を逃がすような役立たずに、これ以上任せろと?」


 少女の声はあまりにも冷たく、聞いた者の心を氷つかせかねないほど感情がこもっていない。怒りに声を荒らげるのではないが、それが返って恐怖を倍増させるのだ。


 三人の黒服は頭を下げたまま、動揺で揺れる眼球を制御するのに精いっぱい様子だ。


「もし、これ以上任せて、何の手がかりも見つけられなかったのなら、あなた達を食べるわよ」


 そういって少女は白い顔で唯一桜色の色彩を目立たせる、唇を舌先で湿らせた。


「もうそろそろ、お姉さまもお腹が空きはじめたころでしょうから、ちょうどいいわね」


 男たちは額に冷たくべたりとした、脂汗を浮き上がらせレッドカーペットを汚した。レッドカーペットがポツポツと斑点模様に染まりはじめたとき、男とは思えない透き通る声が、どこからともなく聞こえた。


「レムレース」


 レムレースと呼ばれた銀髪の美しい少女は、ゆっくりと振り返り黄金色の髪を持つ優男を見る。その男は黒服たちのボスであるラッキーと言う名の男だった。


「何? 今わたしはお説教で忙しいのだけど、用があるなら後にしてもらえないかしら」


 少女はその男に対しても、冷たい言葉を改めることはなかった。

 男は苦笑いを浮かべて、「僕の部下をいじめないでくれ」と黒服と少女の間に割って入る。黒服たちはひとまず胸を撫でおろした。


「あなたの部下はわたしの部下でもあるじゃない。わたしの部下をどうしようとわたしの勝手よ」


 ラッキーも引くことなく、言い返した。


「つまり、きみの部下でもあるけど僕の部下でもあるわけだ。きみ一人の一存で、僕の部下を食わせるわけにはいかないさ」


「あら、聞いてたの? 冗談に決まってるじゃない、いくらなんでも同胞を食うほど飢えていないわよ」


 少女は「フフ」と真顔のまま笑い声をあげた。


「きみが言うと冗談に聞こえないんだよ。冗談を言うときはもっと可愛らしく笑って言うものだ」


 ラッキーの話を聞くや「そうなの――」とクエスチョンマークを具現化したような表情をして、「じゃあ、次失敗したら食べちゃうぞ」と目を細め、笑顔を浮かべて言い直した。


 ラッキーはブルっと身震いした。


「いや、やっぱりきみは、きみのままでいいよ」


「どうして、あなたが言ったように、笑顔で冗談を言ったのに」


「笑顔の方が怖いよ……。まあ、とにかくあまり僕の部下をいじめないでくれ。あの人を捕まえているのだから。捜すまでもなく彼は戻ってくるさ。そのときにもう一度、仲間になるように誘ってみるといい」


「もうそのことはいいのよ」


 ラッキーは人形のように整い、人形のように表情のない少女の顔をじっと見つめる。


「わたしは彼を食べたくなった。彼を食べれば、わたしは変われる気がするの」


「そうか――きみがそういうなら、きみの好きなようにするといい」


 少女の頭をなでて、ラッキーは踵を返した。

 ラッキーの姿が見えなくなったことを確認すると、レムレースは再び黒服たちに向き直った。


 黒服たちは身構えたが、レムレースの怒りは冷めていた。


「今回はラッキーに免じて許してあげましょう。それじゃあ、彼が消えたという路地にわたしを案内してもらえるかしら。トリックを暴いてみせましょう」


 三人の黒服は車を出し、レムレースを路地に連れて行った。日は明けて、朝の霧が晴れはじめている。新鮮な空気を肺一杯に吸って、レムレースは朝日を見上げた。


「こちらです……」


 黒服はジョンが忽然と姿を消したという、路地にレムレースを誘導する。


「この路地に入っていき、出入り口はすべて封鎖したうえで、我々が後を追いました。

 しかし……あの男は出入り口に現れることも、我々と遭遇することもなく、消えてしまったのです。腕を負傷していたはずですから、この高い建物を登ることはまず不可能かと……」


 黒服は二十メートルほどある建物を見上げた。

 手足を引っかけるところもほとんどなく、腕を負傷した状況でよじ登るのはまず不可能だった。まあ、ジョンならやりかねないが――ともレムレースは思ったが。


「血の匂いが濃いわね」


 少女は鼻をひくひくさせながら、薄暗い路地の中に足を踏み入れた。しばらく少女は薄汚く、狭い路地を進む。


 木箱など身を隠せる物が置かれていない、角もほぼなく、どうして男が消えることができたのか不可解だった。


「わかったわ」


 少女は路地の丁度真ん中あたりで、立ち止まった。

 ゆっくりと、振り返り三人の黒服を順グリンに見つめる。


「さて、どうやって彼はゴーストのように姿を消したと思う?」


 黒服たちは困惑に顔を見合した。


「わからない? じゃあ正解を教えるわ」


 そういって少女は踵で、地面を叩いた。

 ハイヒールのピンはステッキを打ったような音を子気味良く響かせる。


「これでもわからない?」


 そう言いながら、少女は何度も地面をつつく。

 その音を聴くうちに黒服の一人が気付いた。


「音がちょっと変ですね……」


 自信なさげに、いうと少女は「そうね」といって一歩後ろに下がる。


「その地面。レンガとレンガの間に少し、すき間が開いてあるわね」


「はい……」


「そこ持ち上げてみて」


「ここをですか?」


 黒服は少女が踵でついた個所を指さした。


「そう」


 少女に従い黒服はレンガとレンガのすき間に指を入れ、持ち上げる。すると予想に反して、地面は軽く持ち上がった。


「これは……」


 黒服たちが言葉を失った。

 少女はぽっかりと開いた黒穴を見下ろして、「下水道のようね。彼はここから逃げ出したのよ」と告げる。


「臭いが強くて、これ以上はわたしでもわからないわ」


「まさか、下水道があるとは……」


「この街の至る所に、これと似たようなところがあるはずよ。まあ、謎は解けたし、あなた達はもう帰っていいわよ」


 少女は後ろ手に手を振って、出口に歩きはじめた。


「お嬢様はどちらに……?」


「わたしはちょっと遊んでから帰るわ。行きたいところもあるし、もうそろそろ腹ごしらえもしなきゃいけない」


 そういって少女は霧が晴れ、朝日が注ぎ込む大通りに姿を消した――。

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