case136 神隠し――
大地をつんざく銃声が夜の街に響き渡った。
銃口から迸しった火花が、相手との距離を教える。
ジョンはすでに三人以上の男たちを殺め、館の物陰に身を潜めて打開策を考えていた。
かれこれ十分近く連射しているが、弾が切れることはなく、それどころか更に激しくなるばかりだった。
「おい、そこに隠れてるんだろ。館の周りはすでに包囲している、逃げられると思ってるのか? 今出てくるんだったら、苦しまずに殺してやる」
結局殺されるのか。殺されるとわかっていて、のこのこ出ていく馬鹿がどこにいる、とジョンは心の中でつっこむ。
今ジョンを狙っているのが、三人。
門に二人。そして、庭に十数人がジョンを捜しうろつき回っている。ジョンは迷路のように張り巡らされている生垣を上手く使って、黒服たちをかいくぐった。
フェンスから抜け出そうと考えたが、すでに手が回され蟻の子一匹逃げる隙がなかった。
「そっちはいたか?」
生垣を挟んで、目と鼻の先に黒服が二人いる。
「いや、こっちにはいない。だが、屋敷の外には出られない。フェンスはすでに囲ってある」
「ああ、しかしいったいとこ行ったんだ? 逃げ足の速い奴だ」
「あいつが最近、ジャック・ザ・リッパーの再来って騒がれていた奴なんだろ。逃げ足が速くて当たり前だ」
「マジかよ。サツに知らせたら、喜ぶ話だな」
ジョンは気配を消して男が遠ざかって行くのを待った。まずは黒服たちの意識を一か所に集中させる必要がある。
この絶望的な状況を切り抜けるチャンスが一つだけある。ジョンはポケットに入れていたある物の存在を確かめた――。
*
「おいッ! そこの生垣で何かが動いたぞッ!」
黒服の一人がそういうと、機械的にプログラムされた昆虫のようにゾロゾロと仲間がどこからともなく集まった。
「おい。出てこいッ!」
しばらく待っても出てくる気配のないジョンに、痺れを切らせ黒服の一人があごで合図を送った。
合図を送って間もなく、ハンドガンの銃声と共に生垣に数多の弾丸が吸い込まれてゆく。
「見てこい」
「ああ」
そういって、黒服の一人が生垣をかき分けジョンの死体を確認する。
「いない」
けれど生垣には死体がなかった。
「まったく……どこ行きやがったんだ……」
黒服が悪態をついた刹那、屋敷の物陰から閃光があがった。
「何だッ!」
物音がした方に黒服たちは駆け付ける。
「何が爆発したようです。断言はできませんが、管理室に仕掛けられていた爆弾だと思われます」
「いったい何で爆弾何て使ったんだ」
黒服たちは混乱の様子で、辺りを見回したとき「馬鹿なの?」という罵り言葉とは思えない、透き通る声がどこからともなく聞こえた。
雲に隠れていた月が姿をあらわし、銀色の光が降り注いだ。銀の光に照らされ、銀色の長い髪を持ったゴシックドレスの少女が目の前に立っていた。
「お嬢様……」
黒服たちは一斉に片膝を地面につけ、最上級の忠誠を示した。
「彼はあなた達がこの爆発に気を取られてる間に、屋敷外に逃げ出したわよ」
ハッと黒服の一人が顔を上げた。
「それは不可能です。我々がフェンスの周辺を張り込んでいるのですから」
すると月光に照らされた少女は、呆れたようなため息をついた。
「においが遠ざかっていくもの」
*
ジョンは街道を一直線に駆け抜けた。
履きなれない靴は歩幅の感覚を狂わせ、足をもつれさせる。
黒服の一人を殺し、そいつの服を奪った。
そして管理室を破壊するために依頼主から渡されていた、時限爆弾を使い黒服たちの意識を惹きつけた。その一瞬の隙を突き、フェンスを乗り越えることに成功した。
このまま気付かれなければいいが、そう甘い相手でもない。足止めできて五分がいいところだ。その間に距離をどれだけ離せるかが、勝負の鍵を握る。
そう思っていたのもつかの間、車のエンジン音が建物に反響して聴こえはじめた。想像以上に速かったことに、ジョンは落胆よりも敬意を賞した。
さすがに車には勝てない。銃声が鳴ったと思うとジョンの左二の腕を貫いた。ジョンは一瞬動きを止めたが、すぐに小走りで走りはじめた。
「やったッ! 当たったぞッ」
車のウインドウから銃を出し、ニ三人が連射をはじめた。このままではすぐに追いつかれるのは火を見るよりも明らかだった。
ジョンはそのとき目に入った路地に逃げ込む。
ここなら車は入って来れない。
「馬鹿が。そんなところに逃げ込めば袋の鼠だろうが。仲間に路地の出口をすべて塞ぐように伝えろ。俺たちはあいつを追う」
数分遅れ三人の黒服は車を捨てて、ジョンの後を追った。
「ここに入れば車を巻けると思ったのが、失敗だったな。俺らの仲間が今ごろすべての出口を塞いでいる。隠れてないで出てこい」
黒服は積んでいた木箱を威嚇するように蹴り飛ばした。
「せっかくお嬢様が仲間に誘ってくれたのによ。おまえは賢いのか馬鹿なのかわからねえな」
黒服たちは銃を構えたまま、角を曲がる。袋地をしばらく進むと、二又に別れた路地に行き当たった。
「俺はこっち行くから、おまえらそっちを頼む」
黒服は二手に分かれ、再びジョンの捜索を続ける。そのまま進んで行くと、路地を抜けた。そこにはマフィアの仲間がすでに張り込み、目を光らせていた。
「こっちの道ではなかったか――。誰もこっちには来てないな?」
黒服が聞くと、「ああ、誰もこっちには来ていない」と仲間が応じた。
「そうか、それじゃあ、今頃向こうの方で始末しているだろう」
二人組は辺りを左右上下警戒しながらしばらく進んで行くと、出口が見え、当然そこには仲間が張り込んでいた。
「誰も来てないよな?」
「ああ、誰も」
「それじゃあ、マルコーネさんの方か。まったくあの男も付いていないな、俺たちに見つかっていれば、苦しまずに始末してやったのに」
黒服がそう言ったとき、背後から足音が聞こえた。
「おい、おまえらもう始末しちまったか?」
と慌てて駆け付けてきたのは、マルコーネというリーダー格だった。
「え? マルコーネさんの方じゃなかったんですか?」
不思議そうに黒服はいった。
「は? 何言ってんだよ?」
するとみる間に黒服たちの顔が曇った。
「じゃあいったい……どこ消えたって言うんだよ……?」
左腕に怪我を負い、出入り口をすべて塞がれ蟻の子一匹抜け出せない路地から、ジョンは忽然と消えた――。