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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case99 疎外感

 ニックはいつもの夢を見た。

 いつもと同じ場所の、同じ夢だけど、何かが違っていた。

 何が違うのだろうか……? 何かが違うのだけど、自分ではわからない……。恍惚とした気分で何も考えたくないから。


 この気持ちよさに身をゆだねていたいからだ。

 まるで体という入れ物から解放されたかのように、開放的で爽快で、力があふれてくる……。とても柔らかい(まゆ)に包まれているかのように、安心できた。


 ぼんやりとした頭に抽象的な映像が映し出された。

 人々が遥か真下で逃げ回っている――。音もなく色もない、白黒の映像がとめどなく流れて行く。逃げ回る人々は次々に倒れ、白黒の流血が噴き出していく。


 いったい何が起きているのだろう……? どうして、人々は恐怖に(おのの)いた顔で自分から遠ざかってゆくのだろう?


 無意識に足が動く――。自分が意図しなくても体が動く――。

 自分の体を誰かが、代わりに操っているようだ――。


 視界に巨大な腕が映し出された。この腕は誰の腕なのだろう?

 腕は逃げ場を失った人を叩いた。鋭い爪の残像が怪しい光の尾を引きながら、振り下ろされた。叩かれた人は、死んだように動かなくなってしまった。


 自分は客観的に、一歩下がってその状況をみている。

 そのとき、すぐとなりに人影が映し出された。

 横目に人影を見ることができた。その影は人のようで人ではない……。人間とは思えない巨大なシルエットをしていた。


 いったい……おまえは……誰なんだ……? 

 そう思ったときだった。背後から洞窟の中を反響するかのような声が聞こえた。


「それはあなたよ――。それはあなたなのよ――。意識をしっかり持ちなさい。(そいつ)に意識を乗っ取られてはダメよ」


 いったい誰なのだろう……? 自分に言っているのだろうか。

 視線がゆっくりと回転して、声の主であろう少女が映し出された。

 長い髪の少女だった。この少女を自分は知っている。銀色の長い髪をなびかせた、人形のような少女だ――。


「意識を保たないとダメ。(そいつ)に負ければ、あなたを殺さないとならなくなるのよ」


 そういって、白黒の少女は冷たい微笑みを浮かべた――。


  *


「おい、もう起きる時間だぞ」


 カノンの声が水の中から聞こえてくるようだった。

 泡が海底から地上に浮上するかのような感覚が全身を押し上げた。


「おい、起きろって」


「起きてるよ……」


 寝ぼけた声でニックは応じる。

 前腕で両目をおおい、窓から差し込む光をさえぎった。


「今日はオレ達の当番だぞ。朝食の準備をしに行くから起きろ」


「ああ……」


 これ以上ベッドでうじうじしていると、強硬手段にうつされそうなので、ニックは意を決して起き上がる。


「さ、行こうぜ」


「ああ……」


 ニックは朝が弱いらしく、起きてからの三十分間ほどはボーっとしていることが多い。


 食器を運んでいても、落とすんじゃないだろうな……とカノンは冷や冷やものだった。


 朝食の準備が終わり、子供たちが来るまでの間ニックとカノンは長テーブルに座っていた。他の子供たちは自分の部屋に引き返してしまったのだ。


「なあ、ニック」


「なんだよ?」


「チャップ……変わったと思わないか?」


「チャップがか? おれはまだおまえ達と出会って、半年ほどしか経ってないから、それ以前のチャップを知らないんだ……。だから、どういう風に変わってしまったのか、おれにはハッキリとわからない……」


「出会ったときのチャップと、今のチャップは変わったと思うか?」


 カノンにそう言われ、ニックはチャップとはじめて出会ったときのことを思い出した。

 

 あれはパンをひったくられたことからはじまったのだ。

 出会いは最悪だったけど、陽気で仲間想いで、いい奴だったことは今も昔も変わっていない。


「いや、仲間想いで、やさしくて、リーダーシップがあるところなんて全然変わっていないと思うけど」


「そうだな、そう言われるとたしかに全然変わってないんだけど……昨日のこと憶えてるか?」


「昨日のことって?」


「ほら、ソニールを救うために、町の不良たちのアジトまで行っただろ」


「ああ」


 カノンは顔を渋らせて、ぼそりと続ける。


「あのときのチャップがしたことはちょっと強引だったと思わないか?」


「まあ、たしかに強引ちゃあ、強引だけど縁を切らすんだったらああするしか、なかったと思うけどな……」

 

「たしかに、ああするしかなかったけど……あいつらも悪い奴だったんだろうけど、ソニールはあいつらの仲間だったんだよ……。オレ達の中の誰かが、もし急に縁を切ってくれって言ったら、どうするよ?」


「何だよ急に?」


 ニックは苦笑いを浮かべながらいうが、カノンが真剣に訊いていることを悟ると彼も真顔に戻って真摯に応じることにした。


「たしかに……急に知らない奴らがやってきて、こいつが縁を切ってくれっていってるぞ、なんて言われて納得できるわけないよな」


「ああ、当然だ。知らない奴が突然あらわれて、仲間を連れて行くなんて絶対に納得できない。

 それに、もしその仲間を連れて行っちまう奴が、金貨を投げつけてきて、『これは手切れ金だ』なんていってきちゃあぁ~、オレだったら殴りかかってるぜ」


「たしかに、考えてみれば、あれは酷かったかもしれないな……」


「だろ。昔のチャップなら絶対あんなことしなかったぜ。誰にも頼れなくて、ひもじくて、人に必要とされなくて、疎まれている人の気持ちが人一倍わかる奴なんだよ……チャップは……」


 カノンは悲しそうに声を震わせた。


「オレ達だって、少し前まであいつらと同じ暮らしをしてたんだ。人から物を盗んで、たくさん悪さして……あいつらは少し前のオレ達なんだよ……チャップは少し前のオレ達を(さげす)むのと同じことをやったんだ……」


「それとこれとは、違うんじゃないか……?」


「同じだ……同じなんだよ……」


 しばらく重い沈黙が続いた。

 朝食の時間まで、まだ三十分近くあった。いつも、八時丁度に朝食をとるのだ。まだ、時間が残っている、訊くなら今かもしれない、とニックは思った。


「なあ……」


「なんだよ?」


 ニックは固唾を一度飲んで、切り出す。


「昔のチャップのことを教えてくれないか。おれ言われてみれば、チャップのこと……いや、みんなのことを全然知らないんだ……だから……カノンが知ってることを教えて欲しいんだよ……」


 しばらくカノンはニックの眼をしっかりと見据えて、フッと目をつむった。


「ああ、そうだな。そういやあ、話す機会がなかったっけか。この機会に話してやるよ。おれが知っているチャップとみんなのことをな――」


 そういって、カノンはゆっくり、言葉を選びながら語りはじめた――。

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