case102 ローリの姉
少女は女性からもらった果物をすべて食べ終え、心なしか表情が和んだ様子だ。
「ローリはどうして追われていたの? 何かイタズラでもしたの?」
キクナはローリという少女と同じ目線になって訊いた。
少女はひざ丈の破れたズボンをつかんで首をふった。
「じゃあ、どうしたの? おねえちゃんに教えてくれる」
目を細め、なでるように優しく訊く。
「おねえちゃんが……おねえちゃんが……」
ローリはポツリとつぶやいた。
「わたし?」
自分を指さしながらキクナが訊くと、そうじゃないと言いたげにローリは首をふった。
「おねえちゃんが殴られて……」
「ローリのおねえちゃんが殴られたの? 誰に……?」
「ノッソンに……」
「ノッソン?」
オウム返しにつぶやいた。どこかで聞いたことがあると思ったら、果物屋の店主から聞いた話のノッソンファミリーのことではないか。
キクナは驚き、果物屋の店主を見上げる。
店主も目をずんぐりとさせて、困り顔で店の中にいる女性を見た。
「どうして、おねえちゃんが殴られてるの……?」
「ヘマしたから……ローリがヘマしたから……」
そういうなりローリの眼から大粒の涙があふれはじめた。
嗚咽を交え、ローリは必死に涙をこらえようとする。灰色がかった服の袖で眼もとをおおいながら、ローリはないた。
「もう大丈夫だから。ゆっくり、ゆっくりでいいからローリに起きたことを話して」
キクナはローリのとなりに座り、肩を抱き寄せる。
「ロ……ローリが逃げたいって言ったの……それがいけなかったの……。逃げたいなんて言わなかったら、おねえちゃんが殴られることなかったの……」
キクナはゆっくりとローリの背中をなでた。骨ばかりで、女の子とは思えないほど角ばっている背中をキクナはやさしくなでる。
「だから……おねえちゃん……ローリのためにあいつらと……ッ」
上ずった声で言葉を詰まらせながらも、吹っ切れたようにローリは必死に自分に起きたことを伝えようとする。
「は……はなしをしたのッ……そしたら……何バカ言ってんだよって……おねえちゃんッ……殴られて……そ、それで、ロ、ローリだけ、おねえちゃん逃がしてくれて……ッ」
キクナはゆっくりと、けれど力ずよくローリの背中をさすった。
「わかった。わかったよ。ローリのおねえちゃんがあなたを逃がしてくれたんだね。つまり、あなたのおねえちゃんはさっき追いかけてきた少年たちに捕まってるってことでいい?」
そうキクナが訊くとローリは歯を食いしばりながら、うなずいた。
「わかった。わたしに任せて。きっとあなたのおねえちゃんを助けてみせるから。だから、心配しないで。ね」
そういって、キクナは立ち上がった。
「おいおい。お嬢さんよ、ちょっと待てって。何言ってんだよ? そんな約束勝手にしちゃダメだって……。このローリって子のお姉ちゃんを捕まえてるのは、ノッソンファミリーなんだろ……?
いくら子供たちばかりの集団とはいえ、お嬢さん一人で助けられるわけないだろ……」
「警察にいって助けてもらいます」
店主はローリを横目に見てから、キクナに目配らせをした。
店主がそれから歩き出したので、キクナもあとに続く。店から少し離れたところで、店主は立ち止まり言いにくそうに言った。
「あのな……どうして今まで警察がそんな悪ガキ集団をほって置いたか知ってるのか……?」
キクナは首をふる。
「ノッソンファミリーの裏にはジェノベーゼファミリーっていうこの街を陰で取り仕切るマフィアが絡んでるんだ……。
もし、ノッソンファミリーに何かあると兄貴分のジェノベーゼファミリーが黙っちゃいないって話だ。だから、そんな悪ガキ集団がいても警察は見てみぬふりをしてるんだよ……。
それでスリやひったくりがあっても、警察は知らん顔だ」
「じゃあ、ローリのおねえちゃんを見殺しにしろっていうんですか! 今こうしてるときも、酷い目に遭わされてるかもしれないのに!」
キクナは声が大きくなり過ぎていることに気付き、慌ててローリを見た。ローリは椅子にちょこんと座ったまま、泣き続けて聞こえていないようだった。
「だから、おれは見殺しにしろっていってるんじゃない……。助けられるもんなら、助けてやりたいよ……。
だけど、一人の人間の力なんてたかがしれてるんだよ……。おれやお嬢さんがいくら足掻いても、救える命と救えない命がある……」
「だからって……見て見ぬふりするのは共犯と同じじゃないですか……。あの子があんなに泣いているのに、見捨てろっていうなんて……そんなの、可哀想じゃないですか……」
店主は弱り顔で頭を掻いた。
「お嬢さんの気持ちは痛いほどわかる……わかるけど、ノッソンファミリーとは関わらない方がいい……。もし首を突っ込んで目を付けられてしまったら、取り返しがつかないんだから……」
キクナは反論することができなかった。
助けるとはいっても、自分に何ができるというのだろうか。口だけなら、何だっていえる……。わたしは口だけだ。一人の少女を助ける力なんて持っちゃいない……。
「まだ若いお嬢さんには酷だけど、この問題からは手を引いた方がいいよ……」
「じゃあ……じゃあ……ローリはどうすればいいんですか……? あの子には頼れる家族がたぶんいないんですよ。
まだあの子も十歳になるかならないかですよ……。それなのに、おねえちゃんと離ればなれにされて……」
「あの子は警察に預けるしかないだろう……。あとは警察がどうにかしてくれるのを祈るしかない……」
「ノッソンファミリーに手を入れてくれないんですよね。あの子が終われてるってわかったら、すぐに手放されるんじゃ……? じゃあ、預けたってすぐに厄介払いされるのがオチじゃないですか……?」
店主は苦しそうに顔を歪め、反論しなかった。
「わかりました……わたしが……。わたしが最後まで責任を取って、あの子を引き取ってくれるかもしれないところに頼んでみます」
キクナはローリに聞こえるように、大きな声で宣言した。