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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case127 昨夜の騒動

 正方形に組み合わせた、長テーブルにスーツ姿の男たちが渋い面持ちで雁首(がんくび)を揃えている。


 窓がない部屋には、重い空気が腰を下し息苦しさを覚えた。ホワイトボードいっぱいに律義な文字が書き並べられていた。

 

「突き止めました」


 プヴィールはホワイトボードの前に立ち、皆に聞こえる声で告げた。


「ここから北に三十キロのところに、ルベニアという教会がありました。まだ詳しくは調べていませんが、その教会では孤児たちを養っているそうです」


「ご苦労です。大至急、捜査令状を発行してもらってください」


 サエモンは組んだ腕をほどき、前のめりになった。


「はい」


 敬礼してプヴィールは部屋から飛び出していった。

 ルベニア教会。とうとう突き止めたのだ。長かった――この数年追い求めていた真実にやっと手が届こうとしている。


 後は証拠を突き止めるだけなのだ。

 人体実験の証拠を……。しかし捜査令状が発行されるまで早くて、二、三日。遅ければ一週間はかかるかもしれない。それまでの時間を何もしないで過ごすことなどできない。


 そこでふとサエモンはビックという黒人男の顔が頭によぎった。

 あの男は教会や孤児院に物資を運ぶ仕事をしていた。もしかしたらルベニア教会のことを知っているかもしれない。


 ビックから渡された、住所に赴くことにした。

 

  *


 酒場のカウンターテーブルに男二人は座っている。

 一人は大柄の男。もう一人は小柄な男。いや、小柄ではないが大柄の男と並ぶと子供のように華奢に見えるのだ。


「ルベニア教会?」


 大柄の男であるビックは、真っ昼間からアルコール度数の高い酒をあおった。


「はい、仕事で訪れたことはありませんか?」


「あれだろ。裏に大きな森がある、白い教会のことだろ」


 濃い褐色の頬がアルコールのせいで染まり、更に黒っぽい顔となったビックはいった。


「行ったことがあるのですね。お願いです。その教会のことを教えてもらえませんか」


 押し倒さんばかりの勢いで、サエモンはビックに迫る。

 ビックはサエモンの覇気に負け、上半身を離す。


「いいけどよ。俺は一、二回しか行ったことないから詳しいことはわからないぜ」


「ええ、それでも構いません。あなたが知ってることだけで」


「で、何が知りたいんだよ?」


「そうですね。その教会の神父様の名前は知っていますか?」


「そんなことまで知るわけねえだろ。あ、でも俺が行ったときに応対するシスターの名前なら知ってるぜ。カリーラっていうんだよ。それがまたいい女でよ」


 そういってビックは鼻の下を伸ばして、気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「子供たちは何人ほどいるのでしょうか?」


「だから、そんなことまで知らねえって言ってるだろ。――なんだよその役に立たねえ奴だなって目はよ」


「そんな目してません」


「いやその目はそう思ってる目だよ。たく――」


 愚痴りながらビックはグラスを仰ぐ。琥珀色の液体が見る間に消えた。あんな強い酒をよく一気に飲めるものだ、とサエモンは軽く驚いた。


「で、どうしてルベニア教会のことなんて嗅ぎまわってるんだよ?」


 グラスをテーブルに置きビックは、トロンとした眼でサエモンに視線を向けた。サエモンは横目にビックを見ながら、グラスに入った水を飲んだ。


「機密情報ですので教えられません」


「何だよ。聞くだけ聞いといて」


「聞くだけ聞いといてッて、何も知ってなかったじゃないですか」


 そこまでいって、大きな息を吐き、「お呼び出しして申し訳ありませんでした。これで、好きなだけ飲んでください」とサエモンは多すぎるほどのお金をテーブルに置き立ち上がった。


