case107 消える子供たち
金髪の少年は不敵な笑みを浮かべ、チャップを見下げるように見た。
「は……? どういう意味なんだよ……?」
「どうもこうもない。そのままの意味だよ。おまえ達がいる院に入ってる子供はある日突然居なくなっちまうんだよ」
「そんな話聞いたことねえぞ……」
「当たり前だろうが、あそこにいるガキどもはみんな神父の味方なんだよ。神父が言うことが絶対だ」
「だ……だけど、今までいた仲間が突然いなくなっちまったら、子供たちも不信がって訊くだろう……?」
からからになった唇を舌先でしめらせて、チャップは訊いた。
「子供がいなくなったとき、神父が何ていうか知ってるか?」
チャップは動揺に揺れる瞳で、金髪の少年をただ見つめた。
「『主に選ばれたのです』――だとよ」
意地の悪い歪んだ笑みを口角に刻んで、少年はいった。
「主に選ばれた……?」
「ああ、神様だよ。神様。神様に選ばれた子供が消えるんだ。つまり、ソニールも神様に選ばれたんだろうよ。俺たちを裏切らずにいれば、神に連れて行かれることもなかったのによ」
両手のひらを肩より上に掲げて、少年は“自業自得„だという意味を言葉に含めながらいった。
「ど……どうして、おまえはそんなことを知ってんだよ……?」
「なんでって、俺たちもあの院で暮らしていたからな」
「暮らしていた……?」
「ああ、俺たち三人はあそこにいたんだよ」
カノンがチャップの前に躍り出て、言葉を継いだ。
「じゃあ、どうしてこんな暮らしをしてんだよ?」
少年はカノンよりこぶし一個分ほど背が高く、睨み下ろす形でカノンを見た。
「そんなこと決まってんじゃねえか。逃げてきたんだよ。俺たち三人で」
背後のソファーに座る少年二人を指さして、金髪の少年はいった。
「どうして、逃げ出したんだよ」
「そんなの決まってんじゃねえか。あの教会が嫌いだったからだよ。あそこにいたら、取り返しのつかないことになっちまうって、本能が告げてんだよ。
それにあの教会の近くに深い森があるだろ、あそこには怪物が出るって噂もあるしな。俺は怪物に殺されるなんて、まっぴらごめんだ」
憎々し気に眉根を寄せ、金髪の少年はカノンを見た。
「おまえらは最近あの院に入ってきたみたいだな。どうして、入れたんだ?」
「おまえらには関係ないだろうが」
カノンは端から応じる気配を微塵も見せずに、即答で答えた。
「別に俺たちには関係ねえことだな。洗脳されてないようだから、忠告しといてやるよ。早くあの院からは逃げた方がいいぞ」
そういって、金髪の少年はドサッとソファーに腰を下した。
「洗脳……だからいったい何をいってんだよッ!」
カノンが叫ぶと、金髪の少年は両手人差し指で、耳をふさいだ。
「うっせぇーな。こんな音が反響するところで、叫ぶなよ!」
少年もカノンに負けないほど大きな声で怒鳴った。
「悪かった……叫ぶつもりはなかったんだ……」
カノンが素直に謝ると、金髪の少年もしらけたようにそれ以上はいってこなかった。
「あの院にいるガキどもは、物心つく前からあそこにいるから、洗脳されちまってんだよ。
ガキどもはどれだけ俺たちが逃げようって訴えても、聞く耳をもたなかった……。神父がいるところが、あいつらの生きる場所なんだよ」
「じゃあ、どうして、おまえらは逃げ出せたんだよ」
チャップが訊き返そうとしたカノンを制して、代わりに訊いた。
「俺たちは物心ついてから、あそこに入ったからな。――両親は事故で死んじまって、身寄りのない俺たちは親戚中をたらい回しにされたんだよ。
とうとう親戚たちも嫌気が差して、俺たちをあそこに入れたんだ」
激しい憎悪に金髪の少年は顔を険しくさせて、悪態をつくかの如くいい続ける。
