case137 セレナの策
ソニールのときと違い、今回ばかりはルベニア教会の子供たちの大半がざわめいた。セーラとマークは年少の子供たちから慕われていたのだ。その日の昼、タダイ神父が寮の子供たちを集め説明した。
「マークくんとセーラさんは昨日新しい家族のもとに旅立ちました。突然のことだったので、みんなに別れを伝えられなかったことを深く嘆いておりました……」
タダイ神父は今にも泣き出さんばかりの、熱弁でいう。
年少の子供たちの過半数が、その話を涙ながらに聞いていた。
その光景を見るだけで、どれだけマークとセーラが慕われていたかがうかがえる――。
「なあ……」
タダイ神父の話しが終わり、部屋に入ってすぐにニックは打ち明けた。
「どうしたんだよ。深刻そうな顔をして?」
「今さっき思い出したんだけど……」
ニックがあまりに言い渋っているので、部屋に集まった子供たちの誰もが顔を見合わせる。
「さっきって、タダイ神父が熱心に話していたとき?」
二段ベッドに上段にアノンと共に座っているセレナは口をはさんだ。
「ああ……そのとき思いだしたんだ……。昨日おかしな夢を見たって話をしたよな……?」
「まあな。だけど、おかしな夢の話しならしょっちゅうじゃないか」
カノンは皮肉っぽく、横やりを入れる。
「その夢でタダイ神父と二人の男女を見たって話したよな?」
「そうだっけか? その二人がいなくなったセーラとマークだっていうんじゃないだろうな」
カノンがにやつきながらそういうと、ニックは固い表情を崩さずにコクリとうなずいた。
「ハハハ、マジかよ」
けれどカノンは信じていない様子で、ケタケタ笑っている。
「それが本当なら、ニックが見たのは夢じゃなくて、現実だったって言うことか?」
カノンはニックの肩をバンバン叩きながらいった。
「かもしれない……あのときは混乱しててわからなかったけど、あの姿はたしかにマークとセーラだった……」
真剣な表情を崩さないので、カノンはにやけていた顔を真顔に戻し「本当なのか?」と今度からかうでもなく真面目に訊いた。
ニックは青ざめた顔で、ゆっくりとうなずく。
「その話が本当なら、その……四足動物みたいな姿になったっていうのは、どう説明するんだよ?」
二段ベッドの下段に腰かけていたチャップが話に加わる。
「タダイ神父が言うには、セーラとマークは新しい家族に引き取られたって話じゃないか……。もしニックがいう話が夢じゃなくて、現実の話しだとしたら……セーラとマークはどこに行ったって言うんだ?」
ニックは煮え切らない顔のまま、首を振った。
「わからない。だけど、そんな不気味な夢を見た翌日に、夢に現れたマークとセーラが実際にいなくなるなんて変じゃないか?」
チャップは口を歪めた。
「たしかに出来過ぎてるけど、それだけでそんな荒唐無稽な話を信じろって言うのもな」
「たしかにそんな荒唐無稽な話を信じろって言う方が、無理な話だよな……。悪い……忘れてくれ」
ニックが諦めかけたそのとき、「だけど。あまりに出来過ぎた話よね」とセレナが二段ベッドの上からつぶやいた。
「だってそうじゃない。ニックは二人がいなくなったことを知らなかったわけだし、タダイ神父の話しもちょっとおかしいとあたしは思った」
「おかしいって、何がだよ?」
カノンが二段ベッドを見上げる。
「セーラとは仲良かったから、色々な話をしたけど引き取り先が見つかったなんて話、聞いたことないもの」
「だから、突然決まったってタダイ神父が言ってただろ」
「突然決まったって言ったって、あたしにお別れくらい言いに来る時間はあるわ」
「突然すぎて、別れを告げる時間がなかったんだって」
「それくらいの時間取れるわよ。それに昨日は一日中子供たちと遊んでいて、外にいたけど大人が訪ねてくるのを見なかったし」
「それじゃあ、裏から入ったんじゃないのか?」
カノンは少しずつ語調を強めていう。
「じゃあ勝手口から入ったとでもいうの? 大切なお客様が来たのに、そんなところから入ってくれって言うの?」
セレナの減らず口に、とうとうカノンの堪忍袋の緒が切れた。
「だから、そんなことどうでもいいんだよッ。マークもセーラも家族が見つかったんなら、それでいいじゃないかッ」
「町にいた子供たちの話を思い出してみて」
声を荒立たせたカノンに怯むことなく、セレナはいった。
カノンが怒鳴り出す前に、慌ててチャップが割り込んだ。
「あ、あの、ソニールがつるんでいた奴らだろ?」
「そう。『ここにいる子供たちはある日突然消える』って話を聞いたじゃない。その話って今回みたいなことを言ってたんじゃないかしら?」
「たしかに……あいつらが言っていた話と似通っているけど、あいつらの言うことだしな……。疑わしい話だ」
「あの子たちは嘘をついてないと思う」
セレナは迷いのない声音で、ハッキリと断定した。
「どうしてそんなことわかるんだよ?」
「そんなの決まってるじゃない。女の勘よ」
それを聞いて、チャップはズッコケたように肩を落とした。
「女の勘ってよ……? そんなことで、よくそこまでハッキリ宣言できたもんだな……?」
「あたしの勘は当たるのよ」
「じゃあ、あれか。ニックが見た夢が現実に起きたことで、セーラとマークは獣になってどっかに消えたって?」
「そこまで非現実的な話をしてるんじゃないわ。あたしだってセーラとマークが獣になったとは言ってない。ただタダイ神父の話しよりは、町の子供たちの言っていることの方が、現実味があるのよ」
「どこがだよ……?」
チャップは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「タダイ神父の話が本当かどうか確かめる方法はただ一つ」
そういって、セレナは二段ベッドの梯子を下りてから、言い放った。
「タダイ神父を張り込むの」
セレナは本気で言っているとわかると、少年たちは誰も言い返せなかった――。