case133 夢か現実か?
いつの間にかベッドで眠っていた――。
ニックは二段ベッドの床下を見つめながら目をパチパチと瞬かせた。
ベッドに寝ころんだまましばらくボーっとしていると、霧が張ったように虚ろだった頭がゆっくりと晴れた。
そしてまぶたに焼き付いたあの光景が、フラッシュバックする。その拍子でニックは毛布を跳ね除け、バッと上半身を起こした。
夢……? あれは……夢だったのだろうか……? 聖堂内で繰り広げられていた光景は夢だったのだろうか……?
いつも見る夢よりも鮮明で、五感を刺激する。夢とは思えないリアリティーがあった。四足動物のようになった二人の子供……。得体の知れない儀式を行っていたタダイ神父……。
淡い橙色の光に照らされた幻想的な聖堂内。
考え方によれば夢だとしか思えない。しかし肌をなでる空気の重々しい感触。目の前で繰り広げられていた目を覆いたくなるような光景。あれは夢だとは思えなかった……。
けれどあれが夢でないというなら、どうして自分はベッドに寝転んでいるのだろう……。自分はあのときタダイ神父に気付かれて、見つかったのではないだろうか。
いや、見つかったのだろうか? 見つかるか見るからないか、までの記憶しかなかった。考えれば考えるほど、泥沼にはまってゆく。
「お、起きたか? 昨日は眠れなかっただろ。何時に眠ったんだ?」
カノンが二段ベッドの冗談から顔だけを逆さに出して、いう。
「何時に眠ったんだろう……? 自分でも憶えていないんだ……」
カノンはニックの様子がおかしいことに気付いて、梯子を下りた。
「どうしたんだよ、朝っぱらからしけてんな。またヘンテコの夢でも見たのか?」
ニックは曖昧に答えながら「夢……? なのかな……」と答えた。
「話してみろよ」
チャップはベッドの上で上半身を起こし、いった。
「あ、起きたか」
カノンはチャップにいう。
「話してみろ。聞いてやるから」
チャップはもう一度いった。
「ああ……。昨日おまえ達が眠ったあと、なかなか眠れなくて」
「まあ、当然だよな。だって一日中眠ってたんだから」
カノンは横やりを入れる。
しかしチャップがすぐにカノンを制す。
「おまえは黙ってろって」
「チェ」
叱られたカノンは唇を尖らせて、不貞腐れた。
「で、トイレに行こうとして起きたんだよ。朝と違って夜の廊下は見えるもの何から何まで不気味で、もしかしたらおれの見間違えかもしれないけど……」
ニックは固唾を飲み込んだ。ニックの緊張が伝染したかのように、チャップとカノンもゴクリと唾を飲み込んだ。
「それで聖堂のとびらがほんの少しだけ開いてたんだ……」
もう一度ゴクリと固唾を飲み込んだとき、バンと部屋のとびらが開いた。不意を突かれた猫のように少年たちは、飛び上がった。
「何よ。いったい……?」
セレナはドアノブに手を当てたまま、困惑気味に少年たちを見た。
「何だよ。セレナかよ――。ビックリさせるなよ」
カノンは起こしかけていた腰を再びベッドに下す。
「何だとは何よ。人がせっかく様子を見に来てあげたのに。それにビックリしたのはあたしの方よ」
「で、何の用だよ?」
カノンはふんぞり返った状態で腕を組んだ。
「だから、様子を見に来たって言ったじゃない」
苛立たし気にカノンに言ってから、「で、ニック調子はどう? 昨日検査のとき眠ったまま起きないから、みんな心配したのよ」とセレナはニックに訊いた。
「心配かけてごめん。もう大丈夫だよ」
それを聞いてセレナは胸を撫でおろした。
「だけど、どうして気を失ったりしたの?」
「いや、何でだろう?」
「まあ、いいわ。大丈夫ならそれで」
セレナは思い出したように「ところで、あたしが来る前、何の話をしてたの? えらく驚いていたから」と小首をかしげた。
「女が聞くような話しじゃない。これは男同士の話しだ」
カノンは突っぱねるようにいった。
「何が男同士の話しよ。いいじゃない、あたしにも聞かせてくれたって。ニック何の話をしていたの?」
「夢? の話しだよ」
ニックは夢という単語だけあやふやに答えた。
「どうして曖昧なの?」
セレナはとびらを閉めて、部屋の中央に立った。
「夢だったのか、現実だったのかわからないんだってよ」
チャップは答えずらそうにしているニックの代わりに答えた。
「夢か現実わからないなんてことがあるの?」
「だから、それを確かめるために今話を聞いていたんだよ。話を続けてくれ」
「ああ」
ニックはどこまで話したかを思い返しながら、続きを話す。
「聖堂のとびらから光が漏れていたから、おれは恐るおそる覗いてみたんだ。そしたらタダイ神父がそこにいて、神父の前に顔は見えなかったけど子供が二人いた」
思い出すだけで、体中が泡立ち。冷や汗が流れた。
「しばらく見ていたら……子供たちが四足動物に……まるで狼のような姿に変わっていくんだ……」
「おまえがよく見る夢の話しと似ているな。その夢でも狼のような怪物を見たんだろ?」
ニックが話を一区切りしたときを見計らい、チャップが質問を投げかける。
「たしかに似ているけど、今回の夢は本当に狼みたいな奴になったんだよ……」
「まあ、似たようなもんだとは思うけど。違うんだな」
「ああ、違うよ。それで、腰を抜かしちゃっておれはその場に尻もちをついたんだ。そのときタダイ神父に気付かれて……。
そこからの記憶がない……。目が覚めたらベッドで眠っていて、今こうしておまえ達に話しているんだよ……」
前のめりになっていたチャップとカノンは、後ろ向けに体をかたむけた。
「よし、わかった」
カノンはキッパリという。
「それは夢だ。だって、もしそんな状況で見つかっていたんなら、今こうしてオレ達と話ができてないもんな」
「そうだとは思うけど……今まで見た夢と違って、とてもリアルだったんだよ……」
ニックは煮え切らず、歯切れの悪い回答を返す。
「そういう夢もたまには見るって。夢か現実かわからないくらいリアルな夢をな」
「そ、そうだよな……。きっと夢だったんだよな」
府に落ちなかったが、これ以上こんなくだらない話にみんなを突き合わせるのにも気が引けて、ニックは納得したふりをした。
「そうだぜ。もうそろそろ担当の奴らが、朝食の準備を終えたと思うから食堂に行こうぜ」
カノンの一言で、子供たちは食堂に向かった。
そして食事が終わった後、ある事件が起きた――。