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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case116 聞き覚えのある――

 一見何の変哲もない部屋だ。

 壁側には書棚があり、書棚がある壁の正面側には観葉植物が置かれている。ペルシャ絨毯のような豪華な絨毯が床に敷き詰められている以外は、どこにでもありそうな部屋だった。


「普通ですね」


 サエモンは囁くような小さな声で、となりにいる眼つきの悪い男にいった。


「ああ、これといって変わったもんがあるわけでもねえ。政治家の部屋らしく、豪華絢爛に装飾品でも置いてりゃあいいのによ。

 まあ、書棚をどかせば隠し扉があるっていう可能性もなくはないがな。どっかにスイッチか何かないか探してみろよ」


「探してみたい気持ちもありますが、今回はそのために来たのではないでしょう」


「ああ、まあとっとと目的の書類を見つけてとんずらするとするか」


 そういってキクマは部屋の中央に置かれている机に向かった。

 重厚感がある机は、高価そうだが嫌味がない。案外ピエール議員は家具を選ぶセンスがあったのだろう。サエモンは自分のセンスに近しいものを感じ親近感が湧いた。


「ちょっと待ってろよ――」


 そういってキクマは懐から、財布のような長方形の物入れを取り出した。サエモンは泥棒を見るような目で、キクマを見る。


「おまえもひつけぇーな」


「まだ何も言ってないじゃないですか」


「言わなくたってわかるんだよッ。泥棒を見るような目で俺を見てただろうがッ」


「まあ、否定はしませんが」


「否定しろよッ。誰のためにこんな泥棒みたいなことしてると思ってんだ。俺が泥棒ならおまえも共犯なんだよ」


 キクマは二本の針金を取り出し、鍵穴をカチャカチャ動かす。


「無駄話はいいので、早く開錠してください」


 キクマは額に青筋を浮かべた。

 こんな状況じゃなければ怒鳴りちらしているところだ。

 一度深呼吸をして、キクマはピッキングに集中しる。

 

 机の開錠は手こずるほどでもない。カチャカチャと子気味のよい音が、リズミカルに鳴る。するとひと際子気味のよい音が鳴ったかと思うと、キクマがいった。


「開いたぞ」


「ご苦労様」


 サエモンは心にもない(ねぎら)いの言葉をかけて、開錠した引き出しを引いた。紙の古い匂いが鼻腔をくすぐり、仕切りいっぱいに敷き詰められた書類群は折れることなくきっちりと納まっている。


 サエモンは白い手袋をして、書類の一部を引き抜いた。

 パラパラとページをめくり、目が左から右へと波を打つ。


「おまえ本当にそれで読んでるのかよ?」


 キクマはサエモンの横顔を見ながらいう。

 サエモンは蠅が顔の前をちらついているかのように、うっとうしそうな顔をした。


「黙っていてください。気が散ります」


 キクマはイラっとした。

 おまえだって人が仕事をしているときに横から口をはさんでいたではないか。けれどキクマも馬鹿ではない、今は怒りを抑え後で見てろよと心で思った。


「へいへい、そうですか。まあ、いいよ。早いとこ目的の書類を見つけて、とんずらしようぜ」


「言われなくても、そのつもりです。早く見つけて欲しければ、口を閉じてしゃべらないでください」


 口でそう言いながら、サエモンは目を動かす。

 とてつもない速さで、書類の束を消化していく。

 本当に読んでんのかよ……? と疑いたくなるくらいサエモンは速かった。


 前から順に書類を引き抜き、中間まで目を通し終わった。

 しかしまだサエモンの反応はない。キクマはサエモンが書類に目を通している間、部屋の中をぶしつけに見渡した。


 書棚の中には固そうな本が並べられている。

 百科事典から古典小説に至るまで、ある大抵のジャンルがそろっている。この書棚を動かすのはまず不可能だろう。だとすると隠し扉がありそうなところは床。


 いや、それはまずないだろう。ここは二階だ。百パーセントないとは言い切れないが、地下室をつくるなら一階に作るのが妥当だろう。


 机の周りを一周して、キクマは改めてサエモンのとなりに戻った。残すところあと少しになっている。


 数百枚あったであろう書類は、わずか数十分で消化された。

 最後の一束をつかみ取り、サエモンは目を通し終わった。


「どうだった。探していた情報は見つかったか?」


 サエモンはゆっくりと振り向き、かぶりを振った。


「なかったのかよ……?」


「ええ、この書類の中には私たちが求めている情報はありません」


「じゃあどう――」


 するんだよ、と言いかけたとき、とびらの向こう側から人の気配がした。キクマは素早く唇に人差し指を掲げた。サエモンはうなずき、机の陰に隠れるように人差し指で指し示す。


 しばらくの間、気配を殺してサエモンとキクマはお互いに肩を寄せ合う。いったいこんな夜中に誰だ? この屋敷にいるのは女中と執事のせいぜい五人程度のはずだ。


 トイレにでも起きてきたのだろう。

 それから三十秒ほどすると、人の気配は消えた。


「どうやら、行ったようですね――」


 サエモンがモスキート音のような声でいうと、キクマもうなずいた。


「どうする、まだ探すか?」


「ええ、そうしたいのは山々ですが、いったいどこを探せばいいのやら?」


「ピエール議員と半月でも共にいたのなら、彼が貴重品を隠す場所を知らないのですか?」


「そんなもん知る訳ねえだろうが」


 使えない人ですね、という顔をしてサエモンはキクマを見た。

 

「なに使えない人ですね、って顔してんだよ」


「どうして私が考えていることがわかるんですか?」


「その顔見てりゃあ嫌でもわかるわッ」


 キクマは思わず大きな声が出た。慌てて口をつぐみ、とびらの方を見る。人の気配はない。


 キクマは安堵のため息をつき、「どうする。いったい引き返すか?」と訊くと、「ええ、今回は諦めましょう」とサエモンも応じた。


 二人は立ち上がりとびらに向かう。

 とびらを開けた二人は目を見開いた。とびらの出入り口には人が立っていた。月の光が後光をつくり、その人物の顔は見えない。二人はどうやってこの状況を切り抜ければいいのか、とてつもない速さで頭が回った。


 屋敷の者に見つかってしまった。警察の人間が泥棒じみた真似をしていることが知られれば、どうなることやら……。


 警察の人間二人が冷や汗を流しながら、固まっているとその影は口をついた。


「お久しぶりです。キクマ様。あなたを待っておりました――」


 その人物の声は聞き覚えのある声だった――。

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