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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case98 ウイックの過去④

 白い部屋の中央に、長い白衣を着た男が立っている。

 白い白衣は背景の白い壁と同化して、遠近感があやふやになって見えた。


 唯一露出した、顔と手首だけが同化を免れ、異様に浮き出して見えた。

 灰色の白髪が混じりはじめた、四十代後半から五十代後半くらいに見える、小柄な男だった。小柄だが、不思議な存在感を放っている。


「合格だってどういう意味だよ……? それに、ここはどこなんだよ!」


 不気味な笑みを浮かべている、白衣の男にウイックは怒鳴りかけた。


「言葉通りの意味だよ」


「だから、意味がわかんねえから訊いてんだろうが!」


 恐怖から来る怒りのような、燃え立つ感情を白衣の男にぶつける。

 しかし、男はうろたえることなく肩をすくめ、「そう声を荒らげるものではない。傷口が痛むだろう」と無感情に言ってみせた。


 男がいうように、しゃべるだけで肺に骨が突き刺さったように痛いのだ。意識をしっかりと保っていないと、気を失ってしまうほどに。


「とりあえず、座りなさい。今のきみの状態で立って、しゃべれていること事態が不思議でしょうがない」


 男にうながされるまま、ウイックは白いベッドに腰を落とした。

 糸が切れたように上半身の力が抜けて、バランスが崩れた。ゴムの塊がうねりながら倒れるように、ウイックはベッドに崩れ落ちたのだ。


 体が動かない。ベッドに崩れ落ちた途端に、体がピクリとも動かなくなった。今までどうやって歩いていたのか、不思議でしょうがないほどだ。


 どうして、動かないんだ……? 

 ウイックは白衣の男を疑った。この男が何かしたのではないか、と。


「俺に何をした! 体が動かねえぇぞッ!」


「当然だよ。だから言ったじゃないか、今のきみの状態で立って、しゃべれていることが不思議でしょうがない、と」


 白衣の男は呆れた声で、続ける。


「きみは自覚していないようだが、全身骨折しているんだよ。それなのに、どうして歩けたんだい? きみの体を調べてみなくてはいけないよ」


 たしかに体は自分の体ではないように、動かないし、体中を針で串刺しにされたような鋭い痛みも感じるが、動くことができた……。これはいったいどういうことなのだろうか。


「きっと、きみの中の獣の力が、体を補助してくれているのだろう」


「俺の中の獣の力? それどういう意味だよ……?」


 横になった状態で、目だけを動かしウイックは問うた。


「まあ、待ちたまえ。このようなところで目覚めて、混乱していることはわかる。だから、説明してあげよう。まず、きみは戦場で倒れているところを、私たちが回収した。

 そして、適切な治療をほどこし、いまここにいるというわけだよ」


「仲間は……。隊の仲間たちはどうしたんだ……」


 白衣の男は一度ウイックの眼を見て、淡々と告げた。


「きみの仲間はみんな亡くなったよ。そして、仲間を殺したのはきみだよ」


 ウイックは男の話を聞いてしばらくするまで、男が言っている言葉の意味がわからなかった。


「何て言った……?」


 改めてもう一度ウイックは訊く。


「仲間を殺したのはきみ自身だ」


 ウイックはフッと喉から笑った。


「冗談はやめろって。たちが悪すぎるぞ。もし次そんな冗談を言ったら、ぶっ飛ばすぞ」


「冗談じゃない。仲間を殺したのは、きみ自身だ。まあ、そうはいっても、きみが殺した人数は十人ほどだっただろうがね。

 きみが覚醒するまでには、大多数の兵が敵兵に殺されていたのだから。きっと、そのことがきっかけで、きみは覚醒できたのだろう」


 この男は何を言っているんだ……?

 ウイックは眼の前が暗くなり、意識が急速に遠のく感覚を感じた。

 自分の意識の中で、ウイックは白黒の映像を眺めていた。


 その映像には恐怖に(おのの)く顔の男たちが逃げ惑う姿だったり、黒色の飛沫(しぶき)が目の前を横切ったりと、臨場感のある映像だった。


 俺は何を見ているのだろう……? 白黒映画が断片的に、途切れながら、パタパタと回っている。その映画には、見覚えのある人間の顔も映る。


 その見覚えのある人物が恐怖に怯えた顔で、画面に映し出されている。次の瞬間、その人物は飛沫をあげて荒野に倒れた。


 そこでウイックは悟った。これは自分の記憶の断片なのだと。


「思い出したか。そういうことだよ。きみの意志で殺したのではないだろうが、やったのはきみ自身だ。

 気にすることはない、きみが殺さなくても、きみの仲間は遅かれ早かれ、敵兵にみな殺されていた」


 放心状態で、ウイックは白い天井を眺めていた。

 そして、ウイックは体中が痛むのも構わず、泣き叫んだ。

 唾液と涙と鼻水で、シーツをぐしょぐしょに汚した。


「それほど悲しむ必要はない。これは仕方がなかったことなんだ。きみが殺したといっても、きみには制御できなかった。無意識でやったことだ」


「無意識でやったことなら何でも許されるのかよッ! いったいッ! 俺の体はどうなったんだッ!」


 ウイックが飛沫を飛ばしながら、かすれた声で叫んだ。

 男はしばらく、ウイックの顔を直視して、一度目をつむった。


「きみは、適合したんだ。人間を超えたんだよ」


 ウイックは男の話すことが理解できなかった。この男は何バカなことをいっているんだ? 頭が狂ってるんじゃないか、と。


「きっときみは私のことを頭のおかしな人間だと思っているだろう。そう思われてもべつにかまわないが、今から私が話すことはすべて本当のことだ」


 そこで男は一度言葉を区切って、ベッドに腰を下した。


「きみが受けていた実験は、人間の身体を限界以上に強化して、新人類をつくる、という実験だった。しかし、適合者が数十万人に一人という確率でしか、現れない」


「おいおいおいおい……何言ってんだよ……いくら俺が馬鹿だって言ったって、その話が現実的じゃないってことくらいわかるぜ……」


 震える声でウイックはいうが、男の眼は冷たく、そして偽りはなかった。


「信じなくたってかまわない、しかし、きみには聞く義務がある。そして、この話を聞いて、自分の力を制御する術を覚えなければ、また暴走して大切な者まで殺すことになる」


 男の声には有無を言わさぬ、強制的な力が宿っている。

 ウイックは溢れる唾液を、飲み込んだ。


「きみは心に獣を飼っているんだよ。そして、怒りや、恐怖、悲しみなどの自我を失うほどのショックを受けたとき、きみはその獣に体を乗っ取られる。

 きみは身をもって経験したはずだ。自分では制御できない、感情を――。その感情に身をゆだねれば、戻って来られなくなるだろう。そして、獣に感情を乗っ取られた人間は、太古の昔から語り継がれる、化け物、半獣半人の獣になってしまうのだよ――」

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