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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case135 死闘の末

 視覚に頼れない分その他の感覚が研ぎ澄まされている。

 些細な音でも漏らさず拾うことができた。

 今なら、野生動物並みの反射神経と、聴覚、嗅覚があるのではないだろうか。


「まだ電気はつかないのかッ!」


 聴覚の研ぎ澄まされた人々の耳に、ラッキーの声が響き渡った。


「どうやら、壊されてるみたいです。復旧には今しばらく……」


 低い男の声が答えた。


「それなら、ランプを持ってこい」


「かしこまりました」


  *


 激しい攻防が暗黒の中繰り広げられているのを、気配だけが知らせる。ジョンは少女の攻撃を紙一重でかわしていた。守備に徹しているためか、ジョンは殆ど反撃をしない。


「どうしたの、受けてばっかりで面白くないわよ」


 激しい動きをしているにもかかわらず、少女は呼吸がちっとも乱れていない。


 ジョンは繰り出された少女の蹴りをナイフで受ける。ハイヒールのピンが刃に当たり、小さな火花が二人の顔を淡く照らした。


 一瞬見えた少女の顔は今まで見たことがないほど、可愛らしい笑みを浮かべていた。このような状況で楽しんでいるのだ。


 少女が足を上げた一瞬の隙をつき、ジョンは足を払った。

 足を払われた少女は、態勢を崩し横向けに倒れるかと思われた刹那、床に手をつきジョンの足を払い返した。


 ジョンは態勢を整えることができず、肩から床に激突した。肺の空気が一気に抜け、ジョンは一瞬呼吸困難に陥った。


「あなたは視覚に頼り過ぎなのよ」


 少女の声がジョンの頭上から聞こえた。

 

「視覚に頼るから、あんな反撃も避けられないのよ」


 ジョンは慌てて、背後に転がり少女から距離をとる。

 左腕がジンジンと傷んだが、歯を食いしばり堪えた。

 一二度深呼吸をしてから、ジョンは口をついた。


「きみは視覚に頼っていないというのか?」


 平静を装っていたが、内心ではこの状況の打開策を模索していた。少しでも時間を稼ぎ、突破口を考えださなければ。


「わたしだって目が見える以上、視覚に頼っているに決まってるじゃない。だけど、視覚に頼らなくてもその他の感覚で欠けている視覚を補っているだけ」


 少女がそういったとき、橙色のあたたかな光が夜空の星々のように点々と閃いた。今まで暗黒にいたせいで、一瞬目がくらんだがすぐに適応する。


「あら、残念。暗いのも楽しかったのに」


 少女は顔をぶすっとさせて、不快感をあわらした。

 あらためて見ても、あんな華奢な体のどこからあのような力が出るのか理解に苦しんだ。左腕を押さえながら、ジョンはゆっくりと立ち上がる。


 ひと際灯りに照らされた階段の踊り場に視線を向けると、男とラッキーが向かい合って立っていた。ラッキーの周りには銃を持った、黒服たちが立ちはだかり彼に近づくこともできない。


 次から次にランプの灯りが点きはじめ、ホールの様子をあらわにした。あれだけいた招待客たちはすでに非難を済ませ、ジョンとレムレースを囲うようにして黒服たちが銃を構えていた。


 ラッキーが命令を下せば、今にでもジョンを蜂の巣にできる状態だった。


「あなた達は手を出さないで、この男はわたしの獲物だから」


 レムレースは周囲を囲っている黒服たちに言い放った。


「どう、わかったかしら。あなたはもう逃げられないの。どう、もしわたの下僕になるというのなら、ラッキーにあなたを助けてくれるように頼んであげるけど」


 ジョンは不敵に笑った。


「そいつはありがたい。けど、きみ達の仲間になることなできない」


 ジョンとは反対に少女は、面白くなさそうに眉を落とした。


「そう……それは残念ね。もし下僕になってくれるなら、あなたを悪いようにはしなかったのに。

 本当に悲しいのよ。今まで生きてきた中で、あなたのように面白い人は数えるほどしかいなかったから」


「きみは私をえらく買ってくれているが、どうしてだ?」


「あなたのことでわからないことが多いからよ。ミステリアスな人って素敵だと思わない? 心が読めるわたしでも、あなたの頭の中はなかなか読めないもの。そうね――」


 そういってレムレースは小枝のように細い人差し指を、赤い唇に寄せて「ラッキーとあなたは似ているのかもしれないわね。ラッキーも何を考えているのかわからない男だから」といって「フフ」と笑った。


「だけど、これでよかったのかもしれない。だって、手に入ってしまった時点で魅力は失われてしまうものね。

 このまま素敵な思い出のまま、わたしの中にしまっておくのも、ロマンチックね。――それじゃあ、続きをはじめましょうか」


 今まで楽しそうに話していた少女の姿は幻だったかのように、レムレースの表情は冷たく、鋭くなった。


 レムレースはジョンとの距離を人蹴りで詰め、懐にもぐりこんだ。

 ジョンは突っ込んでくるレムレースに蹴りを叩き込んだ。

 少女は両手でジョンの蹴りを受け、背後に下がることにより威力を軽減させる。


「やっぱり、あなたは視覚に頼り過ぎなのね。明るくなった途端に動きがよくなったもの」


 レムレースとの一進一退の攻防が繰り広げられる。

 このような争いをしたところで、状況を打開できるわけがないのだ。

 そのときだった、「きみは逃げろ。いったん逃げるんだッ!」と階段の踊り場の方から聞きなれた男の声が聞こえた。


 ジョンはレムレースから距離を開け、「あなたは?」と問うた。


「私は大丈夫だ。殺されることはまずない。それより、危ないのはきみだ。今はその少女から逃げることだけを考えろ。戦ってもきみではその子に勝てない。だから、とにかく逃げるんだ」


「せっかく楽しんでるのに、余計なこと言わないでッ!」


 レムレースは気が狂ったような大きな声をホールに響き渡らせた。

 これで、作戦は変わった。男を連れて、逃げることは不可能だったが自分一人なら、逃げ切れる可能性がほんの少しだが高まる。


 このまま戦いを続けるのは無意味だ。男の言葉を聞いたジョンの行動は速かった。ジョンは少女にナイフを投げつけた。回転しながら、ナイフは少女の顔面を襲う。


「そんなやけくそな攻撃、わたしに効くわけないでしょ」


 しかしジョンは攻撃しようとして、投げたのではなかった。ジョンは一瞬でもレムレースの意識をナイフに移すために使ったのだ。その隙をついて、ジョンは窓に駆けだした。


「何だ。残念。逃げるの?」


 ジョンが窓に駆けだした途端に、黒服たちは動いた。構えていた銃口をジョンに向けて撃つ。銃を撃ったのは、ジョンの前方に立っている三人だけだった。


 囲んでいるこの状況で、全員が銃を放てば味方に当たりかねないからだ。銃口をかいくぐり、ジョンは窓に体当たりした。


 ガシャン! という鋭い音と共にジョンは外に逃げ出した――。

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