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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case128 怪我を負った

 バックミラーに引きつった狐のような目をした男が映し出されている。車がガタガタ道を通るたびに、舌を噛みそうになった。


「なんでおまえがここにいるんだよ。サエモン?」


 キクマは後部座席にふんぞり返った状態で、運転中のサエモンにいった。バックミラーに移ったサエモンの眼が、キクマをちらりと見た。


「それはこっちの質問ですよ。何であなた達がジェノベーゼファミリーの館周辺をうろついているんですか?」


 ウイックは外を見ながら口をはさんだ。


「おまえ知らないのかよ。昨日屋敷内でドンパチ騒ぎがあったんことを」

 

「知っています。どこかの刺客が昨夜屋敷内に忍び込み、ボスを殺そうとしたのですよね」


「ああ、その刺客は殺されずに今も逃げてるっていう話だ。敵陣の真っただ中に忍び込んで、逃げ切れるような奴はただもんじゃねえ」


「でしょうね」


 興味なさそうにサエモンは相づちを打つ。


「そのボスを狙った犯人はジョン・ドゥだと思うんだよ」


 キクマはバックミラーに映ったサエモンの顔を見ながら告げた。


「無いとは言えませんが、どうしてそう思うのですか?」


「勘だ、と言いたいところだが、その犯人との闘争のすえファミリーの部下数人が殺された。

 その犯人が使った武器が、ナイフだったんだ。そして犯人がおもに狙った箇所が、首の頸動脈だ。以下の情報で導き出される犯人はジョン・ドゥしか考えられねえ」


「だとすればジョン・ドゥは余程の馬鹿ですね。敵のアジトに忍び込んで、ナイフで立ち向かうなんて正気の沙汰ではありません」


 そのときサエモンは車を止めた。外を見てみると、ジェノベーゼの屋敷が見える位置に停車している。どうやら、辺りを一周して戻ってきたようだ。


「たしかに正気の沙汰とは思えねえ。だけどよ、ナイフで殺すっていうのはジョン・ドゥのポリシーなんだよ」


「ポリシーですか――。私にはわかりませんね」


 サエモンは屋敷の前を張り込んでいる黒服に視線を向けた。


「犯人は逃げているんですよね」


「ああ、みたいだぜ。だから見張りがうろついてんだよ」


「だけど、どうして逃げられたのでしょうか? 相手は最大のマフィアジェノベーゼですよ。ジェノベーゼファミリーから逃げられるとは思えませんが」


「そんなの知らねえよ。逃げ道でも確保してたんだろうよ」


「逃げ道ですか――。それか組織の中に協力者がいたという可能性は考えられないでしょうか?」


「協力者がいるのはたしかだと思うぜ。でないと説明のつかないことが沢山ある」


 そのときコンコンと後ろの窓が叩かれる音がした。

 屋敷に気を取られていたせいで、盲点だったのだ……。

 サエモンはハンドルを回し、ウインドウを下した。


「何でしょうか?」


 落ち着き払った様子のまま、サエモンは黒服に訊く。


「おまえらここで何やってる?」


「ちょっと道に迷ってしまって、地図を確認していたところです」


 そういってサエモンは助手席に置いていた地図を黒服に見せた。


 訝し気に黒服はサエモンと後部座席に座る二人を見すえて、「本当だろうな?」と脅すような声でいう。


「本当ですよ。目的地がわかったので今立ち去ろうとしたところです」


 嘘をついているとわかっているキクマでさへも、サエモンが嘘をいっているとは思えないほど、狐は嘘をつくのが上手かった。


「ところで、どうされたのですか? 物々しいですね」


 鎌をかけるようにサエモンは、黒服に問うた。

 すると黒服は「フン」と鼻をならして、「おまえらは知らなくていいことだ」といって相手にしなかった。


 そのあとすぐに思い立ったような顔をして黒服は続けた。


「いや、ちょっと待て、この辺で不審な男を見なかったか?」


「不審な男? 不審な男ならそこら中にいますよ。どのように不審なのか説明してもらえないと、もし見ていたとしてもこちらも説明しようがありませんね?」


「腕に怪我を負って、身長は百七十そこそこのやせ型の男だよ」


「腕に怪我を負った男ですか」


 サエモンはしばらく考えているぞ、という風にうん~と唸りはじめた。


「おい、余計なことを民間人に話すな」


 さらに後ろから、別の男の声が聞こえた。

 

「べつに何も話しちゃいねえよ」


 サエモンと話していた黒服は背後の男に言い訳のようなことをいう。

 背後の黒服は、サエモンと話していた黒服を押しのけて、「おまえらもこの辺をうろつき回ってんじゃねえよ。とっととどっか行きな」と釘を刺した。


「はい、そうさせてもらいます」


 そういってサエモンはウインドウを閉め、車を走らせた。


「おまえ見かけによらず大胆なんだな」


 キクマは感心し直したようにいった。


「ああいうときは慌てた方が余計に怪しまれるんです」


「まあそうだろうけどよ。嘘だとは思えないほど、嘘が上手いじゃねえか」


「あれは訓練を受けていたからです。それより、屋敷に忍び込んだ刺客の情報が少しわかったじゃないですか。性別は男、身長は百七十そこそこ、そして腕に怪我を負っている、やせ型」


「今回ばかりはおまえに感謝するぜ。ジョン・ドゥは男で、身長は百七十ほど。昨日のドンパチで腕に怪我を負ったんだろう」


「どうしますか、これから? もうこの近くはしばらくうろつけませんよ。今度見つかったらいかな私でも、言い逃れすることはできません」


「ああ、そうだな。俺たちも同じだ。今回は署に引き返そう。十分な成果があった」


 サエモンは署への道にハンドルを切った。


  *


 署の出入り口に見覚えのある人物がいた。

 その人物はまるでトイレを我慢しているかのように、ソワソワと落ち着きがない。ふと顔を上げて、サエモンの車を確認するとその男の眼がキラリと輝いた。


 手を振りながら、車の下に駆け寄ってくる。

 サエモンは車を止めて、ウインドウを開けた。


「いったいどうしました、プヴィールくん?」


 サエモンはプヴィールという部下に問う。

 プヴィールは興奮で空回りした口をパクパクさせながらいった。


「大変なんですッ!」


 プヴィールの慌てように、車内の三人は顔を見合わせた。


「何が大変なんですか。落ち着いて、話してください」


 サエモンがそういうとプヴィールは、固唾を飲み込んで口を開いた。するとプヴィールの口からサエモンが想像もしていなかった、事態が告げられた――。

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