表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
162/323

case123 明日の予定

 子供たちの群衆に四方八方を囲まれている。逃げることもできず、次々に押し寄せる子供たちに押され、おしくらまんじゅう状態だった。


 懲罰房に入れられていたせいで、チャップたちはサーカスの動物たちのように注目されていた。


「大丈夫だったか? 相当怒られたんじゃないか?」


 面白半分に十歳ほどの子供がチャップたちに訊く。


「まあな……」


「どうして、勝手に抜け出したりしたんだよ?」


「ソニールを捜しに行ったんだよ……」


「ソニールは新しい家族に引き取られたんだぞ」


「ああ、今さっきタダイ神父から聞いたよ……」


 子供は二ヒヒといたずら気に笑い、「とんだ骨折り損だったな」と無邪気にいった。


「ああ、本当に骨折り損だったよ」


 次々に質問を投げかけてくる子供たちに、チャップとカノンは適当に言葉を返した。


「懲罰房の壁に文字が刻まれていただろ」


 黒髪を襟足まで刈り上げた子供が、いう。

 

「おまえも懲罰房に文字が刻まれていることを知ってるよか?」


 カノンが訊いた。


「ああ、あれ怖いよな……。おれたちの間じゃ呪いの刻印って呼んでるんだよ……」


「呪いの刻印?」


「真夜中になるとあの懲罰房から悪霊が出るんだよ。深夜二時くらいになると、懲罰房から出てきた悪霊が院内を歩き回るんだ……」


 わざと怖くしようとしているのか、黒髪の子供は顔に影を落とし語る。

 カノンは顔を引きつらせながら、苦笑いを浮かべた。


「へへ……冗談はやめろって……」


「いや、冗談じゃないんだよ。何人もの子供たちが獣の唸るような、不気味な声を聞いているんだ。なあ、みんな」


 黒髪の子供は誰にともなく確認をとると、休息スペースに集まっていた子供たちの大半が、「自分もその声を聞いた」と答えた。


「みんな、本当かよ?」


 チャップは声を張り上げると、「本当だよ。夜中に不気味な声が聞こえることがあるんだ。だから、懲罰房の子供の悪霊が彷徨ってるって噂されてるんだ。夜中にはなるべくであるかない方がいい」答えた少年の表情は真剣そのものだった。


「じゃあ、その懲罰房に閉じ込められてた子供は、死んだのか?」


「わからないけど、死んだんじゃないかな。だから、悪霊としてでるんだから。チャップたちも夜の寮内はなるべく、出歩かない方がいいぞ」


「ああ、忠告ありがとう」


「どういたしまして」


 そういう風に三十分ほど話を訊かれると、子供たちも飽きが差しはじめ一人ひとり、どこかへと去って行った。


 子供たちがいなくなってから、チャップたちも自分の部屋へ帰った。


「なあ、あいつらが言っていた悪霊の話しって本当なのかな?」


 二段ベッドの下段で、腕枕をして横になっているニックは訊いた。

 

「そんなの嘘に決まってるだろ。幽霊なんているわけないじゃないか」


 カノンは上段からいった。姿は見えないが、子馬鹿にしていることが、声音からうかがえた。


「その割には怖がってるようだったじゃないか」


「そ、そんな訳ないだろッ。あいつらが話しやすいように、話しに合わせてやってただけだ」


 聞かれもしないことまで、カノンはムキになって言い返す。


「う~ん。そうなのか」


「そうに決まってるだろ」


 そんなことを語りながら、ニックは眠りに落ちた。

 ニックは夢を見た。白昼夢というものは悪夢をもたらすのだろう。ニックはいつもと同じ夢を見た。


 夢の中で自分は眠っていた。

 そして誰かが、自分を目覚めさせる。


「起きて。起きて」


 やさしい女性の声だった。

 ニックは一度目をぎゅっとつむって、開いた。

 ぼやけた視界がゆっくりと、焦点を定めてゆく。


 目の前に白衣を着た、女性の顔があった。

 女性の顔をよーく見てみると、その女性はあのとき自分を逃がしてくれた女性だとわかった。


 どうして、女性が自分を起こすのだろう。

 それにこの女性はあのとき……白い少女に……。そこまで思い出して、ニックは考えるのを辞めた。なぜなら、あれは夢だったのだ。けれど今自分が見ているこの光景も夢……。


 いったいどういうことなのだろう?


