file12 『村長の証言』
生まれながらの罪人、その言葉は私の心の底、深淵に刻み込まれた。私は罪を背負って生まれてきた。どうして、生まれながらに罪を背負っているのだろう。
生まれることが罪なのか。生まれたことが罪なのか。どうして私を産んだのか。私はこれから一生自分自身に問い続ける終わりのない、問いになった。
「それではお訊きしますが、今朝はどちらに居られましたか?」
キクマは村長の目を真正面から見据えて問う。村長は少し考える風に、手の甲にあごを乗せて唸った。まるで、ロダンの考える人のようなポーズ。
「今朝は家に居りました」
「証人はいますか?」
「ヴァネッサも一緒にいました」
「ヴァネッサ? と言いますと」
キクマは語尾を高くして質問する。
村長はとなりを指さして、「私の妻ですよ」といった。
夫人はヴァネッサという名前らしい。ヴァネッサとは蝶々という意味だ。確かに言われてみれば、この夫人は蝶のように華のある人だ。つまり、この夫人は蝶々夫人ということになる。
自分の話題になったのを見て取ると、ヴァネッサは軽く頭を下げた。
「旦那様には自己紹介をしていませんでしたね。私はキクマで、こっちはバートンといい私の部下です」
バートンも軽く頭を下げた。
村長もバートンに頭を下げ返す。
「私はジンバ・ビルマと言います」
「ん? ビルマと言いますと確か、川辺にあった記念碑にもビルマと彫られていたのですが」
「ああ、あれは私の先祖なんですよ」と、言い、「――それより、先に召し上がってください」とジンバは手のひらをケーキに向けて、押し薦めるようにいった。
やっと食べられる、とバートンはケーキに手を伸ばそうとしたときに、思い出した。育ての親に言われたマナーを、主が手を付けない限りは手を付けてはいけないと。何だか分からないマナーのような何かがこの空間には漂っていた。
バートンは待つ。二人がいつまで経っても手を付けないことを悟り、ジンバは気を利かせ自分が先に手を付けた。
これ幸いにとバートンもケーキに手を付ける。しなったリンゴの表面には水あめのようなコーティングがされていて、フォークで押さえつけるとコーティングがキラキラと光を反射し光る。
一切れ口に入れた途端に唾液で、パイが崩れ落ちた。リンゴの触感がシャリシャリと伝い心地よく響く。
砂糖の甘さはそれほどないが、リンゴの甘味だけで、十分甘く、タルトの生地に持っていかれた唾液を紅茶で潤す。
紅茶との相性も抜群だ。四分の一ぐらいに切り分けられた、ケーキだけでは物足りない感が否めないが、贅沢はいえない。
一ホールあっても一人で食べられただろう。そんなことを思いながら口を動かしていると、いつの間にか、ケーキを完食していた。
「美味しかったです! 奥さん料理お上手なんですね」
バートンは心から思ったことをありのまま、いった。
ヴァネッサは嬉しそうに、「お口にあったようで嬉しいわ」と頬を染めながらいった。歳は取っているが、心は乙女のままだ。
そんな他愛無い会話をヴァネッサとしていると、キクマもケーキを食べ終え、このにこやかな雰囲気を壊す質問をジンバにぶつけた。
「アップルケーキ、本当に美味しかったです」と素っ気なくいってから、「では早速なのですが、ラッセルさんに恨みを抱いていた人はいませんか?」
その質問に、ジンバは、「獣にやられたのではないんですか?」と、太い眉毛を眉間に寄せ、信じられないといいたげにいった。
「まあ、獣による殺害が有力ですが、一パーセントでも人間による殺害の可能性があるのなら、疑ってかかるのが私達の仕事でしてね」
「刑事も大変ですからね。――そうですね……。――恨みを抱いていた人ですか……」
ジンバはまた考える人のように背中をまるめ、考え込んだ。
数十秒が過ぎたとき、「確かサイさんと喧嘩していた、と聞きましたが……」急に思い出したように、唐突な声をだした。
サイさんと聞いて、バートンは動物の犀の姿が頭に浮かんだが絶対に違うのだろう。動物の犀ではなく人間の名前のサイのことだろう、と気を再び引き締める。
「サイさんですか、その人とラッセルさんは不仲だったんですね。家の場所を教えてもらっていいですか」
キクマは息もつかせぬ物言いで、いった。
「はい、この家を出て、大通りを真っすぐ進みます。それで、少し村をはずれたところにある平屋に住んでいますよ。この家から出て真っすぐですから、すぐ分かります」
サイさんという人の家がある方角を、ジンバは指さして示した。
「ありがとうございます。サイさんというお方にも、話を聞いてみることにします。申し訳ないですが、もう少しだけ、お話をおうかがいしてよろしいでしょうか」
これ以上問いただしたら嫌な顔をされるだろうな、と思っていたがジンバは案外、協力的だった。
「はい。聞いてください。答えられる限り答えますので」
ジンバは体勢をたてかえ、深くソファーにもたれかかる。
貫禄のある風格を全身から漂わせていた。この人に答えられない、問いなどないのではないかと思うほどだ。一体この人は何者なんだ?
「では、訊きますがジンバさんは英雄の子孫なんですよね。やっぱり、英雄の子孫ということで村の人々からの人気は高いのでしょうか?」
訊きづらいことを遠慮なく聞けるのが、キクマの良いところであり、悪いところでもある。
「まあ、確かに村長をさせてもらってますが、先祖のことといま私が村長をしているのはなんの関係もありません」
「だけど、血統というものがあるじゃないですか。血統が良いと村の人たちからも人気があるでしょう。それを考えると血統的には恵まれていると、思うのですが?」
「確かに正論ですが、本当に今の地位と先祖のことは関係ありません」
ジンバが言っていることは嘘に思えなかった。
キクマは、「そうですか、失礼なことを聞いて申し訳ありませんでした」と前かがみになっていた姿勢をクッションの効いた、革張りのソファーに沈めた。
「最後にもう一つお聞きしていいですか?」
「はい、何なりと」
ジンバは妙に落ち着き払った、声でいう。よほど、人と話すことに慣れていないと、ここまで落ち着き払った態度はできない。
しかも、相手は刑事だ、初めて事情聴取される人間は自分が犯人じゃなくても、動揺するのが大半だが、ジンバにはそれがない。村長という地位がなせる業なのかもしれないのだが。
どうもそれだけとは思えなかった。
「ジンバさん、仕事は何をされていましたか?」
ジンバは数秒間黙り込む。沈黙とは話す言葉の効力を上げる力があると聞いたことがある。
あのヒトラーが沈黙の力を最大限に引き出したいい例だ。ジンバはここぞ、というタイミングで言った。
「私は刑事をしてました」
二人は予想外の回答に衝撃うけた――。