case95 果物屋の店主が教えてくれたこと
人通りの多い場所をしらみつぶしに捜した。
朝から夕方まで街をうろつき、誰もいないアパートに帰る。
そんな日々が一週間続き、もうそろそろ慣れてきた。
家には眠るためだけにかえるようなもので、一日の半分を人探しに費やしていた。けれど、一向に見つかる気配がない。まるで、もうこの街にあの子たちがいないようにだ。
カノンって子の手がかりを知っているという、少年に逃げられてしまい、振り出しに戻ってしまった。
こんなに捜してもいないのだから、本当にこの街にいるのかも怪しくなってきた。
いや、いるに決まっている、この街から抜けたってどこに行くというのだろう。キクナにできることは、とにかく人通りの多い場所を捜すことしかないのだ。
そんなこんなで、一週間ひたすら捜していた。
今日も手がかり一つ掴めていない……。やっぱり、人通りの多い場所を捜すだけじゃ駄目なのだろうか……。刑事たちがやるような“聞き込み„ということをする必要がある?
そうしよう! 聞き込みだ! 聞き込み! キクナは決心して、いつも街の様子を見ているであろう、出店の人に話を聞いてみることにした。
「あ、あの……」
果物をメインに売っている出店の店主にキクナは話しかけた。
なんと訊けばいいのか、事前に考えておくんだった、と後悔先に立たず。
「いらっしゃい。今日はリンゴが沢山はいって、安いよ」
「あ、じゃあリンゴを……じゃなくて」
流されてリンゴを買いそうになり、慌てて訂正する。
どんぐり目をした中年の店主が、不思議そうにキクナを見た。
「あのですね……この辺りってひったくりやスリ……多いですか……?」
こんな話を訊いて、商売に差し支えるだろうか? とキクナは思った。
「ああ、けっこういるね。ノッソンファミリーの連中がおもに」
「ノッソンファミリー? マフィアの縄張りなんですか?」
キクナは声をひそめて訊いた。
果物屋の店主は首をふって、顔を少しキクナに近づけた。
「ノッソンファミリーっていうのは、ストリートチルドレンたちの派閥の名前」
「ストリートチルドレンにも派閥があるんですか!」
声が大きくなってしまったことに気付いて、キクナは慌てて声を小さくした。人々の雑音が入り混じり、少しくらいの音なら聞こえはしないのだが。
「ああ、少年たちにも派閥があって、ここいら一帯を縄張りにしてるのが、ノッソンって奴をリーダーにした、悪ガキ集団」
「そ、それじゃあ、カノンとニックっていう子供たちも、そのノッソンファミリーに入ってるんですか?」
「そこまでは知らないけど、もしかしたら、ノッソンファミリーの一員なのかもね」
「そのノッソンファミリーって子供たちのことを、もっと聞かせてくれますか?」
キクナがそういうと、果物屋の店主は不審に眉をしかめた。
どうして、子供たちのことを嗅ぎまわっているのか不思議に思ったのだろう。
「あの……実は捜してる子供たちがいるんです。今さっき言った、カノンってことニックって子を捜してて、もしかしたら、その子たちはそのノッソンファミリーってグループの中にいるんじゃないかと思って……」
「ああ、そういうことだったの。いいよ、おれが知ってることなら教えてやるけど、少し待ってね」
そういって、果物屋の店主は椅子に座っていた、女性に店番を頼んだ。果物を置いている棚が、影になって気付かなかったが、この店は夫婦で切り盛りしているようだ。
店番を頼むといっても、店から離れるわけではなく、店のとなりの椅子に移動しただけだった。簡単な木組みの椅子が、出店のとなりに置いてあって、誰でも座ることのできる休息所のようなところだ。
キクナも四脚ある椅子の一脚に座った。
「で、ノッソンファミリーのことだね。うちも、困ってんだ。気を抜くと、売り物かっぱらわれるし。商売あがったりだよ。この辺りで出店をやっている奴らには、天敵みたいなもんさ」
