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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case115 探し求めた城塞

 窓から差し込む柔らかい光が、アンティークな家具たちを照らした。

 片側の壁一面に書棚が敷き詰められ、もう片側の壁側には大きな世界地図と有名な絵画が数点かけられている。


 重い色で溢れかえった室内は通常なら圧迫感がありそうだが、大広間のように広いせいかそうは感じさせなかった。


 そんな部屋で黄金色の髪をオールバックにかき上げた男が、机に向かい書き物に専念していた。万年筆が流れるように、紙面を滑り綺麗な文字を綴る。


 机の前には客人を迎えるために置かれた重厚な革張りのソファーが、並べられており、そのソファーに黒いドレスを着た少女がテディーベアを抱えてくつろいでいた。


「どうして、あの女を助けたの? ボクあの女、嫌いなんだ」


 少女はテディーベアの手を動かし、まるでベアがしゃべっているようにふるまった。


「きみもしつこいね。それにどうして彼女をそんなに嫌うんだい? もしかして、きみが気にかけていたジョンって男の彼女だとか?」


 ラッキーはからかうようにいうと、少女はムッとナイフのような鋭い視線を向けた。


「あ、ハハハ……冗談冗談……」


「訊いているのはボクだよ。だから、どうしてあの女を助けたりしたんだよ」


 少女はあくまで人形が訊いている風にふるまう。

 ラッキーはため息を一つつき「わかったよ」と折れた。


「べつに大した意味はないんだよ。僕がスラムにいたとき、あの子のおばあちゃんに出会ったのさ。あの子のおばあちゃんは商人をしていて、幼かった僕に商売の仕方を教えてくれたんだ。それで今の僕があるんだよ」


「そうなの。だけど、あなたらしくないじゃないか。そのことに恩義を感じるなんて」


 少女が持つテディーベアが嫌味ったらしくしゃべる。


「べつに僕らしくないことないさ。この世界は義理の世界なんだから。借りた恩義は返さなければならないし、鉄の掟は守らなければならない」


「あなたが行ったことで、恩義を返すことはできたの?」


「まあ、どうだろうね。あれだけのことでは恩義を返したとは言えないだろうね」


「当然よね。ただあの子供たちに口をきいただけだものね。それだけで、恩を返したって言ったらあなたの名が泣くと思う」


「ああ、心配しなくてもこれだけで返したつもりはないさ」


「べつに心配してないけど」


 少女がもつテディーベアは憎まれ口をたたいた。


「まあ、心配させてるつもりもないけどね」


 ラッキーもテディーベアに負けない憎まれ口をたたく。


「この話はこれくらいにして、きみは明日のパーティーで着るドレスの準備でもしてくれたまえ」


「わたしはこの服で出るわ」


 少女はそういって黒色のゴシックドレスのスカートをつかんだ。

 胸周りは白い生地で覆われ、首もとのフリルが可愛らしい。

 スカートに縫い付けられた刺繍は夜空に輝く星のようにキラキラ輝いていた。


「そのドレスも素敵だけど、もっと女の子らしい色を着てみてもいいんじゃないかな。きみが着るドレスはいつもそんな呉服みたいな、漆黒だ」


「いいのよ。わたしはこの色が好きなのだから。似合わない?」


「いや、黒はきみによく似あっているよ」


 お世辞ではなく黒色のゴシックドレスは銀髪銀眼を持つ少女によく似あっていた。黒いドレスは少女の銀髪を夜空に輝く天の川のように引きたてている。


「そうよ。当然じゃない。だからわたしはこの服でパーティーに出るわ」


「ああ、そうするといい。明日が楽しみだよ」


「ええ、明日が楽しみね――」


 少女はテディーベアを抱きしめて、少女らしくいった――。


  *


 アリアドネの糸――英雄テセウスがラビリンスに入る際に、王女のアリアドネから託された道しるべ。


 たしかにこの通路はラビリンスみたい……とキクナは思った。

 自分一人だけなら、確実に迷って二度と出られなかっただろうな……。過剰かもしれないけど、そう思えるくらいに入り組んでいた。今のキクナにとって、チトはアリアドネの糸なのだ。


「本当に迷路みたいね……」


 キクナは先頭を歩くチトの背中につぶやいた。

 背中だけ見るだけなら、誰が見ても少年と思ってしまうだろうが、れっきとした少女だ。


「ああ、増築を繰り返して今みたいな、迷路になったんだよ。路地に面している家は今は誰も使っていない」


「ちょっと怖いわね。建物の間に誰かが隠れていそうで」


 冗談で言ったつもりなのだが、チトは振り返るなりニヤリと意地悪気に笑った。


「隠れてるよ」


「え……ホントに……?」


「ホントだよ。まあ、道さへ間違わなければ大丈夫だけどね。ガキたちにはガキたちの縄張りがあるんだ。ここはチャップたちの縄張りだから、他の奴らはまず入って来ない。

 もし他の奴らの縄張りを侵すものは、焼きを入れなけりゃあなんねえがな」


 チトは少年のような口調で、淡々といった。

 いったいこの子たちはどういう世界で生きてきたのだろうか……。きっとわたしでは想像もできないくらい、辛い経験をしてきたのだろう。


 そんなことを想いながら少女二人の背中を見ていると、チトが振り返り「なに?」と怪訝に訊いた。


「あ……いや、なんでもない。もうすぐ着くのかなって思って。もう結構歩いているでしょ……」


「ああ、もうすぐだよ」


 納得したようにチトは再び前を向く。


「一つ聞きたいことがあるんだけど」


「なに?」


「どうして、チトはその子たちの住み家を知ってるの?」


「べつにそんなこと知る必要ないだろ」


 とチトが説明を拒むと、代わりにローリーがいう。


「えっとね。おねえちゃんはいつも見てたんだよ。チャップたちのことを。いつも影から見てたの。謝るチャンスをうかがってたんだよ」


「ローリーッ。余計なこと言わなくていいの」


 チトはローリーを鋭い眼つきで睨みつけて、話を切った。

 ローリーはしょぼんと眉を下げて、キクナに悲しい笑みを浮かべた。


 それからもうしばらく裏路地を進んだ先に、目を疑う光景があらわれた。そこはまるで砂漠にあらわれたオアシスのように、青々とした草木が茂る空間だった。


 花壇が作られ、広場の中央に樹が一本生えている。

 周辺をビルが囲い、壁のようになっていた。けれど太陽の光が真上に来たときだけ、その空間は路地裏だとは思えないほど美しい空間になる。


 それはまるで中国の九龍城砦(くーろんじょうさい)のように見えた。美しいけれど、悲しい場所だとキクナは思った。


「ここがあいつらのアジトだよ」


 親指で背後に見えるビルを指さしながら、チトはいった。

 やっと探し求めた子供たちに出会えるのだ。

 キクナの胸は高鳴った――。

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