case138 子供たちの張り込み?
セレナの言い出した策に、誰も反論できなかった。
みんなどこかで、それを望んでいたからかもしれない。
一度タダイ神父とはどのような人物なのかを、しっかりと確かめてみたかったからなのかもしれない。
「だけど……どうやってタダイ神父を張り込むって言うんだよ?」
カノンは怖気づいてしまったのか、いつもよりか細い声で訊いた。
「何? ビビってるの」
セレナはニヤリと笑みを浮かべてからかった。
「な、何でそんな話になるんだッ! 別にビビってんじゃねえよ。おまえが言い出したんだから、策があって言ってんだろうな?」
「策? 何で策なんているのよ」
セレナは小首をかしげ、華奢な肩を軽く持ち上げた。
「ただ見張るだけに策なんていらないでしょう」
「マジで言ってんのかよ……」
カノンは脱力して、張り合う元気もなくした。
カノンだけではなく、話を聞いていた少年たちも苦笑いを浮かべずにはいられなかった。
「もしバレたらどうするつもりだ?」
戦意喪失してしまったカノンの代わりに、チャップは訊いた。
「バレなきゃいい話でしょ」
その言葉にチャップも張り合う気力を失ったらしく、「わかった……。じゃあ、俺が策を考える」とベッドの上で腕を組みしばらく「う~ん」と考え込んだ。
「それじゃあ、なるべく不審がられない程度離れて、交代で見張ろう。もしバレても慌てるんじゃないぞ。
慌てたら、余計怪しまれるからな。もし話しかけられたら、勉強でわからないことがあるだの、相談したいことがあるだの言ってその場を切り抜けるんだ。いいな」
「ああ、それでいいよ」
カノンは正気を取り戻し、ミロルもコクリとうなずいた。
「それじゃあ、明日俺が一日見張るから、明後日はミロル、セレナ、ニック、カノンって順番で張り込んで行こう。もし、何かの当番がある日は次の奴に交代だ」
誰もがうなずいたとき、「え~……。ぼくは……?」と二段ベッドの上で一部始終を聞いていたアノンは口をはさんだ。
「おまえはダメ」
カノンは端から小馬鹿にするように目を細めた。
「なんで……?」
一方的な反対が納得できず、アノンは二段ベッドの上から顔を突き出した。
顔を突き出した勢いで、落ちるんじゃないかとニックの頭をよぎり、いつでも受け止められるように身構える。
「そんなの決まってるだろ。おまえにそんなこと任せたら、失敗するのが目に見えてるからだよ。わかったら、すっこんどけ」
虫でも追い払うようにカノンは手をサッサとふった。
アノンはほっぺをむすっと膨らませて、「兄ちゃんだって、せっかちでドジで、お調子者じゃないか。ぼくのこと言えないよ」と反論した。
売り言葉に買い言葉でカノンもキッと「誰がせっかちで、ドジで、お調子者だってッ」といまにも取っ組み合いをはじめてしまいそうな勢いで口喧嘩をはじめたので、皆は仲裁に入った。
「まあまあ落ち着けって、大声出したら壁の向こう側に聞こえるだろ。それに、アノンの言ってることはよく的を射てるって」
チャップがそういうと、火に油を注ぐが如く「なにッ……」とカノンは肩を怒らせた。
「ほら、そういうところだって。もう少しミロルを見習って冷静になれ。それと、アノンも」
カノンを押さえたまま、チャップは二段ベッドの上のアノンを見つめた。
「カノンはおまえを、危ない目に遭わせないために言ってるんだ。仲間外れにされたようで、怒りたい気持ちもわかるけど――どうかカノンの気持ちもわかってやってくれ」
突き出していた顔を引っ込めて、アノンはしょぼんと肩をしぼませた。
「そうだったんだね……。兄ちゃんごめん……ぼくのこと想っていってくれたのに、自分勝手なこと言っちゃって……」
「オレはそんな考えでいったんじゃねえよ。とにかく、おまえはおとなしく勉強してろ」
さっきまでの怒りはどこへやら、カノンは恥ずかしそうに眼をそらしてぼそりといった。その光景を見て誰もが思った。素直じゃないな――、と。
翌日から、タダイ神父の張り込みがはじまった。
当番のない者が続いて張り込む。
そんな日が一週間ほど続いた。
しかし怪しい行動や言動など一向に見当たらない。それどころか、見張れば見張るほど、善行を発見する始末だ。子供たちには優しく、慈愛に満ちている。
唯一見張れないのは部屋にこもってしまったときだけで、それ以外はおかしな行動などなかった。
「全然怪しいところなんてないぞ……」
カノンはベッドに横になった状態でいった。
「だけど、何もないのが逆におかしくない」
部屋に唯一ある机の椅子に座った、セレナがいう。
「何がだよ? クレーマーだな。全然おかしなことがないんなら、それに越したことないだろ」
「それに越したことないけど、探れば探るほど怪しくなってくるのよ。だって、人間なんだから日々ちょっとくらい、いけないことの一つや、二つしてて当然だわ」
カノンのいうことを真っ向から否定するセレナ。
「神父様なんだから、そういうもんなんだろうよ。もういいだろ。マークとセーラは新しい家族に引き取られたんだって。いったい何を疑ってるんだよ?」
セレナは煮え切らない表情で、首を縦にふらなかった。
「オレたちを引き取ってくれた、あんないい人を疑ってかかるなんて、はじめから馬鹿げてたんだよ。もうオレは降りるぜ」
「わかった。カノンはもう降りていいわよ。チャップは手伝ってくれるわよね?」
セレナはカノンに向けていた視線をチャップに向けた。
しかしチャップは渋い顔で、セレナと目を合わせようとしなかった。
「どうしたの……?」
「セレナ……もうやめよう……。カノンの言うように、あんないい人を疑ってかかるなんて、馬鹿げてたんだよ。マークとセーラは新しい家族に引き取られた。セレナが疑うようなことじゃなかったんだよ……」
「なによ……チャップまで……」
悲しみに顔を歪めて、セレナはミロルを見た。
「ミロルは……。ミロルは手伝ってくれるわよね?」
しかしミロルの表情も硬かった。
「おれは……おれは手伝うよ」
唯一ニックだけが応じた。
「あの、夢で見た光景がどうしても忘れられないんだ……。それにおれもタダイ神父は何かを隠してる気がしてならない……」
ミロルとチャップ、カノンが抜けた後もセレナとニックは交代でタダイ神父を見張り続けた。そんな変わらない日々が一か月近く続いた――。