「大変ですね……」
果物屋の店主が深刻そうな顔をするので、キクナもつられて顔を歪めた。
「ああ、本当に大変なんだ。商品を盗まれると、一日の稼ぎがほとんど残らないんだから。って……ごめん、ごめん、お嬢さんはそんなこと聞きたいんじゃなかったな。で、何が聞きたいの?」
「あ、はい。え~っと……」
キクナは人差し指をあごに当てて、考えた。
何を訊けばいいのだろう。そこまで考えていなかった、自分の愚かしさにキクナは嫌気がさした。
「子供たちにも縄張りがあるんですか?」
「ああ、おれも詳しくは知らないけど、狩りをする縄張りが暗黙の了解みたいにあるって話をよく聞くよ」
「もし自分の縄張りじゃないところで、狩りをしたらどうなるんですか?」
「ん~……どうなるんだろう……見つかったら、痛い目に遭わされるんじゃないかな」
「縄張りがあるってことは、ノッソンファミリーってグループの他にも、色々なグループがあるんですよね」
「そのはずだよ。おれはノッソンファミリー以外のグループを知らないけど。だけど、この辺りじゃ一番大きなグループのはずだ」
「その子たちはおもに、何をしてるんですか?」
「何をしてるんだろうな。おれも詳しくないから、スリだとか、ひったくり、あとは店の売り物を盗んだりだと思うけど」
果物屋の店主はあごを触りながら、いった。
「どこを拠点にしてるか知ってます?」
キクナがそう訊いた途端、果物屋の店主の顔が急激に歪んだ。
「お嬢さん……もしかして、そんなこと訊いて、行こうって気を起こしてるんじゃないだろうな……悪いことは言わない、辞めといた方が身のためだよ」
「知ってるんですか?」
店主の顔は更に曇った。
「いや、拠点にしてるアジトまでは知らないけど、大雑把な場所なら知ってるだけだよ」
「お願いします。その大雑把な場所で良いので教えてください」
「知ってどうするの?」
「そのあたりを見張ります」
果物屋の店主は絶句したように、言葉を飲み込んだ。
自分がやろうとしていることは無謀なことくらい、キクナもわかっていた。けれど、カノンとニックを見つけるのに一番手っ取り早いのは、拠点の周辺で張り込むことだと思うのだ。
「教えられないよ……」
「そこをなんとかお願いします。本当に危ないことはしません。見つからないように離れた場所から、捜します」
果物屋の店主はほとほと困り果てたように、眉毛をこれでもかと下げた。きっと、この人は責任感の強い人なんだな、とキクナは思う。
「わかった。けど絶対に危ないことはしちゃだめだよ。それと、人の眼の届かないところに、足を踏み入れちゃダメだ。路地になんて、絶対に入っちゃダメだよ。入り口で、見張るだけだ。それを了承してくれるんだったら、教えるよ」
刻み込むように力強い声で、果物屋の店主は忠告する。
キクナは偽りのない声で、「はい」とうなずいた。
街の中央にある市場を抜けて、しばらく行ったところに、裏路地に続く道があるという。その道から、子供たちがよく出入りしているのを目撃されているようだ。
その路地を見張っていれば、カノンとニックを見つけられるかもしれない。
「もうじき日が暮れるから、見張るなら明日にした方がいい」
「はい。教えていただき、本当にありがとうございました。この恩は必ず返します」
キクナは手のひらを膝で合わせて、頭を下げた。
果物屋の店主は慌てて、胸の前で手をふって、「いいって、そんなこと気にしなくて。――その代わり、本当に気を付けてくれよ。おれが教えたせいで、お嬢さんが酷い目に遭わされたら、寝覚めが悪いからな」
とやさしくいった。
「はい。危ないことは絶対にしません。本当にありがとうございました」
そういって、果物屋の店主と別れた。
果物屋の店主はキクナの姿が見えなくなるまで、手を振っていた――。