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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case104 ウイックの過去⑤

 ウイックは自分の内側(心の中)に意識を集中させた。

 心の奥深く、今まで自分でも到達したことのない、深淵へ意識が踏み込んだ。深海を漂っているようなフワフワとした感覚を感じながら、ウイックは見つけた。自分の深淵に住みついた怪物を――。


 黒い影がゆらゆらと燃え上がる炎のように舞い上がり、深い赤色の眼が口を開けている。


(こいつは……俺の中に住みついている……)


 心の奥底からウイックは這い上がり、現実世界に意識を戻す。


「わかっただろ。きみの中には獣が住んでいる。きみはそいつを飼いならさなければならない。でないと、仲間まできみは手にかけてしまうことになるだろう」


「い……いったい、あんたは俺に……なにをしたんだよッ! どうしてこんなことになってんだよッ!」


「きみが自分で望んだことではなかったか? きみは力を欲した。だから、私たちはきみに力を与えた」


 男は感情のこもらない目で、ウイックを見すえて答えた。“自業自得„だという目をしていた。ウイックは返す言葉がなかった。たしかに、俺は力を欲した……けれど、まさかこんなことになるとは思わなかったのだ……。


「そして、きみはめでたく適合したんだ」


「さっきから、適合、適合っていってるが、何なんだよ。俺バカだからよ、かみ砕いて離乳食くらいにしてくれないとわかんねえんだよ……」


 男は肩をすくめた。


「一世紀ほど昔、一人の男がある薬を開発した」


 男は語りはじめる。

 ウイックははじまって早々、話に口をはさんだ。


「おい、ちょっとまってくれよ。俺は簡単に説明してくれって言ったんだぜ……。どうして一世紀も時間が遡るんだよ……?」


「話を理解するには、はじまりが肝心なのだよ。小説でも、はじまりを読まずして、終わりが理解できるかね」


「そんなの知るかよ……俺は本なんて読んだことないからな」


 男は呆れた顔をした。


「まあとにかく、話を理解するにははじまりが肝心だということだ。――私たちが行っている研究は、一人の男がはじめたものだった。いまでは、極秘に数多の大国が研究を進めているがな。ここまでは、理解できるな?」


「あ……まあ、なんとかな……」


「その男は人間の限界を超えることのできる、技術を研究していたんだ。生きているすべての生き物は、体を気遣いながら生きている。俗にいうところのリミッター、というものだ。

 動物は無意識のうちに体を気遣い、リミッターをかけているのだよ。そして、その男は人間のリミッターを解除する技術の開発に成功した」


 男の話を聞きながら、ウイックは自覚した。

 たしかに、あのとき自分は人間を超えていた。あの動きは人間が出せる力を超えていた。


「しかし、リミッターを解除すると体にはとんでもない負荷がかかる。そのことはきみが身をもって体験しているだろう」


 男はウイックの体を足先から順に見渡した。


「急激な変化に体がついて行かなかったんだろう。その証拠に複雑骨折だ。通常なら複雑骨折した時点で人間は動くことができない。しかし、きみの中に住みついた、怪物が体を支配することで体を人間にはたどり着けない、領域に押し上げるんだ」


 ウイックに心の準備をさせるように、そこで、男は一度言葉を区切った。


「しかし、実験を受けた人間がすべて、限界を超えられるわけではなかったんだ。メリットが大きいほど、それ以上のデメリットもつきまとう。適合しなかった人間は、心を失い地をかける獣になってしまうんだ。

 それも、きみは経験したね。心の中の獣に体を乗っ取られ、感情の赴くままに殺人を楽しんだ。

 あれは第三段階だ。第五段階までいくと、人間は獣になってしまうんだよ」


 ウイックはあのときの恍惚感を思い出した。

 感情の赴くままに体を任せ、荒野を駆け抜けたあのときの爽快感を――。あのまま、あの爽快感に身を任せていれば、自分はどうなってしまったのだろうか……。恐怖が自分の体の内側から、ヘドロのように湧きあがる気持ち悪さを覚えた。


「第五段階まで行ってしまうと、人間は正真正銘の獣になってしまうんだ。18世紀に各地で起きた獣事件の犯人は、なりそこなった人間なんだよ」


「なりそこなった人間……?」


「適合しなかった人間は、狼に似た獣になってしまうんだ。昔から世界各地にある、狼人間の話は、なりそこないを目撃した人間が広めた話だ」


「おい、ちょっと待てよ……研究をはじめたのは一世紀前からだって言ってたじゃないか……?」


 男はうなずき、答えた。


「そうだ。研究をはじめたのは一世紀前だ。だけど、研究をはじめるきっかけがあったんだよ。その研究をはじめた男は、太古の昔から語り継がれてきた、半獣、半人の怪物に強い興味を惹かれた。

 半獣、半人の怪物はおとぎ話だけの話ではなく、実際に存在したのではないか、と。

 そして、男は人間を襲うという怪物の話を聞きつけ、その怪物を捕獲したんだ。何を捕獲したと思う?」


「わかるわけねえだろう」


「当然だな。その捕獲した化け物とは狼人間だ」


 ウイックは絶句した。

 

「信じられなくて、当然だが、実際に研究は成功して、きみの体に変化が起きているのだから、信じないわけにはいなかいだろう」


 信じられない。信じたくない、が自分の体にたしかに変化が起きてしまっているのだから、信じる以外に選択肢はなかった。


「狼人間と言っても、普通の狼と見分けはつかなかっただろう。二足歩行で歩いているわけでも、言葉を聞くわけでもないからな。

 今さっき言ったように、なりそこないだ。“なりそこない„になってしまえば、ほとんど識別はできない。

 特徴として、なりそこないには人狼だったころの名残が残るくらいだ」


「名残って……なんだよ……?」


「通常の狼の個体よりも巨大な体。銀色になびく体毛だ。きみも覚醒したとき、体毛が銀色に輝き、巨大になっただろう」


 男にそう言われて、ウイックは思い当たる節をいくつも思い出した。たしかに、体の内側からあふれ出る力と共に、筋肉が盛り上がり、視界が高くなった気がするのだ。


「男はその巨大な怪物の研究をはじめた。研究をはじめること十年余り、やっと男は怪物が人間であることを突き止めた。

 男はどうして、人間が怪物になるのかを研究し、今につながるというわけだよ。その研究のことを私たちはUltra(ウルトラ)Beast(ビースト)計画。縮めて“UB計画„と呼んでいる――」

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