case129 目覚めたニック、眠れぬニック
夢――。おれの夢――。おれは夢を見ている――。
いつもの夢。いつもと同じ夢を見ていた――。
「わたし達をおもちゃにした奴らを一緒に殺さない?」
上下左右見渡しても白い空間。上下が反転してしまっても、気にならない白い空間に白いワンピースを着た、銀髪の少女が立っていた。
「あなたは憎くないの? こんなことされて憎くないの?」
白いワンピースの少女は機械から発せられているかのような、感情のこもらない声で話す。
「憎い……?」
ニックは少女の言おうとしている、伝えようとしていることが理解できなかった。
「そうよ。わたし達を化け物にした大人たちが憎くないの?」
「き……きみは何をいっているの……?」
「憶えていないの? そう――じゃあ教えてあげましょう。あなたとわたしは、小さな。そう、まだ物心もついていない小さなときに、捨てられたのよ。
あなたの父親は戦死して、あなたを養うのに困った母親はあなたをここに捨てたのよ」
ニックは淡々と言葉を継ぐ少女の顔を、動揺で揺れる目で見つめる。
「そんな冗談辞めろよッ! これ以上口から出まかせをいったら、ただじゃ置かないからなッ!」
ニックが声を荒らげていうと、少女は哀れな者でも見るような目で「冗談じゃないわよ」とため息を吐きだすかのようにいった。
「じゃあどうしておれの小さいときのことなんて知ってるんだッ」
「あなたとわたしは姉弟だから。母親に手を引かれて、幼いわたし達はここに捨てられたからよ」
「嘘だ……。おれは……全然おまえのことなんて憶えていない……」
ニックは少女を指さしながら、まくしたてるようにいった。
今度は本当にため息をつき、「だからあなたが物心つく前の話なんだから、当然でしょう」と呆れたようにいう。
「じゃあ……。どうして、おまえの髪とおれの髪の色が違うんだよ……。おかしいじゃないか……」
「ああ、これね」
といって少女は長い髪の毛を一房つかんで、サラサラと流した。
「これは、適合したからよ」
「適合……?」
「そう、適合。わたしは選ばれたの。あなたとわたしは選ばれたのよ。新時代を生きるために選ばれたのよ。あなたとわたしが協力すれば、恐いものなんてないわ。
ね、だからわたし達をおもちゃにした奴らに思い知らせてやるのよ。わたし達をおもちゃにした奴らを殺してやりましょうよ」
ニックは思い出した――。この光景を前にも見たことがあることを――。あの白い地獄の光景を思い出した――。
みんなみんなこの女に殺されたのだ……。真っ赤に染まった雪――。死体の山――。そして、おれは逃げ出した――。
この女の問いに従おうと、従わなかろうと、どっちにしろここにいる人々は殺されてしまうのだ――。
「いやだッ!」
ニックは厳しい眼つきで少女を睨みつけて、きっぱりと断った。
「わたし達は姉弟なのよ。姉弟は助け合わなければいけないのよ」
「そんなことを手伝うことなんてできるわけないだろッ!」
「そう、そうなの……。あなたもわたしを裏切るのね。だけど、もうわたしは一人ではないから。あなたがいなくても、もうわたしは寂しくないわ」
「何言ってんだよ……?」
ヤバい……。このままじゃ、あの悲劇がまた繰り広げられてしまう。あの白い地獄がまた……。
夢――。これは夢――。
どうすることもできない夢――。どれだけ自分が頑張ろうと、もう終わってしまった夢なのだから――。
*
ニックは涙を流した。
白昼夢の夢は悪夢を伴うもの――。
救いようのない夢を見ていたが、ニックは思い出せなかった。
「お。起きたぞ」
二段ベッドの天井が見える――。
「おい、しっかりしろよ」
ニックは声のする方に首だけをかたむけて視線を向けた。
「おれはどうしてベッドで眠っているんだ……?」
ニックは自分を覗き込んでいるカノンとチャップに問うた。
「それはこっちが訊きたい話だぜ。おまえ身体検査中に意識を失って、担ぎ込まれたんだからな」
ぼんやりする頭でニックは状況を整理した。すると切れぎれになった紙が繋ぎ合わされるかの如く、自分が意識を失うまでの出来事が繋がった。
「ああ、心配かけて悪かった……。ちょっと気分が悪くなって。だけどもう大丈夫だ」
「ニックも気分悪くなったのか。オレも何だよ。あの注射うたれてしばらくはだるくて、軽い吐き気をもよおしたからな」
カノンがいうと、「俺もだ」とチャップとミロルもうなずいた。
「あの検査がこれから毎月あるんだとよ。気が滅入っちまうよな」
カノンは腕を後頭部で組んで、チャップのベッドに倒れ込んだ。
「ところで、いま何時だ?」
ニックはチャップに訊く。
「八時過ぎだよ。あ、忘れてた。腹減っただろ。おまえの分の飯をもらってきてるんだった」
そういってこの部屋に唯一あるテーブルの上に置いていたトレイをニックに差し出した。
「あ、ありがとう」
ニックはトレイを受け取り、みんなより遅い夕食を取った。
体がだるいせいか、あごを動かすだけでも重労働に感じられた。
「結局あの検査は何のために行われたんだろうな?」
カノンは腕枕をして寝ころんだまま、ポツリとつぶやいた。
「何のため……?」
ニックは口に運びかけていたスプーンを止めて、何かが頭を横切るのを感じた。何かとても大切なことを忘れている気がしてならない……。
「ま、俺たちが病気にならないための、よぼうせっしゅ? ってやつだろうよ」
チャップは言いなれない“予防接種„という言葉をゆっくりと発音した。
「そうだな。普段しないことをしたからもう疲れてしょうがねえよ」
そういってカノンは大きなあくびをした。
「ああ、本当だな……俺もものすげえ眠い」
チャップもカノンのあくびが移ったように、大きなあくびをした。
「ニック、オレ先に眠るからあとは頼んだ」
そういってカノンは上半身を起こして自分のベッドに上がった。
「起きたばかりで悪いけど、俺も眠るわ」
チャップも目を眠そうにとろんとした目を擦りながら、今までカノンが寝転んでいたベッドに入り込んだ。
ミロルも同じらしくいつの間にか、ベッドに入っている。
ニックが夕食を食べ終えたときには規則正しい寝息の合唱が聞こえはじめた。
「みんな眠っちまったのかよ……」
みんなは眠ってしまったが、ニックの眼は冴えわたっていた。昼から今まで眠っていたのだから、今から二度寝することは不可能だ――。そして、ニックの長い夜がはじまった――。