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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第一章 事件編 人と獣は交われない  
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file13 『家具職人』

 罪を犯せば、捕まるということは幼い私でも知っている。私は疑問に思う。

「罪を犯せば、けいむしょってところに入らないといけないんじゃないの?」

 私がそういうと、またも獣は何がおかしいのか、汚い歯茎をむき出しにして笑う。

 そんなに、おかしなことを言っただろうか。

 獣の笑いが納まると、

「罪を犯せば、刑務所に入るだ! 俺が何をしたって言うんだ。なんも悪いことをしてない俺を誰が捕まえられるっていうんだ!」

 当時の幼い私には獣のいっていることの意味が分からなかったが、今なら分かる。


『この世には犯罪にならない、犯罪があることを。誰もそのことに気付いていない事を』


 私は悟った。

 キクマとバートンは村の大通りを並んで歩く。空は薄暗くなりはじめ、数十分後には真っ暗になっているだろう。


 夜になると、風が冷たい。冬が近づいていることが分かった。コートを持ってくるんだったなぁ~と、バートンは後悔した。


「まさかジンバさんが刑事だとはビックリでしたねー。通りで刑事に事情聴取されているのに、落ち着いているはずだ」


 背中を丸めてズボンのポケットに両手を突っ込みバートンはいった。手だけでも冷たい風から守るという、悪あがき。


「刑事なんていくらでもいる。俺たちだってそうじゃねぇーかぁ」


「まぁ、そうですけど……」


 そんなことを語りながら二人は歩るいていた。夜が近づくにつれ、川の音が大きく聞こえはじめていた。


 夜というのは不思議なもので、普段は気にしない些細な音でも大きく聞こえるものだ。虫の音、風の音、川の音、木々の擦れあう音までもが鮮明に聞こえる。


 風が吹くたびに水面を揺らし、木の葉を揺らし、虫たちが鳴く、こういう自然を味わうのもおつなものだ、とバートンは得した気持ちになった。


 ジンバはこの一本道を真っすぐ進めば、サイという人物が住む家に着く、といっていた。

 二人はすでに村はずれまで来ているのだが、家がある気配などどこにもないではないか。

 道を間違ってしまったのか。口にはださないが、キクマもそう思っていると思う。


 左右は生い茂る樹々で覆われており、まるで、どこまでも続く一本の道に見えた。完全に道を間違えたと確信したそのときに、突如平屋が現れた。


 樹々に隠れて見えなかったのだ。家を囲うようにして、樹が茂っていてまるで、この家を樹々たちが隠しているような印象を受けた。

 後から建てられたのではなく、初めからあった家の周囲に樹が茂った、という感じ。黒い屋根は斜めになり、雨水が流れるようになっている。


 その家の壁には樹齢が分かるように、年論が壁からところどころ見えた。庭らしき広場に、薪がピラミッド状に積まれていて、切り株には手斧が突き刺さったままになっている。


「この家でしょうか?」バートンは横目でキクマを見た。


「そうだろう、村はずれにはこの家しかないんだからな」


 そういうと、キクマはとびらに向う。立て板を五枚並べて作ったような、とびらだ。とびらに付いた、青いステンドガラスからは淡い光が漏れていた。


 もう空は薄暗く白夜がかっている。キクマはリング状のノッカーを握り、三回ノックした。コツコツコツ、と静かな森の中では何倍にも増して聞こえるのだ。


 すると、窓のカーテンが揺れた。


 家主が覗いたに違いない。とびらのすき間から、足音のような、規則性のある音がこちらに近づいて来る。青いステンドガラスに人影が現れ、とびらの鍵がガチャ、と外れる音がした。


 少し開いたとびらのすき間から、人間の目が覗き込む。あたりはもう暗くなり、家から漏れる光だけが(とも)っている。逆光のせいでその人物の顔は、濃い影になりうかがうことはできなかった。


「あなたが、サイさんですか?」


 キクマはとびらから一歩下り問うた。


「そうですが……あなた方はどちら様ですか……?」


 見知らぬ人物にサイは不審な顔を向けた。すると、キクマは懐から刑事手帳を取り出し、サイに見せた。人差し指と中指で広げる形で。


「刑事さんですか……? いったい――何のご用件でしょう……?」


「今朝死体で発見された、ラッセルさんのことで聞きに参りました」


 と、ふところに手帳をしまいながら、「――あなたはラッセルさんと、もめていた――と噂になっていまして」サイを見上げながら、世間話をするように自然に訊ねた。


 キクマよりサイの方が五~六センチ身長が高いから、見上げるかたちになる。


「な……誰がそんなことを……。――確かに少し、もめてはいましたが……ラッセルさんを殺したのは僕じゃありませんよ!」


 サイは声を荒らげ言い放った。当然だ、誰だってそんなことを言われれば自分が疑われている、と思うものだ。


「まぁ、落ち着いて、別にあなたを犯人だと疑ってるんじゃないですよ。ラッセルさんと関わりのあった人みんなに聞きまわっているだけですから」


 興奮するサイとは対照にキクマは落ち着き払って言い返す。


「そういうこですので少しだけ、お話をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 サイはとびらに手を据えたまま、何かを迷っているようだったが、観念したように渋々といった感じで、刑事二人を家に通した。

 

 家の中に入った途端、木の香りが強くなった。家の内装はまるで、ログハウスのようで、丸木で壁を作り、床は白樺のような白っぽい板で覆われていた。


 歩くたびに、木がきしむギシギシ、という音が鳴り響いたが自然の温もりを感じた。


 リビングのようなところに案内されると、木くずが床一面に散らかっているのが目に入る。この香ばしいような匂いは、木くずの匂いだったのか。リビングの真ん中には何か家具のような物が作りかけで置かれていた。


「家具を作っているんですね」


 バートンは作りかけの家具を見て、サイに訪ねた。


「あぁ、僕は家具職人なんですよ。今まで、箪笥(たんす)を作っていたんです」


「それで、この家に入ったとき木材の良い香りがしたはずです」


 バートンが箪笥を見ながら、リビングに入ると、「そこの椅子に座ってください」と、サイは砥の粉色(とのこいろ)の木椅子を示して、いった。


 木椅子だが、お尻のあたりがフィットするようにへこんでいて、背もたれも硬い、という感じはしなかった。まるで、クッションが置かれているように体を包み込む座り心地だ。


「この椅子もサイさんが作ったんですか?」


 バートンは木くずを掃いている、サイに問う。一か所に集められて、木くずは山を作った。塵も積もれば山となる、とはこのことだ、とバートンは思った。


「はい。僕が作りました」


 言って塵取り(ちりとり)に木くずを掃き終えると、サイは二人の真正面にある、木椅子に着席した。


「それでは、お話をお伺いして、よろしいでしょうか」


 と、サイの準備が整ったのを見て取り、キクマは両手を祈るように組んで、切り出した――。

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