case93 ソニールを救う策
芝生は綺麗に刈りそろえられ、建物が三方に立ち並び影をつくっている。
中庭に植えられた木の、てっぺんだけが太陽の光をまんべんなく浴びていた。チャップのあとに続き、男子たちはソニールがいるという教会の裏庭に向かった。
丸柱が等間隔に並んだ影と光の通路を進んで行くと、中庭に出られる。
中庭は花園になっていて、みんなが交代で世話をしていた。バラだったり、百合だったり、バンジーだったり、ナツメヤシだったり、ザクロだったり、それほど広くない花園だけど、植えられている種類は多種にわたる。
花園にやってきて、すぐ目に付くベンチにソニールが座っていた。
ベンチは花園の中央に置いてある。ベンチの周辺は鉄策で覆われて、繊細な影を落とす。チャップたちはお互いに顔を見合わせて、うなずいた。
花の小道を進み、ソニールの前に躍り出る。
ソニールはうつむいていたが、枕木を踏むチャップたちの足音で、顔を上げた。
「ああ、きみたちか、俺に何かよう?」
不思議そうな顔で、ソニールはチャップを見上げた。
「ちょっと、訊きたい話があるんだけどいいか?」
チャップは切り出した。
ソニールは不審に眉を歪めて、「ああ、べつにいいけど……」と手のひらを上げて応じる。チャップは他に人気のないことを確かめてから、いった。
「おまえ、町のごろつき達とつるんでるって、本当か?」
ストレートにチャップが訊くと、ソニールは顔を歪めて視線をそらした。どうやら、ただの噂話ではなかったようだ。
「その話が本当なら今すぐそんな奴とは手を切らなきゃダメだ。長く付き合えば、付き合うほど縁を切りづらくなるぞ」
やさしく言い聞かすように、チャップはいった。
震える瞳で、ソニールはチャップをキッと睨み上げる。
チャップは怯むことなく、毅然とソニールを見すえた。
「誰から聞いた?」
「噂でだ。その噂は本当なんだな」
ソニールは歯を食いしばった。
「スカラはおまえを止めるために、昨日あんなことをしたのか?」
ソニールは答えたない。
「昨日今日入ってきた新参者に何がわかるって言うんだよ……」
「何がだよ?」
「おまえたちに、俺の気持ちの何がわかるっていうんだよッ!」
ソニールは悲しみに歪む目で、チャップを睨んだ。
「俺におまえの気持ちはわかんねえよ。だけど、そんな奴らと付き合っていたら、どうなるかはよくわかっているつもりだ」
どういうことだというような目で、ソニールはチャップを見た。
チャップは昔を思い出すような目をしばたたかせたあとに、口を開いた。
「俺たちは、そういう奴らと付き合って来たから、よくわかるんだよ……。そいつはノッソンっていって、下衆な酷い奴だった。環境があいつをそう変えてしまったんだろうけど……だけど……俺はそいつを許せないんだ……」
顔を怒りに歪ませて、チャップはいう。
ニックにはチャップのいっていることがわからなかった。自分が家族に加わる前の話しだからだ。ノッソンというのは、あの迷い込んだ裏路地を拠点にしていた、少年のことだ。
そのノッソンという少年たちに、チャップとミロルは酷い目に遭わされた。自分はチャップとミロルが痛めつけられているとき、何もしてやれなかった……。
それどころか、逃げてしまったのだ……。
あの日以来、心に誓った。何があろうと、自分は家族を守る、と。
「そのノッソンて奴と、俺は手を組んでいたころがあった。だけど、そいつのやり方に俺は付いていけなくなったんだ……。そいつはけっこうえげつないことでも、平気でやるような奴だったから。
だから、ミロルと俺はそいつらと手を切った。
一つ心残りはあるけど、俺は手を切って正解だったと思う。今では、家族がいるから」
そういって、チャップは背後にいる家族を親指で指示した。