「おい、もう行くのかよ」


 サエモンはすでに身づくろいをはじめていた。


「ええ、仕事が残っているので」


「もう少し話そうぜ。一人で飲んでも味気ねえよ」


「付き合いたいのは山々のですが、仕事があるので」


 小さな幾何学模様のデザインがされたコートに腕を通しながら、サエモンはきっぱりと断る。


「せっかく来たんだから連れないこと言うなよ。そうだ、昨日あった面白い話を教えてやるぜ」


 もう片方の袖に腕を通そうとしていたサエモンの動きがピンと止まった。


「面白い話?」


「ああ昨日、正確には午前十二時だって話だがある屋敷でドンパチ騒ぎがあったそうだぜ」


 針に魚がかかった釣り師のような笑みを浮かべて、ビックはサエモンと言う名の魚を釣り上げた。


 サエモンは着かかっていたコートを脱いで、もう一度席に座り直った。


「そう来なくっちゃな」


「で、そのドンパチ騒ぎってどういうことですか?」


 じれったそうにサエモンは、憎たらしい笑みを浮かべる大男を急かす。


「ああ、ジェノベーゼファミリーの屋敷が街はずれにあるだろ。そこで、昨日パーティーが開かれてたんだけどよ。終わり間際になって、ドンパチ騒ぎになったって話を聞いたんだよ」


「どうしてですか?」


「何でも、ボスを暗殺しようとした馬鹿がいるらしいぜ。まったくそいつも何考えてるんだろうな。アジトだぜアジト。敵のアジトにわざわざ潜入して、本当に成功するとでも思っていたのかね」


「その暗殺者は殺されたのですか?」


「いや、逃げ出したみたいだ。いったいどうやって逃げたかは知らないが、かなりの手練れだったんだろうよ」


「ジェノベーゼのボスは人前には滅多に現れないと聞きますからね。ボスに出会うには屋敷に侵入するしかなかったのでしょう。しかしどうやって屋敷内に潜入したのでしょうか。協力者がいたとしか考えられませんが……」


 サエモンはあごに手をそえて、しばらく物思いにふけった。


「お、おい、急にどうしたんだよ。もう少し話そうぜ」


 サエモンが急に立ち上がったので、ビックは慌ててサエモンの袖をつかんだ。


「ちょっと、ジェノベーゼの館の近くまで行ってみます」


「おい、まじかよ。昨日あんな騒ぎがあったばかりで、今武装した部下たちが屋敷周辺を張り込んでるんだぜ」


「心配しなくても大丈夫です。遠くで眺めるだけですから」


 サエモンの眼は本気だった。


「おい……マジかよ……」


 ビックは馬鹿を見るような目で、サエモンを見た。サエモンの立ち去り際、ビックはあることを告げた。


「おい、ルベニア教会のことを調べてるみたいだが、あの教会の近くにある森には近づくな。

 昔から、あの森には怪物が住んでいるって話を聞くからよ。絶対に森には近づくなよ」


 サエモンはビックを横目に見て、店を出た。


  *


「たく……近寄れねえな」


 キクマは物陰から、巨大な屋敷を見上げた。


「何うじうじしてんだよ。あそこにいる奴らに訊きゃあいいだろうが。あんたらのボスの命を狙ったのはジョン・ドゥですかって」


「何バカなこと言ってんだよ。この状況でノコノコ出て行ったら、どうなるか馬鹿なおまえでもわかるだろうが……」


 こんな状況じゃなければ、キクマは叫び散らしているところだった。


「上司に向かって馬鹿ってなんだッ! 馬鹿ってッ!」


 ウイックは屋敷まで聞こえるほどの大声で叫んだ。すると、門前で銃を構えていた黒服たちが何かを話し合いこちらを見た。


「ヤバい……」


 キクマはウイックの手を引き一旦この場を退散することにする。

 そのとき、となりに見覚えのある車が止まった。

 ウインドウが開き、見覚えのある顔が姿をあらわした。


「何やってるんですか。早く乗ってください」


 考えてる暇はない、とりあえずキクマは後部座席にウイックを押し込み、自分も同乗した――。

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