case134 トカゲを探して、子供を捜す
ニックたちは年少の子供たちの遊び相手を任された。
遊ぶといっても本当に他愛無い、ありふれた遊びばかりだった。セレナは女の子たちと人形で遊び、カノンやチャップたちはわんぱくな男の子たちと体を動かす遊びをした。
ミロルとニックは子供たちが、危ないことをしないように目を光らせた。十歳以下の子供たちが過半数を占めているせいで、人手がいつも足りない状態だ。
「ああ……こらこら。喧嘩しちゃダメだって」
ニックは突如取っ組み合いをはじめた、五、六歳の子供たちに駆け寄り喧嘩の仲裁に入った。短髪の男の子が、栗毛の男の子の髪をつかんでいる。身長は同じくらいなので、同い年なのだろう。
「おまえがわるいんだっ!」
短髪の男の子は栗毛をつかんだまま、何かを怒っている。
「ぼくはわるくない。おまえがわるいんだっ」
栗毛の男の子も負けづ、短髪の男の子のほっぺをつねった。
ふたりとも半泣き状態になりながらも、取っ組み合いをやめない。
「いったいどうしたんだ? なんで喧嘩してるんだよ?」
ニックは二人を引き離し、問う。
二人はニックを挟んでにらみ合ったまま、答えた。
「こいつが、トカゲを逃がしたんだっ!」
短髪の男の子は栗毛の男の子を指さしながらいった。
「だからわざとじゃないっていってるだろっ」
話を聞く限り、栗毛の男の子もわざとやったんじゃないようだし、どちらが悪いとも言えなかった。さて、こういう場合はどう対処すればいいのだろうか? ニックは頭をひねる。
「滅多に見つけられない、トカゲだったんだぞっ!」
そう言いながら短髪の男の子は大粒の涙を流しはじめた。
ニックはますます戸惑た。
「ま、まあ、そんなに泣くなよ……。トカゲなら探せばいくらでもいるって。また見つければいい話しだろ……」
「だから、滅多に見つからないトカゲだっていっているじゃないかっ……」
短髪の男の子は服の袖で涙を拭きながらいった。
「おれも一緒に探してやるから、元気出せって」
ニックは短髪の男の子の肩を優しく叩いた。
しゃくりあげながら、短髪の男の子はコクリとうなずいた。
それからニックは“滅多に見つからないトカゲ„を探した。
「そっちはいたか?」
ニックは草むらをかき分けながら、となりを探す男の子二人に訊く。
「いな~い」
太陽が真上から降り注ぎ、ニックは汗をぬぐった。
「いたッ! こいつか」
そういってニックは黄色と黒のまだら模様のトカゲを捕まえた。
トカゲの尻尾をつかんで、男の子たちの前に掲げる。
「こいつか?」
「違うよ。そのトカゲはべつに珍しくないよ。おれたちが探してるのは、赤と黄色が混じったトカゲなんだよ」
短髪の男の子がそういったそばから、トカゲは尻尾を切りニックの手から逃げ出した。ニックがつまんだままのトカゲの尻尾は、胴体を失ってからもしばらくの間、動いていた――。
そんなこんなで一時間ほど“滅多に見つからないトカゲ„探しを続けた。
「いたッ! こいつだろッ」
ニックは勝ち誇った顔で、両手につかんだトカゲを子供たちに見せた。
「こいつだよっ。こいつ。お兄ちゃんありがとう」
「ああ、だけど気が済んだら逃がしてやれよ。トカゲだって生きてるんだからな」
「うん。ありがとう」
さっきまでの取っ組み合いが嘘だったかのように、男の子二人は仲よく駆けていった。
「ああ、疲れた……」
ニックは草むらに寝転がり、両手を伸ばした。草原を流れる風が、トカゲ探しでかいた汗を乾かした。
ニックは街を駆け回り、悪さを働いていたときが嘘だったかのように思えた。今の暮らしは本当に楽しいけど、チャップたちと街を駆け回り、馬鹿なことではしゃぎ合っていたときも嫌いではなかったのだ――。
ニックは干渉にふけりながら、流れる雲を眺めていた。
するとニックの真上に人影があらわれ、太陽の光を遮断する。ニックは目を細めて、そのシルエットを見つめた。
「何サボってるのよ?」
セレナは腰に手をそえたまま、ニックを見下ろした。
「サボってないって、さっきまでトカゲ探しで大変だったんだからな」
「トカゲ? まあいいわ。そんなことよりも、セーラ見なかった? あたしだけでは手が回らないの」
「セーラ?」
セーラとはセレナが一番仲良くしている女子だった。歳もセレナと同い年くらいで、話題もよく合うそうである。
「知らないけど。寮内にいるんじゃない」
「見てきたけどいないのよ……。部屋にも行ってみたけど、いないの」
「じゃあ、買い出しをしに町まで行ってるんじゃないか?」
ニックは勢いに任せて、上半身を起こした。
「それにしては、帰ってくるのが遅いのよ。今朝から見ないもの」
「それは変だな」
ニックは両腕を組んで、首をかたむけた。
「チャップたちにも訊いてみたの?」
「まだ」
「じゃあ、訊きに行こう。あいつらなら見てるかもしれない」
チャップとカノンは小高い丘の周辺に年少の子供をたむろさせ、まるでガキ大将のような振る舞いをしていた。
カノンとチャップは小枝をつかみ、もはや子供たちのカリスマ的な存在に成りあがっていた。
「おい、何やってんだよ?」
ニックは子供たちをかき分け、二人のもとまで歩み寄る。
「ああ、騎士ごっこだよ。オレとチャップが騎士団長で、そいつらが部下なんだ」
「いったい、どこの国と戦するつもりなんだよ」
ニックは苦笑しながら、訊いた。
「戦はもう終わって、その祝杯をしているって場面なんだ」
カノンは恥ずかしげもなく、答える。
「ああ、そう。話は変わるけど、セーラ見なかった? セレナが捜してるんだよ」
「セーラ? オレそんなに親しくないのに、知るわけないだろ」
「そうだよな」
といってから、チャップに同じ質問をぶつける。
「俺もしらないな。そういやあ、マークも今朝から見ないよな」
チャップがそう答えると、「ああ、たしかに見ないな。見つけたら、騎士団ごっこに誘おうと思っていたのに」とカノンも不思議がった。
そして、その日の夜になってもセーラとマークは見当たらなかった――。