case140 神隠しの解明
年端もいかない少女に大の大人が頭を垂れる光景は、何とも滑稽に見えた。長い銀髪を腰ほどまで伸ばした少女は、無表情だが不思議と人を怖気づかせる気迫がある。
その得体の知れない気迫に負け、大人の男たち数人は芯から震えあがった。震える声で、黒服の男たちは謝り続ける。
「申し訳ありません……。どうか我々にもう一度チャンスをください……」
赤いレッドカーペットを敷き詰めた床を見つめながら、黒服は乾いた声を出した。
「手負いの獲物を逃がすような役立たずに、これ以上任せろと?」
少女の声はあまりにも冷たく、聞いた者の心を氷つかせかねないほど感情がこもっていない。怒りに声を荒らげるのではないが、それが返って恐怖を倍増させるのだ。
三人の黒服は頭を下げたまま、動揺で揺れる眼球を制御するのに精いっぱい様子だ。
「もし、これ以上任せて、何の手がかりも見つけられなかったのなら、あなた達を食べるわよ」
そういって少女は白い顔で唯一桜色の色彩を目立たせる、唇を舌先で湿らせた。
「もうそろそろ、お姉さまもお腹が空きはじめたころでしょうから、ちょうどいいわね」
男たちは額に冷たくべたりとした、脂汗を浮き上がらせレッドカーペットを汚した。レッドカーペットがポツポツと斑点模様に染まりはじめたとき、男とは思えない透き通る声が、どこからともなく聞こえた。
「レムレース」
レムレースと呼ばれた銀髪の美しい少女は、ゆっくりと振り返り黄金色の髪を持つ優男を見る。その男は黒服たちのボスであるラッキーと言う名の男だった。
「何? 今わたしはお説教で忙しいのだけど、用があるなら後にしてもらえないかしら」
少女はその男に対しても、冷たい言葉を改めることはなかった。
男は苦笑いを浮かべて、「僕の部下をいじめないでくれ」と黒服と少女の間に割って入る。黒服たちはひとまず胸を撫でおろした。
「あなたの部下はわたしの部下でもあるじゃない。わたしの部下をどうしようとわたしの勝手よ」
ラッキーも引くことなく、言い返した。
「つまり、きみの部下でもあるけど僕の部下でもあるわけだ。きみ一人の一存で、僕の部下を食わせるわけにはいかないさ」
「あら、聞いてたの? 冗談に決まってるじゃない、いくらなんでも同胞を食うほど飢えていないわよ」
少女は「フフ」と真顔のまま笑い声をあげた。
「きみが言うと冗談に聞こえないんだよ。冗談を言うときはもっと可愛らしく笑って言うものだ」
ラッキーの話を聞くや「そうなの――」とクエスチョンマークを具現化したような表情をして、「じゃあ、次失敗したら食べちゃうぞ」と目を細め、笑顔を浮かべて言い直した。
ラッキーはブルっと身震いした。
「いや、やっぱりきみは、きみのままでいいよ」
「どうして、あなたが言ったように、笑顔で冗談を言ったのに」
「笑顔の方が怖いよ……。まあ、とにかくあまり僕の部下をいじめないでくれ。あの人を捕まえているのだから。捜すまでもなく彼は戻ってくるさ。そのときにもう一度、仲間になるように誘ってみるといい」
「もうそのことはいいのよ」
ラッキーは人形のように整い、人形のように表情のない少女の顔をじっと見つめる。
「わたしは彼を食べたくなった。彼を食べれば、わたしは変われる気がするの」
「そうか――きみがそういうなら、きみの好きなようにするといい」
少女の頭をなでて、ラッキーは踵を返した。
ラッキーの姿が見えなくなったことを確認すると、レムレースは再び黒服たちに向き直った。
黒服たちは身構えたが、レムレースの怒りは冷めていた。
「今回はラッキーに免じて許してあげましょう。それじゃあ、彼が消えたという路地にわたしを案内してもらえるかしら。トリックを暴いてみせましょう」
三人の黒服は車を出し、レムレースを路地に連れて行った。日は明けて、朝の霧が晴れはじめている。新鮮な空気を肺一杯に吸って、レムレースは朝日を見上げた。
「こちらです……」
黒服はジョンが忽然と姿を消したという、路地にレムレースを誘導する。
「この路地に入っていき、出入り口はすべて封鎖したうえで、我々が後を追いました。
しかし……あの男は出入り口に現れることも、我々と遭遇することもなく、消えてしまったのです。腕を負傷していたはずですから、この高い建物を登ることはまず不可能かと……」
黒服は二十メートルほどある建物を見上げた。
手足を引っかけるところもほとんどなく、腕を負傷した状況でよじ登るのはまず不可能だった。まあ、ジョンならやりかねないが――ともレムレースは思ったが。
「血の匂いが濃いわね」
少女は鼻をひくひくさせながら、薄暗い路地の中に足を踏み入れた。しばらく少女は薄汚く、狭い路地を進む。
木箱など身を隠せる物が置かれていない、角もほぼなく、どうして男が消えることができたのか不可解だった。
「わかったわ」
少女は路地の丁度真ん中あたりで、立ち止まった。
ゆっくりと、振り返り三人の黒服を順グリンに見つめる。
「さて、どうやって彼はゴーストのように姿を消したと思う?」
黒服たちは困惑に顔を見合した。
「わからない? じゃあ正解を教えるわ」
そういって少女は踵で、地面を叩いた。
ハイヒールのピンはステッキを打ったような音を子気味良く響かせる。
「これでもわからない?」
そう言いながら、少女は何度も地面をつつく。
その音を聴くうちに黒服の一人が気付いた。
「音がちょっと変ですね……」
自信なさげに、いうと少女は「そうね」といって一歩後ろに下がる。
「その地面。レンガとレンガの間に少し、すき間が開いてあるわね」
「はい……」
「そこ持ち上げてみて」
「ここをですか?」
黒服は少女が踵でついた個所を指さした。
「そう」
少女に従い黒服はレンガとレンガのすき間に指を入れ、持ち上げる。すると予想に反して、地面は軽く持ち上がった。
「これは……」
黒服たちが言葉を失った。
少女はぽっかりと開いた黒穴を見下ろして、「下水道のようね。彼はここから逃げ出したのよ」と告げる。
「臭いが強くて、これ以上はわたしでもわからないわ」
「まさか、下水道があるとは……」
「この街の至る所に、これと似たようなところがあるはずよ。まあ、謎は解けたし、あなた達はもう帰っていいわよ」
少女は後ろ手に手を振って、出口に歩きはじめた。
「お嬢様はどちらに……?」
「わたしはちょっと遊んでから帰るわ。行きたいところもあるし、もうそろそろ腹ごしらえもしなきゃいけない」
そういって少女は霧が晴れ、朝日が注ぎ込む大通りに姿を消した――。