「だから、そんな奴らとは手を切れ。おまえには――ここには――家族がいるじゃないか。そんな奴らと付き合ってないで、家族を大切にしてやらないと駄目だ……」
チャップの声には言葉では表現できない、強い力がこもっていた。
ソニールは迷いに歪んだ目で、チャップを見つめる。
そして、頭をたらして、ポツリとつぶやくようにいった。
「駄目なんだ……。駄目なんだよ……。抜けさせてくれるわけないんだ……。だめなんだよ……」
両掌で顔を覆い、ソニールは泣くような震える声で答えた。
「おまえは、いったい何をしてるんだ?」
やさしくチャップが訊くと、ソニールは一瞬言葉を飲み込んだが、語りはじめた。
「はじめは遊び半分だったんだ。町に出かけたとき、あいつらが俺のもとにやってきて、一緒に遊ばないかっていうもんだから……俺は軽い気持ちで、遊びに加わったんだ……。
それから、町に出たらそいつらとつるむようになったんだ。はじめのうちはすごい、いい奴らだと思ってた……。
だけど、そいつらとつるみだしたある日、タバコみたいなものを吸ってみないかって、俺に渡してきたんだ……」
「葉っぱか?」
チャップがそういうと、ソニールは苦々しくうなずいた。
「それを吸うと凄い気持ちよくなって、抜けられなくなったんだ……。このままじゃ駄目だ、って気付いたときにはもうそいつらと手を切れなくなっていて……」
ソニールは悔しさをかみしめるように、涙を流した。
「そいつらと、手を切る気持ちはあるんだな?」
確かめるようにチャップがいうと、ポカンとした目でソニールは、「ああ」と答えた。
「スカラはおまえを止めようとして、あんなことをしたんだな?」
「ああ……」
やはりそうだった。スカラは理由なく殴っていたのではなく、ソニールを止めさせるために、殴っていたのだ。
たしかに、暴力で訴えることはよくないことだ。
しかし、理由なく殴っていたのではなかった。そのことがわかっただけで、心が晴れた。
むやみやたらに、行動する奴ではない。
では、どうしてスカラたちは目の敵のように、おれ達にあのようなことをいうのだろうか? ニックは複雑な思いを感じた。
「おまえがつるんでる、奴らは大人か?」
「いや、俺よりちょっとデカいくらいの少年たちだよ」
チャップは振り返り、ミロルと顔を見合わせアイコンタクトをとる。
「何人くらいの集団なんだ?」
「三人だ。体がデカい奴と、ヒョロヒョロの奴、ちょうどおまえと同じ背丈くらいの奴とか」
「そいつらに親はいるのか?」
「わからない……」
「そいつらは、どうやって葉っぱなんて手に入れてるんだ。普通じゃ手に入らないだろう? 裏にマフィアとかがついているしか考えられない」
ソニール黙り込んで、深く頭をもたげた。
「今までに抜けさせてくれって、頼んだことはあったのか?」
ソニールはもたげた頭をたてに振って、うなずく。
「だけど、抜けさせてくれなかったんだな」
顔をゆっくり上げて、ソニールはか細い声でいった。
「抜けるんだったら、金をもってこいっていわれた……」
その話を聞いて、チャップは一瞬考えるように押し黙り、すぐに続ける。
「そうか、そいつらのいる場所はわかるか」
すると、ソニールは不審に顔を歪めて、チャップを見上げた。
「わかるけど……なにをするつもりなんだよ……」
「そんなのわかりきってるんだろ。俺が説得しに行ってやる。だから、案内してくれ」
信じられないというように呆然とした顔で、ソニールはチャップを見上げた。ニックもカノンもお互いに顔を見合わせ、開いた口が閉じなかった。
ミロルだけが、表情一つ変わることなく二人の話を聞いていた。
そうか、だからセレナとアノンをこの場に連れて来なかったのだ……。セレナがこの場にいれば、反対されることがわかっていたから……。チャップの声に偽りはなく、真剣そのものだったから――。