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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case108 天使のような悪魔の微笑み

 ここまで心を伴わない、笑顔があるのだろうか。

 キクナは心底この男が“怖い„と思った――。

 だけど、どこか懐かしい感じもした。どうしてだろう……?

 どこかで、この笑顔を見たことがある……。

 自分は昔この男に会ったことがあるような……そんな感覚だった。


「あなたは……誰ですか……?」


 キクナは黄金色の髪の男を睨むように見つめ返し、ローリを背後に隠した。この子はこれほど人見知りだったのか? けれど、キクナには心を開いてくれた。


 そう思うと、母性愛のような感情がキクナの心を取り巻いた。“この子を守らないと„と。


「あれ? ごめんごめん。そりゃあ、突然こんなこと言えば警戒されるよね。僕は通りすがりの紳士だよ」


 紳士が自分から紳士というだろうか。

 怪しさ全開ではないか。と、突っ込みを入れたかったがキクナもそこまで無神経ではない。


「はぁ~……て、どうして、わたしたちが困っていることをしってるんですか……?」


「こんな道端で話すのもなんだから、そこに見えるカフェに入らないか?」


 男はそういって、背後に見える白い外壁が目を引くカフェを指さした。


「話しをそらさないでください!」


「いや、話をそらしてるんじゃないさ」


 男は眉尻を下げて、同情を誘う目をした。


「まあ、いいさ。で、困っているんだろ。ぶつかったお詫びとして、僕にできることなら、してあげるけど」


「いえ、結構です」


 キクナは迷うことなく、拒んだ。


「なんで?」


「ぶつかったのはわたしですし、あなた一人にどうにかできることではありませんから」


「心外だな。僕はこう見えても、それなりの男なんだぜ」


 黄金色の髪した男は自分の胸を手の平でポンポン叩きながら、いった。

 そのときだった、男の背後に人影が立った。


「あなたの連れじゃないですか?」


 キクナは男の背広を引っ張る少女を軽く指さして、いうと「はぁ~」と肩をすくめて「わかったよ。少しくらい話を楽しませてくれてもいいじゃないか」と背後の少女にいった。


「あなたの子供ですか?」


「こんな大きな子がいる年齢に見えるかな?」


 男の見てくれは三十代前半ほどに見えた。精神年齢は、それよりも幼く思えるが時折みせる、熟練された初老のように鋭い視線は、とても三十代の人間が出せるものには思えなかった。


「いえ、見えませんね。じゃあ妹さんですか?」


「僕とこの子は似ていないと思うけど」


 そう言われて、背後にいる少女と男を交互に見比べた。

 男の髪は黄金色なのに対し、少女は銀色だった。


「たしかに、似ていませんね。じゃあ――」


 どういうご関係なんですか? と訊こうとしたけど、今はじめて出会った人に、そこまで踏み込んで訊くのは失礼だと思いやめた。


「行きましょ――。そろそろ、時間よ」


 男の後ろにいた銀髪銀眼の少女は見た目以上に大人びた声で、男の袖を引っ張った。男は責めるような目で、少女をチラリと見た後に、肩をすくめる。


「わかったよ……。それじゃあ、ぶつかって悪かったね」


 男は少女のあとに続き、最後に振り返り、「きみの悩みは僕が解決してあげるから」と言い残し、男はキクナの前から去った。


 いったい、何を言ってるんだ……? あの男は何だったんだ? キクナは困惑と薄気味悪さを感じ、両二の腕を抱いた。そこで、自分がびくびくしてしまえば、ローリが余計に不安がることに気付き首を振る。


「もう大丈夫よ」


 キクナは振り返り、背後に隠れていたローリを見てみると、少女は子ウサギのように震えていた。キクナは不審に思い、ローリに訊いた。


「どうしたの……? もうあのおかしな男はいなくなったわよ」


 恐るおそる顔を上げ、ローリは辺りを見渡した。


「ね、いないでしょ。――本当におかしな男だったわよね。――まったく。それじゃあ、行きましょ――」


 キクナはローリを見つけた路地に向かうべく再び歩みはじめた。

 

