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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case90 パーティーへの参列

 雲の間から夕日が差し、いくつもの筋が降り注いでいる。

 帰宅路につく人々が、歩道を通り過ぎて行く。

 ひったくりの少年は固唾を飲んで、キクナを見上げた。こげ茶色のハンチングキャップのつばの影から、不安そうに歪む少年の眼がのぞいた。


「な……なんだよ……?」


 まだ、声変わりしていない、少女のような声だった。

 

「ごめんね。驚かすつもりはなかったの。ちょっと、訊きたいことがあって」


 キクナがそういうと、少年はあっけにとられたように、表情がゆるんだ。ひったくりを働いたことを責められると思っていたのだろう。


「訊きたいことって……?」


 そういいながら、少年はつかまれた手首を見下ろす。

 放してもいいのだけど、放してしまったら逃げられる恐れがあるので、一応まだつかんでおく。


「このあたりにニックって子と、カノンって子を知ってるかな?」


「ニック? いや。ニックって奴は知らないけど、カノンって奴なら知ってるけど……」


「え! 本当! そのカノンって子の居場所を教えてくれる」


 不審に濁る目で、少年はキクナを見た。


「どうして、そんなこと知りたいの?」


「知らせたいことがあるの」


「知らせたいことってなに?」


 キクナは言葉に詰まった。

 どう答えればいいのだろうか……。


「とにかく、カノンって子のいる場所を知ってるんだったら、教えて欲しいの」


「やだね……そんなこと教えたっておれに何の得があるっていうんだよ」


 クッとキクナは歯を食いしばった。

 たしかに、少年には何の得にもならないかもしれないけど、教えるくらいケチケチしなくたっていいじゃん、とキクナは心の中で愚痴る。


「わかった、じゃあ、どうして欲しいの? わたしにできることなら、なんでもしてあげるから」


「べつに、あんたにできることなんて、何もないさ」


 そこまでいって少年はパッと何かを閃いたような顔をした。


「じゃあさ、このつかんでる手を放してよ」


 キクナはつかんでいる少年の腕をにぎにぎ、とにぎっている。

 男の子、というより、少女のようなやわらかい腕だと思った。


「手を放したら、本当にカノンって子のいる場所を教えてくれるのね?」


「ああ、放してくれたらな」


「わかった」


 そういってキクナは握力をゆるめた、そのときだった。少年はゆるんだそばから、腕を引き抜き、首輪が外れた犬のように急に走り出した。


 キクナは驚きに息を飲み込んで、しまった……と自分をなじる。

 路地の奥へと逃げて行く、少年の背中を見つめながら、「嘘つきッ!」とキクナは叫んだ。


 遠くの方で、「信じる方が悪いんだよッ!」と少年の声が建物を反響ながら聞こえてきた。


 信じる方が悪いんだよって……そんな悲しいことまだ十歳ちょっとくらいの子供がいうなんて……。キクナはとても悲しい気持ちになった――。


  *


 葉巻の煙が充満した室内で、男とジョンは向かい合って座っている。

 葉巻を一本吸い終わるまで、ジョンは無言で待った。


「彼女とは別れたのかな」


 ジョンは数秒間考えるように黙ってから、答えた。


「ええ」


「そうか。未練はないか?」


 ジョンはゆっくりと首をふる。


「ありません。未練などより、解放された気分です」


「そうか。――別れるなら早い方がいい。きみがあのまま、彼女と付き合っていたら、いつか彼女は深く傷つけることになってしまうだろう。彼女には申し訳ないことをしたが、これで正解だったと私は思う」


 ジョンはうつむいて、自分の手のひらを見た。まだ、手の平にはキクナの髪の感触や、肌の温かさが余韻となって残っているようだった。


「ええ、だけど、彼女には悪いことをしました。本当に悪いことを……。はじめから、出会っていなければ――はじめから付き合わなければ良かったのです――」


「出会いがあるから、別れがあるのだよ。それは、誰にでも訪れることだ。別れを恐れて、出会わなければ、それは平穏な日々だろうが、きっと退屈で悲しい日々でもある。

 別れがあるから、出会いを愛おしめるのだよ」


 男は子供に言い聞かせるようなやさしい声で、ジョンに言い聞かせた。


「きみが彼女と過ごした日々は、生涯かけがえのない、宝物になるだろう。楽しい思い出は、力になるのだよ。だから、悔やむことではない」


 ジョンは男を見つめながら、目をつむり、そしてゆっくりと開いた。


「ええ、私はこの思い出を生涯、忘れることはないでしょう。この思い出を糧に、私は生きられるでしょう」


「そうだ。きみと彼女にはかけがえのない、時間だったのだよ」


 そして、男は話を切り出した。


「では、心の準備はできているだろうか」


 ジョンはうなずいた。


「ええ、もうとっくにできています」


「そうか――」


 目を細め、男はどこか遠くを見るような目をした。


「十日後、ある館でパーティーが開かれる。そのパーティーにラッキーは参加することになる。奴が人前に姿をあらわすのは、滅多にない。この機会を逃したら、もうチャンスはやってこないかもしれない」


「パーティーですか。私に潜入しろということですか」


「ああ、そうだ。礼服なら私が用意してあげよう」


「しかし、どうやって潜入すればいいのでしょうか? そんなパーティーなら、知らない人間がいればすぐにばれてしまうのでは」


「その心配はない。きみは私のSPとしてパーティーに参加してくれればいい」


「あなたも、パーティーに招待されてるのですか?」


 男は整えられた口ひげを触りながら、答えた。


「以前話したように、私は実験の協力者だった。それなりに、裏世界には顔がきくのだよ」


 この男はいったい何の実験に協力していたというのだろうか。

 

「その実験とはどういったことを研究されていたのでしょうか?」


 男の顔が歪んだ。髭をなでる手が止まり、ソファーにもたれかかっていた姿勢を前のめりにする。


「人間を獣に変える実験だよ――」


 男は実験の詳細を語りはじめるのだった――。

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