「別に信じてくれとはいってねえ、あそこで暮らしたきゃ暮らせばいいさ。運がよけりゃあ、神様に選ばれるだろうよ。もし逃げ出すときは俺たちの仲間に入れてやるよ。そのときは面白おかしく暮らそうぜ」
「誰がおまえ達の仲間になるかよ」
少年は一瞬ムッと顔を怒らせたが、すぐに特有の不敵な笑みを浮かべた。
「そうかよ。まあ、達者でやるんだな」
「最後にもう一度確認しておきたい。本当にソニールのこと知らないんだな?」
「ひつけぇーぞ。知らねえって言ってんだろうが」
鼻から息を吐きだして、チャップは肩をすくめた。
「わかった。邪魔してすまなかった」
チャップは少年たちに詫び、踵をかえす。
「行くぞ」
その一言で、チャップのあとに続く子供たち。
三と二階の間にある踊り場に降りたとき、人影がすっと階を下りていくのが見えた。まさかと思ったが、一階につくとセレナが外に出ていく後ろ姿を捉えた。
「たく……」
チャップは呆れたように、つぶやいてとびらを開ける。
「待ってろって言っただろ」
チャップが注意すると、セレナはきまり悪そうに顔をそらした。
「だって、心配じゃない」
「おまえが入ってきて、あいつらに見つかる方がよっぽど心配だよ」
「どうして、あたしが見つかることが心配なのよ?」
チャップは心なしか顔を赤らめた気がしたが、気のせいだろうか。
「そんなことは別にいいんだよ。それより、どこまで話を聞いてたんだ?」
「最初から……」
「そうか……あいつらの言うことなんて信じるなよ。どうせ口から出まかせを言ってるだけなんだから」
セレナは戸惑いのような影を浮かべ、「そうかしら……あの子たちの言っていること、すべてが嘘だとは思えなかったわ……」と珍しく気弱につぶやいた。
チャップは何を思っているのだろう、無表情のまま、「それじゃあ、帰ろうぜ。早く帰らないとタダイ神父にバレちまう」と淡々といった。
皆はチャップのあとに続き院への帰路につく。
*
「あなた達ッ! どこに言ってたのですかッ!」
院の門前にタダイ神父は立っていた。
怒り心頭に顔を真っ赤にして、いつもは穏やかな顔が鬼のような形相に変わっている。
「ごめんなさい……」
皆は一様に頭を下げた。
「ソニールが……ソニールが……いなくなって……もしかしたら、町にいるんじゃないかと思って……捜しに行ってたんです……」
頭を下げたまま、チャップは事の次第を説明した。
けれど、タダイ神父は、「言い訳するなど、なんと悪い子なのでしょうッ!」と聞く耳をもたなかった。
「違うんです……」
「黙りなさいッ」
気が狂ったようにタダイ神父はチャップの言葉を切った。
「しばらく、反省しなさいッ!」
子供たちの言い分も聞かずに、タダイ神父はチャップの二の腕をつかんだ。
「あなた達もです。付いてきなさい」
子供たちはタダイ神父のあとに続いた。院の長い廊下をしばらく進むと、両開きのとびらの前に行きついた。こんなところに、このようなとびらがあったことをはじめて知った。
とびらを開けると、石畳の階段が真っ黒な口を開き冥府に続く通路のように下へ伸びていた。
しばらくタダイ神父が持つランプの灯りを頼りに、階段を下ると鉄のとびらがランプの淡い光に照らされてギラギラと鋭い光を放つのが見えた。
「ここで、しばらく反省していなさいッ!」
チャップをとびらの中に投げ込み、「あなた達もです」と中に入るように促した。
「あの……アノンは……アノンが心配すると思うので……教えといてください……」
鉄格子のすき間から、セレナはタダイ神父にいった。
タダイ神父は返事をすることなく、冷たい音が鳴る階段を再び登り始めた――。
唯一与えられた、ランプだけが子供たちの精神を何とか現世へと引き止める糧だった。子供たちは懲罰房に閉じ込められたのだ――。