case81 スカラと少年
午後十二時まで、勉強は続いた。
朝八時ごろから、午後十二時までの四時間だ。
男子たちは熱を発する頭を抱えながら、オーバーヒート状態だった。
勉強をはじめて一時間くらいたった時点で、集中力は散漫して、二時間が経過するころには、熱を帯び、三時間でペンを投げ出し、そして、四時間後にはオーバーヒートだ。
「やっと終わった!」
カノンはペンを投げ出した。
そして、腕を頭上で組んで伸びをする。
アノンも兄を見習い、体を伸ばした。
「それじゃあ、飯食いに行こうぜ」
教科書とブラックボードを片付けながら、チャップは切り出した。
ミロルは黙々とテーブルの上を片付けながら、うなずいた。普段から、無口なミロルだが、口に出さなくても疲れの色が読み取れた。
「そうね。行きましょうか」
唯一疲れを微塵も帯びていない声で、セレナは答えた。
男子たちは化け物でも見るような、目で一斉にセレナを見た。
「よく、四時間も机に向かい合って疲れないものだな……」
感心するように、カノンはいう。
小首をかしげて、セレナは眉を寄せた。
「逆に訊くけど、どうしてあなた達はそんなに疲れているのよ?」
「どうしてって……なぁ~?」
助けを求めるような目で、カノンは男子たちを見回した。
しかし、誰もわからない、というように肩をすくめた。
「なんでだろうな? ただ机に向かっているだけなのに……?」
「慣れてないからだろ」
珍しくミロルがいった。
「慣れてないからだろうな」
納得したように、カノンはうなずいた。
そうだな、慣れてないからだろうな、と男子たちはみんな納得した。
しばらくうなずいていた、カノンはハッと顔を上げると、「だけど、慣れてないのはセレナも同じだろ?」と悟ったようにつぶやいた。
「楽しいからよ。あなた達だって楽しいことをしているときは、疲れを忘れるでしょ? それと同じなの。楽しいから、疲れないの」
ブラックボードと教科書を胸に抱くようにもって、セレナはいった。
「勉強が楽しいのか?」
カノンは疑わし気に、眉をひそめる。
「楽しいよ。知らないことを知るのは」
素直にセレナは答えた。カノンもそれ以上、訊くのをやめた。
それから、みなは食堂に向かい、自分たちの席に向かう。
食堂はすでに満席になっており、昼食を受け取り、チャップたちも席につく。みんなで祈りを捧げ、食事をはじめた。
子供たちにも仕事が振り分けられているのだ。
小さい子供たちは、洗濯ものをたたんだり、庭にある花壇に水やりをするなどで、少し大きな子供たちは、洗濯ものを干したり、洗った食器を棚に並べるなど。
チャップたちのように大きな子供たちは、おつかいに行ったり、食器を洗ったり、小さい子供たちの世話をしたりと、何かと仕事があるのだ。
昼からは、仕事をしなければならない。
スリなどとは違い、罪悪感のない、気持ちのいい仕事だった。小さい子供たちの世話は大変だけど、楽しくてなにより可愛かった。
セレナは子供の扱いになれていて、引っ張りだこになっている。
それを見ながらからかうように、「将来いい嫁さんになるぜ」とカノンは誰にともなくいった。
ニックは原っぱを子供たちと駆け回るセレナを見ながら、「ああ、きっといいお嫁さんになるよ」と答えた。
子供たちと遊ぶというよりかは、振り回されたのち、やっと昼寝の時間になった。小さな子供たちは、ベッドに横になるや、遊び疲れたのかスヤスヤ眠った。
やっと一息つける、とみんなは自分たちの部屋に戻った。
セレナはアノンと二人部屋で、チャップ、ミロル、ニック、カノンは二段ベッドが左右に置かれた共同部屋だ。
もう何もする気が起きず、部屋で休んでいたそのときだ。
部屋に唯一ある、小さな窓から庭でもみ合っている、少年たちが目に入った。
いったい誰だ? ともみ合っている集団に目をすますと、スカラたちだとわかった。薄い栗色の毛をした、性格の悪い少年……。スカラが一方的に、少年の胸倉をつかみ頬を殴っている。
スカラの後ろでは、険しい目をした、ユシエラが仲裁にも入らずに、黙って見ていた。
それを発見するや否や、チャップは目尻を吊り上げて、「あの殴られてる奴を助けに行ってくる! 危ないから、おまえ達は来るな」と部屋から出ていこうとした。
そのとき、「待てよ!」とカノンが叫んだ。
「なんだよ! 殴られてるのを黙ってみてろっていうのかよ!」
裏返った声で、チャップは叫んだ。
「オレも行く。何一人で行こうとしてんだよ。一人で行く方が危ないだろ」
チャップは一瞬迷いをはらんだ目をしたが、「そうだな、一人で行く方が危ないよな」と納得した。
チャップの後に続き、みんなは庭に出た。
憎悪に満ちた険しい目をして、少年を見下ろすスカラ。
「おまえら何やってんだよ!」
チャップが叫ぶと、一斉にスカラとユシエラはふりむいた。
「なんだよ。おまえ達には関係ねえだろ。すっこんどけよ」
「関係ねえわけねえだろ! 喧嘩を見過ごせっていうのかよ!」
「だから、おまえ達には関係のねえことだっていってんだろうが」
吐き捨てるように、スカラは言い放った。
「どうして、こんなことになってんだよ」
チャップは地面に横たわる少年を見ながら、スカラに訊いた。
スカラは眉間に深いしわを寄せたまま、答えようとしない。
チャップはスカラを睨んだまま、横たわった少年に近寄った。
「大丈夫か? いったい何があったんだよ」
そういいながら、少年の腕を肩に掛け、「立てるか?」と訊いた。
少年はゆっくりと立ち上がる。
スカラたちは黙って、その光景を眺めていた。
最後までスカラを睨みながら、チャップは少年をシスターカリーラの部屋に連れていく。カリーラは眼を白黒させながら、部屋に入ってきたチャップを見た。
「どうしたのですか……? いったい……?」
あたふたしながら、少年に肩を貸しカリーラは自分のベッドに横たわらせた。
「わかりません……スカラたちが、一方的に殴っていて……」
カリーラはチャップの話を聞きながら、少年の傷口を見た。すると、カリーラの表情は安心に和んだ。
「大したことはないですね。一応消毒だけはしておきましょう」
見た目ほど少年の傷は大したことはなかった。殴られた拍子にまぶたと口角が切れただけですんだようだ。
コットンで消毒液を傷口に塗って、ガーゼを貼る。
手当がすむと、カリーラは少年に訊いた。
「いったい、何があったのですか?」
少年は眼をそらし、押し黙ったまま答えようとしなかった。
一方的にやられただけなのなら、答えられるはずだ。
しかし、答えないということは、何かを隠しているということか?
だとしたら、殴られるようなことをしたということにならないだろうか。少年は答えなかった――。