「あ」


 言葉を出しかけて、喉が渇いていることをニックは悟った。しばらくニックは舌を動かし、唾液を分泌させるのに専念する。


「あなたは……?」


「忘れちゃった。あなた達のカウンセラーよ」


「カウンセラー……?」


 女性はゆっくりとうなずき、「そう」とやさしくいった。


「それで、もう大丈夫?」


「何が?」


 女性の顔が一瞬曇ったが、すぐに優しい元の表情に戻った。


「きっと、記憶障害を起こしてしまったのね。何もしてあげられなくて、ごめんなさい。

 あなた達を解放させてあげられるものなら、解放させてあげたいのだけど、わたしの力ではどうしてあげることもできないの……。本当にごめんなさい……」


 女性は深く頭を下げた、肩にかかるくらいの髪がだらりと顔にかかり表情を隠す。


「そんなこと気にしなくてもいいよ」


 いったいどうして謝られているのかわからなかったけど、ニックは女性を慰めた。


「いつか必ず、こんな地獄から逃がしてあげるから――」


 女性はそういってニックを抱きしめた――。


  *


「おい、起きろ。今日は俺たちの当番だろ。早くいかないと厨房のおっさんに怒られるぞ」


 二段ベッドの天井。正確には上段の床が視界に入った。

 自分は目覚めたのだ。ニックは夢で見た女性の顔を鮮明に思い出せた。


「おい、起きたんならさっさと起き上がれよ。先に行っとくからな。後から来て怒られても知らないぞ」


 チャップはそう言い残して、部屋から出た。

 ニックはもうしばらく天井を見上げた。もうそろそろヤバいかな、というところまでボーっとしたのち上半身を起こし、チャップの後を追う。


「あ、やっと来たか。ギリギリセーフだな。もう少し遅れてたら、おっさんに怒られてたぞ」


「もうあの人の行動パターンはわかってるよ」


 ニックがそういうとチャップはおかしそうに笑った。

 夕食の支度を終えたときには六時を超えていた。

 昨日懲罰房に閉じ込められていたのが嘘のように、いつもと同じ時が流れる。シスターカリーラの祈りに続き、祈りを唱え夕食をとる。


 そこまでならいつもと変わらない日常だった。

 食後の祈りが終わると、タダイ神父が食堂の中央に立ち皆に聞こえるよく響く声で告げた。


「明日、検査をします。明日の午前十時に私の部屋まで来てください。チャップくんたちはまだ検査のことを知らないので、誰か教えてあげてください」


 それだけを言い残して、タダイ神父は暗い廊下に消えた。

 食堂内はしばらくの間ザワザワと色めき立ち、その木枯らしが静まったと思うと、一人の少女がニック達が座る席の前に立った。


「あ……えっと、タダイ神父が言っていた検査ってなに?」


 ニックは恐る恐る訊くと、少女は落ち着きのあるちょっと高い声でいった。


「身体測定とか、運動能力検査とか、注射とか、色々な検査をするの。だからあなた達も今日は早く寝なさい」


 少女の話しを聞くうちに、カノンの顔色が徐々に蒼くなって行くのが一目にもわかった。


「注射もあるのか……?」


「ええ」


 少女は素っ頓狂な声でいう。

 

「もしかして怖いの?」


「ま、ま、まさか……怖いわけないだろッ……」


 少女は何もかも見透かしているように目を細め、「ふ~ん、そう。それなら、あたしは伝えたからね。寝坊するんじゃないわよ」と自分の持ち場に帰っていった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