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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case105 サエモンの資料

「ウルトラ……ビースト……」


「ああ、人間を超越した。獣を超越した。新たな生物Ultra(ウルトラ)Beast(ビースト)。きみは新時代の生物に生まれ変わったんだ」


「お……俺は……これから……どうなるんだよ……。俺はこれからどうすればいいんだよ……。俺は……どうなっちまうんだよ……」


 声帯が振動する震えた声がウイックの口から出た。


「心配することはない。きみが自分の意志をしっかり保てている内は、変わることはない。きみのこれからのあり方は私たちが決める。

 今は体を治すことに専念しなさい。すべては体が治ってからだ」


 男はベッドから腰を上げた。

 ウイックに一瞥をやり、白い室内で唯一異質なオーラを放っている鉄のとびらを開け、最後に鉄のとびらのすき間から男はウイックを見た。尾を引く瞳の虹彩は、薄暗い廊下の闇に唯一光を落とした――。


  *


「と、まあ、こんなところだな」


 そこでウイックの話は終わった。


「おいおいおいおい……UB計画って今言ったよな……?」


「ああ、言ったぞ。それがどうしたんだ。信じたくなけりゃあ、信じることはねえ」


 UB計画の文字をキクマは知っている……。

 ピエール議員の私室で、キクマはUB計画に関する書類を入手している。

 子供を使った、非人道的な実験。実験は成功していたのだ……。


「て……てえことは……あんたは獣になれるってことよ……?」


「いや、俺はもうなれない。俺の中にいた獣は死んだんだ」


「死んだ? その獣って奴は死ぬのかよ?」


「ああ、獣は死ぬ。人間の作ったものに絶対なんてことはねえんだよ。獣を殺す方法がただ一つだけある――」


 そうウイックは答えてから、「て、こんなわけわかんねえ話を本当に信じるのかよ。おまえも結構変わってんだな」と驚いてみせた。


「俺だってこんな話を信じたくねえよ。だけど、その実験かもしれねえ話を知ってんだよ――」


 空は紫におおわれ、地平線へと姿を消す夕日を最後に一日が終わった。

 翌日、ピエール議員の私室で見つけた書類をウイックに見せた。


「この書類……どこで手に入れたんだよ?」


 ウイックは食い入るように、文面に目を通してから瞳孔の開いた目をキクマに向けた。


「ピエール議員の私室でだ」


「ピエール? ああ、あのカエル顔の議員か」


 ピエール議員の顔を思い出し、ポンと納得したウイックは即座に、「どうして、おまえがカエル顔の議員の私室にあった書類を持ってんだよ?」と普段は気にしないであろう些細な疑問をキクマに投げかけてきた。


「そんな話はどうでもいいんだよ。俺が訊きたいのは、この書類に書かれているUB計画ってえのはあんたの知っている、ウルトラビースト計画って奴と関係があるのかよ?」


「俺の頭でそこまでわかるわけねえだろうが。UBなんて頭文字がつく単語なんて、この世にどれだけあると思ってんだよ」


「そういうと思ってたよ」


 キクマははじめから頼りにしてないよ、という感情のこもった声でつぶやいてから、「いけ好かねえが、サエモンに会いに行くぞ」と切り出した。


「は? 気でも触れたか? おまえの方からサエモンに会いに行くなんて、どうしちまったんだよ……?」


 同情するような瞳でウイックがするので、キクマは即座にいう。


「あいつにこの書類を見せてある。あんたと違って、あいつのことだ少しは情報を仕入れてくれているはずだ」


「喧嘩するほど仲が良い、って本当なんだな」


「そんなんじゃねえよ」


「だけど、信頼してんのは確かじゃねえか」


「だからッ! そんなんじゃねえって言ってんだろうがッ!」


 キクマは額に青筋を浮かべて、怒鳴った。


「そう怒るなって……。冗談だよ、冗談。冗談も通用しねえのか。だから女にモテねえんだよ」


「またそれかよ……」


 キクマはため息をついた。


「とにかくあいつに話を訊きに行くから、ついてこい」


「へいへい」


 ウイックは後頭部で腕を組んで、キクマのあとに続いた。


  *


 サエモンは資料室の長テーブルで、資料をまとめていた。

 アルミ製の書棚が壁一面、通路一面に敷き詰められていて、図書館のような空気が充満していた。


 書物の劣化を防ぐため、窓がなく薄暗い照明だけを頼りにサエモンは書類をまとめる。そのときだった、資料室の建付けの悪いとびらがギーと開いたと思うと、「おい。いるか」とキクマの声が聞こえた。


 いったい誰を呼んでいるんだ、とサエモンは思ったがこの部屋には自分しかいないことに気付いた。


「いるんじゃねえか。いるなら返事くらいしろよ」


 どうやら、キクマは私のことを捜していたのか、とサエモンは驚いた。いったい、どうしたというのだろうか。キクマの方から、自分を訪ねてくるなど。


「どうして、私のいる場所がわかったのですか?」


「おまえの部下に訊いた」


「ああ、そうですか。で、何かようですか」


「この前おまえに見せた書類の一件、調査はどこまで進んでる? 何かわかったことがあったら、教えてほしい」


 サエモンは澄んだ瞳でキクマを一瞥してから、テーブルに置いている書類に向き直った。


「おい、無視するなよ」


 とキクマが言うや、サエモンはテーブルの上に積み上げていた書類をすべて押し出し、「好きに見てください」と胸を張るようにしていった。


 キクマはその書類の量に呆然と目を奪われ、開いた口がふさがらなかった。


「これすべて、調べたのかよ……? まだひと月もたってねえぞ……」


「私を誰だと思っているのですか。これくらい調べるなど、造作もないことですよ」


 キクマは苦笑をうかべながら、サエモンを見た。

 いけ好かない奴だが、こいつは本当に頼りになる奴だ、と改めて実感した瞬間だった。


「にしても、あの一二枚の紙きれから、どうやってこれだけのことを調べたんだよ?」


 キクマはまとめられた資料をパラパラとめくりながら訊いた。


「パズルと同じです。一つの事柄が繋がると、次から次に真実が見えてくるんです」


 サエモンは当然のようにそういって、「これを見てください」と資料を開きキクマの前に置いた。


「werewolf?」


 キクマは片言につぶやいた。


「werewolfです」


 同じようにサエモンも繰り返した――

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