case121 夜会
恍惚と煌びやかに輝く城があった。宵闇に浮き上がるその城は、まるで物語の中からくり抜かれたかのような存在感をかもし出している。
今夜は様々な著名人や政治家、裏社会の人間たちが集り盛大なパーティーが催されている。
「心の準備はいいか」
男は車の中で、いつものように親指の二倍はあるほどの太い葉巻を吸っている。狭い車内は男が吐き出す煙で、すすけていた。
「はい」
ジョンは答えた。ジョンに言い渡された使命は、ジェノベーゼファミリーのボスを殺すこと。
今回ジョンが潜入しようとしているパーティーは、ジェノベーゼファミリーが年に一度、つながりのある著名人や政治家、財界人たちを集めて開かれる盛大な催しだった。
ジェノベーゼファミリーのその太いパイプは政治や警察関係にまで及んでおり、その力は確固たるものだった。
「屋敷内の見取り図は憶えたな?」
「はい」
「それではもう一度作戦を確認する。きみはまず隙をついて抜け出し、屋敷内の奥にある管理室に侵入してブレーカーに例の物を仕掛けてくれ。その間にわたしはラッキーをホールの大階段の踊り場におびき出す。
そしてきみが隙を突き、ラッキーにとどめを刺す。計画の鍵を握るのはきみの腕だ。ラッキーに声をあげさせてはならない。もし声をあげさせれば、私たちはすぐさま包囲されENDだ」
「はい」
男は葉巻を吸い終わり、車に備え付けの灰皿に葉巻をこすりつけた。
「それでは私たちも、パーティーに招かれよう」
そういって男は車のとびらを開けた。
ジョンもあとに続く。
門前には黒いスーツを着た、がたいのいい男が二人門番をしている。男は門番の前に立ち、招待状らしき紙を懐から取り出した。
門番はその紙を見た途端姿勢を正し、「お入りください」と門を開けた。
「そちらの方は?」
門番は男の背後に立つ、ジョンに視線を向けて訊く。
「彼は私のSPだ。彼も同行して大丈夫だろうか?」
「SPですか……」
門番は戸惑いお互いに顔を見合わせていた。
「駄目かな」
「いえ、大丈夫です。どうぞ中にお入りください」
屋敷の玄関につくまでに五十メートルほど歩かなければならなかった。庭は手入れが行き届き、植木や生垣は綺麗に整えられている。
豪奢なとびらの前には、二人組の門番がいた。何と厳重なことか。ジョン一人だけなら、屋敷に近づくこともできなかっただろう。
男は門前にいた門番に見せた紙と同じものを、とびらの前を張っている門番にも見せた。
二人組の門番は豪奢なとびらを開けて、中に入るようにジョンたちを促す。
玄関から少し奥に進んだところがホールだった。ドレスアップされた紳士、淑女がワイン片手に楽しくおしゃべりをしている。天井は高く、これほどの人がごった返している中で狭さを感じさせなかった。
ざっと見た限りでも、二百人は優に超えるほどの人々がホールに収まっている。いったい、この人間たちはどこの誰なのだろう。
ここに集められているくらいだから、それなりに名の通った人間たちなのだろうが世間常識に疎いジョンには皆目見当もつかなかった。
しばらく辺りに視線を巡らせていると、トレイを片手に持った男がジョンたちの前に現れワインの入ったグラスをわたした。
男が受け取ったのでジョンも見よう見まねで受け取った。ホールの中央を囲うようにして、豪華に盛り付けられた料理が乗ったテーブルがあった。
肉料理からから、スープ、サラダ、フルーツ、ケーキ、名も知らぬ料理のフルコースがそろっている。しかし料理に手を付けている者は殆どいなかった。
ここに集まる人間たちは料理よりも、話に夢中になっているのだ。シャンデリアから降り注ぐ光は太陽よりもギラギラとホールを照らしている。
まずはブレーカーを落とさなければならない。ジョンは隙をうかがった。ブレーカーを落とすのは、主役であるラッキーがホールに現れてからだ。
しかし肝心の主役はまだお目見えしていない。
その間にジョンはできる限り、ホールに置かれているもの人間の数、逃げ道、仕事に必要になるかもしれない情報を吸い込んだ。
人々は楽しそうにワインを飲み、話に花を咲かせる。マフィアのパーティーだとは思えないほどだ。豪華絢爛でこれ以上の催しを開ける人物はそうはいないだろう。
それからワイン片手にジョンは人々を観察した。
数百人という人々が一斉に言葉を発し、カエルの合唱のように思える。男は知り合いらしき人物とたわいない話をしていた。そのときふと視線を広場の奥にある階段に向けた。
タキシードに身を包んだ、黄金色の髪の撫でつけた男が下りてくるのにジョンは気付いた。男を目で追っている内に、騒がしく言葉を継いでいた招待客たちも一斉に声を潜める。
ザワザワと騒がしかった声が凪、一瞬静寂に包まれる。男は階段の中段ほどで立ち止まり、透き通る声を張り上げいう。
「皆さん。遠路はるばる、お忙しい中よくぞお越しくださいました。今夜は楽しんでください」
そういって、男は右手のひらを胸の前に掲げ頭を下げた。
あの男がラッキー。ジェノベーゼファミリーのボス。ジョンはラッキーの一挙手一投足を観察した。そのときラッキーと目線が一瞬あったような気がした。
コツコツと踵を鳴らしながら、レッドカーペットを下りてくる。ラッキーより少し遅れて、もう一人誰かが踊り場に立ったのが視界の端に見えた。
その人影は軽快な足取りで、ゆっくりと階段を下る。ラッキーはその人物が下りてくるのを待つ。足並みをそろえると、ラッキーはその人物に手を差し伸べた。
ジョンはその人物を知っている。黒いゴシックドレスに映えた銀色の長い髪を風になびかせ、その少女はレッドカーペットを下りてくる。
少女の名はレムレース。騒々しく有害な死者の霊。恐怖の象徴。影の存在――。レムレースは黒色の美しいドレスに身を包み、優美に微笑んでいる。
レムレースはゆっくりと階段を下りながら、招待客を見渡す。
レムレースの視線が一点に集中した。ジョンはレムレースと視線を合わせ、微笑む。少女も楽しそうに微笑みを浮かべて、視線をそらした。
長い夜のはじまりだ――。