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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case69 謎多き子供たち

 黒というより、濃い緑色のブラックボードが目の前にある。白いチョークや、青いチョーク、緑のチョークなどが使い分けられ、ブラックボードに文字が書かれてゆく。


 何と書いているのだろう? 意味がわからない……。子供たちは小さなブラックボードを机に並べ、メモを取っている。


 ニックは感心しながら、その光景を眺めていた。ニックだけではなく、チャップも、カノンも、ミロルも、セレナも、アノンも、わけがわからないなりに、授業の様子を眺めた。


 ここにいるみんなはこの勉強についていけているのだな、と。けれどニック達はまったくわからないことばかりだった。今まで勉強らしき、勉強をしたことがなかったからだ。


 授業は聖書の話だった。

 天地創造だとか、アダムとイヴ(エバ)の楽園追放だとか、カインとアベルだとか、ノアの箱舟だとか、バベルの塔だとか、アブラハムの試練だとか、そういう名前は聞いたことあるけど、内容は知らないお話をタダイ神父は、聖書を片手に熱弁した。


 話が進むたびにブラックボードに増える文字の羅列はわからないけど、知らなかった話を聞けるのは楽しいものだった。


 授業が終わると、ニック達はシスターと共に特別授業を受けた。まずはアルファベットを覚えるところからだ。


 セレナはアルファベットを覚えているので、知らない単語だとか、つづりの変化だとかをシスターから教えてもらっている。


 少し勉強するだけで頭が痛くなって(やりたくないな)という気持ちに、男子たちはなったが、セレナだけは黙々とシスターから教えられる知識を吸収した。


 あの日、ラッキーの屋敷にあらわれたタダイ神父は、ここルベニア教会の神父さんで貧しい子供たちを引き取って回っているそうだった。


 行き場のない子供たちを引き取り、衣食住を与え勉強を教える、という活動を行っている。この孤児院兼教会にいる、子供たちは総勢百人近くにもなる。


 それほど多くないように思えるが、百人近くもの子供たちを無償で養うということは、お金もかかることだし大変なことだ。


 それをタダイ神父ふくめ、シスター二人と、どういう役職かわからない男たち数人で子供たちの面倒を見ていた。


 大きくなった子供たちなら、まだ楽なのだろうが、まだ十歳以下の子供たちの方が多いのでいつもお祭り騒ぎに賑わっているのだ。


 六人だった家族がいっきに大家族になった感覚だった。

 ニック達も幼い子供たちと遊び、面倒をみた。けれど今まで遊んだことのない彼らには、どう幼い子供たちと遊んだらいいのかまるっきりわからない。


 そういうときは年長の子供たちから、色々と教えてもらった。おままごとするんだよ、だとか、追いかけっこや、かくれんぼなどの男の子が好きそうな遊びなどを教えてもらった。


 一つを除いては本当に今までが嘘みたいに、幸せな日々だった。人から物を奪わなくても、食べていけて、暖かい毛布をもらえて、それにくるまって眠れる。


 勉強を教えてもらえて、優しくしてもらえる。酷い言葉を投げかけられることもない。ここにいれば未来に対する漠然とした不安もなくなるのではないだろうか、と思えた。


 けれど自分たちがこんなに幸せになっていいのだろうか、という不安がふと湧いてしまう。こういうのを貧乏性というのだろうか。幸せが続くと、いつかその幸せの分だけ不幸が帰ってくるんじゃないか、って。


 ある一部の人間を除いては、みんな突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)の自分たちを温かく迎えてくれた。


 けれど、ある二人だけはそうではなかった。あれはここルベニア教会に来た日からだった。その日は盛大にパーティーを開いてくれたのだ。


 聖堂にニック達を迎える飾りがほどこされ、聖堂のレッドカーペットをはさむようにしてルベニア教会の子供たちが拍手喝采で出迎えてくれたのだ。


 子供たちはみな笑顔で、まったく見ず知らずの自分たちを家族のように迎えてくれた。


 しかしそんな子供たちの中に年長の男女二人だけが、顔を険しくさせ彼らを睨んでいた。ニック達の何が気に入らなかったのかはわからないが、とにかく憎悪ではなく、もっと他の感情のこもる目で彼らを睨んだ。


 それから数日後、二人の少年と少女が彼らの前に立ち言い放ったのだ。


「今すぐ出ていけ!」と。


 少年のその眼つきで、あのとき自分たちを睨んでいた少年であったことがわかった。


 目が隠れるほどの前髪。髪はカノンよりも薄い茶色がかっていた。前髪からのぞく瞳は切れ長で鋭く。背はチャップと同じほどだった。


 チャップは家族を一瞥し、それから少し険しい眼つきで、「なんでだよ。おまえが決めることじゃないだろ。俺たちはタダイ神父に引き取られたんだから」とみなを護るように言い放った。


「出ていかなかったら痛い目を見るぞ」


「痛い目ならとうにみてきた。今までの痛い目から比べたら、これから受ける痛い目なんてしれてるさ!」


 すると少年の前髪からのぞく目が、歪んだように見えた。

 それ以上少年は何も言わずに、去って行った。


 それから自分たちに暴言を吐いた少年の情報を仕入れ、あの茶髪の少年はスカラということがわかった。そしてスカラにいつもついている少女は、ユシエラというそうだ。


 二人は誰とも関わらず、いつも二人でつるんでいる、と。

 スカラはずっと昔から、それは赤ちゃんのときにここに引き取らた。


 ユシエラも同じで赤ちゃんのときからここで育ったそうだ。つまりルベニア教会の中でもタダイ神父と、一番長い時間を過ごしてきた子供たちなのだ。不思議なことにこの院には、十四歳以上の子供がいない。


 だから、この院で一番年長といっても、十四歳以内の子供たちだ。

 彼ら以外にもここの子供たちは物心つく前に、引き取られた子供たちばかりだ。


 ここにいる子供たちの中で一番年長で寛容であるべきスカラたちが、チャップたちを目の敵にしている。あまり人とは関わらないが普段はとても優しく良い奴らだという話を聞くのに、だ。


 チャップは言い聞かせるように、そして自分にいうようにいった。


「あいつらに何を言われようと負けるなよ。多くの人たちと暮らすと、必ずこういうことはあるんだ。

 だから何を言われようと気にすることはない。タダイ神父が俺たちを引き取ってくれたんだから、俺たちはここにいる権利があるんだから」


 みんなはチャップの眼を一心に見た。


「理不尽だと思うだろうけど、ここで生きていくって決めた以上、がんばるしかないんだから」


 そこまで聞いて、カノンが口をついた。


「全然理不尽じゃないぜ。今までの暮らしの方がよほど理不尽だったじゃないか」


 そういって、カノンは腕を頭の上で組みニシシとわらった。

 セレナはここに来た日からずっと、元気がなかった。


「あたしはここから出てってもいい……」


 そういってチャップから眼をそらした。


「何言ってんだよ……? 勉強だって教えてもらえるし、ここにいれば未来が切り開けるんだぞ……」


 チャップは手のひらを広げ、困惑気味にいった。


「あたしは、あのままの生活でも十分幸せだったもん」


 それだけ言い残し、セレナは駆けだした。

 誰もセレナを止める者はいなかった。

 夕日が大地を橙色に染めつくし、一つ大きな突風が吹いた。草原の草花が揺れ、樹々の枝がざわめいた。それはみなの心を表すかのように――。

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