  *


 長身の優男の名はラッキーといった。

 

「で、あの女性は何を求めていたのかな?」


 ラッキーはとなりを歩く、銀髪銀眼の少女に話しかける。

 少女は腰まで届くほどの長い髪をして、歩くたびにサラサラと髪がなびく。その髪はまるで、風を具現化して流れているかのように感じられた。


「どうして、あの女にそこまで気にかけるのよ」


 となりを歩く少女はくだらなそうな表情のまま、訊き返す。


「別に聞かなくたって、きみはわかってるんだろ。だって、きみは人の心が読めるんだから」


「人の心なんて読めたら、死にたくなってしまうわよ」


「じゃあ、人の心が読めないのかい?」


「いえ」


「じゃあ、読めるのかい?」


「いえ」


 またこのやり取りか、とラッキーはマンネリした気分になった。


「きっと、あの女性と一緒にいた子供はノッソンくんとこにいた、子だろうね」


 銀髪の少女はラッキーの話を聞いていなかった。

 けれど、ラッキーは構わず話し続ける。


「どうして、あの子があの女性と一緒にいたと思う?」


 少女は話を聞いていない。


「僕が思うに、逃げ出してきたんだと思うね。たしか、以前ノッソンくんのところにお邪魔したときに、一人不機嫌な子がいたから、話を聞いてみたんだ。

『きみはどうしてそんな不機嫌そうな顔をしてるんだい?』って。その子は何て答えたと思う?」


 ラッキーは横目に少女を見た。

 少女はまるでラッキーなど存在していないように、見向きもしなければ、視線の端にも入っていない様子だった。


「その子は、ここから逃げ出したいって、いう目をしてたんだよ。で、その子の妹があの子だったんだよ。つまり逃げ出してきたってことだね。

 だけど、おねえちゃんがいないってことは、逃げるのに失敗して、あの子一人だけ逃がすことにしたってところじゃないかな」


「あなたは名探偵なのね」


 少女はフフ、と笑ってやっと返事を返した。


「そうだね。僕は名探偵の素質があるのかもしれないな」


「これから、どうするつもり。まさか、あの子供のおねえちゃんを助けてあげるつもり?」


「そうするつもりだけど」


「どうして」


「ぶつかってしまったからそのお詫びにね」


「ぶつかってしまったって、あそこでずっと待ち伏せしていたんじゃない」


「どうして、そのことがわかるんだい? やっぱり人の心が読めるのか」


 ラッキーは真面目にからかいながら訊いた。


「もし、人の心が読めるといったら」


 少女も真面目にからかいながら訊いた。


「きみが読めるというのなら、本当に読めるんだと思うな。この世には、不思議なことがたくさんあるのだから」


「人の心なんて読むものじゃないわ。人の心なんて読めると、この世界に絶望してしまうものよ――」


 少女は無表情に、けれど悲しみを内に含んだ声でいった。

 ラッキーはそんな少女を横目に見て、「それじゃあ、人助けでもしようじゃないか。マルコーネくんに頼んで、あの子のおねえちゃんを迎えに行ってもらおう」といった。


「悪魔でも人助けをするのね」


 少女は喜劇に突っ込みを入れるかの如く、ラッキーに突っ込みを入れた。


「何を言ってるんだい? 神は“試練„と言う名の厄祭を人間に与え、悪魔は“堕落„と言う名の僥倖(ぎょうこう)を与えるものさ。

 だから、悪魔が人助けをすることは決して珍しいことじゃないんだよ。知ってるかい? 悪魔が人間を殺した数より、神様が人間を殺した数の方が多いということをね。

 神は人間に苦しみと言う名の試練を与えるけど、幸せは与えてくれない。悪魔は安らぎと言う名の堕落を与えるけど、幸せを与えてくれる生き物なんだよ――」


 ラッキーは天使のような悪魔の微笑みを浮かべた――。

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