case101 子供たちの過去 後編
左右を二段ベッドに囲まれ、圧迫感のある部屋。
部屋の奥に唯一ある窓から光が差し込んでくる。
ベッド以外には何もなく、眠るとき以外に使うことは滅多にない。
カノンとニックはベッドを椅子代わりにして、座っていた。
「それじゃあ、話の続きを聞かせてやるよ」
「ああ、頼むよ」
チャップとミロルは子供たちの世話をしているのだろう。
しばらくは戻ってこないはずだ。今らなゆっくり話を聞ける。
「どこまで話したっけ?」
「セレナが仲間に加わったところ」
カノンはポンと手を合わせて、「そうだったな」とうなずいた。
「で、チャップとミロルの話だな。オレも二人から聞いた話くらいしか知らないから詳しくはないけど、なんでもチャップの両親は薬物に溺れてたんだってよ。
それで仕事もしなくなった。だけど薬物依存になっちまってるから、薬は欲しがる。嘘までついて、金を親戚中から集めるほどに。
だけど、嘘はいつかはバレるもんで、親戚中に嘘をついていたことがバレて、縁を切られちまったんだって」
「それで、チャップは薬物とかの話になると顔をしかめているんだな」
「ああ、たぶんそうだと思うな――。で、親戚からも見放されて、闇金にまで手を出しちまったんだって。返せる見込み何てないのによ……」
「返せる見込みなくても、金を貸してくれるのかよ?」
「裏の金ってやつは返せる見込みのない奴にも莫大な利子をつけて貸すんだよ。それで首が回らなくなっていくんだ」
「そんなところからかりるもんじゃないな……」
「ああ、まったくだ。だけど、世の中にはどうしても金をかりなきゃならない奴らがいるんだよな。だから、高利貸しがやっていけてるんだからな。
で、金をかりてまた薬を買う悪循環を繰り返していると、とうとう連れて行かれたんだと」
「どこへ連れて行かれたんだ?」
ニックは声をできる限り潜めて訊くと、カノンは首をゆっくり横にふった。
「そこまで詳しく訊いてないからわからないけど、そんなところから金をかりちまうと、とんでもないところに連れていかれるよな……。
連れて行かれた先で、チャップの母親は死んじまったんだ……。母親が死んじまったことで、やっと父親は正気に戻った、『なんて馬鹿なことしてしまったんだ……』って。
それで父親はそいつらの眼を盗んで、チャップだけを逃がした。親戚とは縁を切られ、どこにいるのかも知らない……。つまり頼る人がいないってことだ……。まだ十歳にもなっていない子供がどうやって一人で生きていけると思う……」
カノンは声を震わせた。
「そうして、街をさまよい歩いていたとき、チャップはある奴らに声をかけられたんだって言っていた。
そいつらが、その街で派閥を利かせていた悪ガキ集団。ニックおまえも知ってるはずだ」
「おれも知ってるのか?」
ゆっくりとカノンはうなずき、「今のノッソンファミリーの奴らだよ」と告げた。
「そのときはまだノッソンファミリーって名前じゃなかったけどな。――チャップは生きていくために、そいつらの仲間になった。だけど、そいつらが酷い奴らで、スリやひったくりならまだ我慢できるが、恐喝や麻薬売買までやる奴らだったんだよ」
カノンの口調に段々と力が入る。
ニックは黙って、カノンの話に耳をかたむけた。
「オレ達はスリやひったくりはするが、恐喝やヤバい物の密売だけはやらなかっただろ」
「ああ」
「チャップは人を貶めることだけは、絶対にやらない奴なんだよ。だから、そんな奴らといることが耐えられなくて、逃げ出すことにしたんだ。で、そのときに出会ったのがミロルだ」
「ミロルもそいつらの派閥に入っていたのか?」
「ああ、ミロルもそいつのやり方に嫌気が差していたんだろうな。そして、もう一人チャップとミロルと気があった奴がいたって話を聞いた」
「もう一人……?」
カノンは横目にニックを見た。
「ああ、そいつの名前はチトって言ったそうだ。そのチトって奴には妹もいた。チトと妹を含むチャップとミロルの四人で逃げ出す算段をしてたんだ。だけど……逃げ出す直前になって、チトはチャップとミロルを裏切ったんだよ……」
予想外の展開にニックは顔をしかめた。
「なんで裏切るようなことをしたんだよ?」
「なんで裏切ったかなんて、オレにわかるわけないだろ。だけど、結果的に裏切ったのは本当らしい。チトはチャップとミロルが逃げようとしていることを、そいつらに密告したんだ。
それで、チャップとミロルは捕まっちまって、ボコボコにされた。ミロルの喉がやられたのも、そのときだった」
「だけど、結果的には大丈夫だったんだろ? でないと今のチャップとミロルはいないんだから……」
「ああ、そのあと、二人は逃げ出すことに成功した。だけど、今度はチト抜きでな。獲物を捜すために外に出たとき、二人は逃げ出したのさ。
それからしばらくして、オレとアノンが仲間になったんだ。まあ、こういうところかな」
カノンのおかげで大雑把ながらも、みんなの過去を知ることができた。
「だけど、そのチトって子はどうしてチャップたちを裏切ったりしたんだ? チャップとミロルが一刻でも信用してたほどの奴なんだろ? あいつらは、ちょっとやそっとじゃ人を信用しないだろ?」
「若かったってことだろ。その裏切られたことがきっかけで、人をちょっとやそっとじゃ信用しなくなったんじゃないの」
ニックは回答に困り、「そうかな……」とだけつぶやいた。
「そうだって。それ以上のことが知りたかったら、本人たちに聞くしかないよな」
「本人たちにか……たしかに、それが一番手っ取り早いんだけど、どう訊けって言うんだよ?」
「それは、自分で考えろよ。で、かなり話が反れちまったけど、チャップが変わっちまったんじゃねえかっていう話をオレは訊いてたんだぜ」
「ああ……そうだったな」
カノンは目を細め、まったくしょうがねえな、というような顔をして見せた。
「で、どう思う。ニックの眼から見ても、チャップは変わっちまったと思うか?」
ニックは考えてみる。
自分よりも長い付き合いのカノンが変わってしまったと思うなら、チャップは変わってしまったのだろう。けれど仲間を守ろうとする根本的なところは何も変わっていないのではないだろうか。
「おれは……変わってないと思うな……上手く説明できないけど、チャップはチャップなりにみんなを守ろうとしてるんだよ。ソニールのときだって、一緒に暮らす家族だからあそこまで必死になって、あいつらと縁を切らせたんだとおれは思う――」
カノンの表情が和んだ。
「まあ、そうかもしれないよな。あれも仲間を思う気持ちから、ちょっと強くやったことだろうし、そう考えると何も変わってないのかもな」
「ああ――。きっと、そうだよ」
お互いに納得し合ったとき、とびらがバンと乱暴に開きチャップが部屋に飛び込んで来た――。