case67 サエモンたちの会議
重い空気が充満し、息苦しく緊張の糸が張りつめていた。地下室なのか、ただカーテンを閉め切られているだけなのか、室内に光は届かない。
ランプの淡い光が煌々と揺らめき、コンクリート壁に映った人影も揺れる。それほど広くない室内に、五人の男が長テーブルを挟み向かい合っていた。
みなを見渡せるようにか、狐のように吊り上がった目をした男が、テーブルの端に肘を突き手を組んでいた。
みなが狐に睨まれたトカゲのように、心痛な面持ちで黙りこくっている。その場の空気を代弁するように、ランプの炎だけが揺らめいた。
「捜査の状況はどうですか?」
組んだ手のひらで口が隠れ、その人物、サエモンの口の動きは見えない。
サエモンの斜め横に座っている、モーネルという中年の男がびくりと、肩を震わせ口をついた。
「はい……それがですね。今のところ十数件の孤児院を調べましたところ、怪しい孤児院は見つかっておりません……」
サエモンは別段、脅しているわけではないのだが部下たちから恐れられる。自分の機嫌をそこねれば、親父の機嫌までそこねると思っているのだろう。
サエモンは決して自分の機嫌をそこねてしまったからといって、父に告げ口をする人間ではない。まったく心外だ。
こうオドオドされるよりは、キクマのように多少口汚く接してくれる方が、自分としても楽なのだが。
そこまで考えて(いや、キクマやウイックのように接されるのは、さすがに勘弁してほしい)と思い止まった。
「まあ、ゆっくり手を入れていけば、いいでしょう。そのことは置いといて、あなた達はピエール議員が誰に殺されたと思いますか?」
サエモンは組んでいた手のひらを放し、座り心地の良さそうな一人掛けのソファーに背中を沈めた。皆はザワザワと、となりどなりに口々話をまとめた。
話がまとまると、皆を代表してモネールが答弁する。
「可能性としてジェノベーゼファミリーの誰か、ということが高いかと」
オドオドしていないが、答弁するには迫力に欠ける話し方で、彼のいうことを真に受けようとは思えなかった。
サエモンもはじめはそうだと考えた、けれどキクマが言うには、ジェノベーゼファミリーとピエール議員は繋がっている可能性があるそうではないか。
キクマは冗談は言わないことをサエモンは知っている。確信がないことをペラペラ話さないのだ、つまりピエール議員はジェノベーゼファミリーを援助していた、ということだ。
「私もはじめはそう思いましたが、ある人物がいうにはジェノベーゼファミリーとピエール議員の繋がりをうかがえる書類が見つかったそうです。
その書類の内容にはピエール議員が、ジェノベーゼファミリーに多額の資金を援助していたと書かれていました。
そんな絶好の財布をみすみす殺すとは考えずらい」
サエモンはあくまでも、流れるように言葉をついたがその声音には、誰もがうなずいてしまうほどの説得力があった。それには誰も何も発言できず、ザワめいた。
「ジェノベーゼファミリーとピエール議員が繋がっているという、噂は本当だったんですか」
部下の一人が小さく挙手して、サエモンにいった。
「本当だったようです。私が調べた結果、ピエール議員の息子はジェノベーゼファミリーから薬物を買っていたと。そこまで本当なら、政敵の始末を頼んでいる、という話も本当だった可能性も高い」
そこまでサエモンの話を聞いて、モネールが手をあげた。サエモンはモネールに向き直った。
「なんですか?」
「はい。組織のことを知り過ぎてしまったため、殺されたという可能性はないでしょうか」
「そうですね。ないとは言えないと思います。けれどジェノベーゼファミリーはそんな甘い組織ではない、何があろうとで幹部以外には機密情報をもらさないでしょう」
「では、街のごろつき達に襲われたという可能性はないでしょうか? 街には敗残兵のごろつきや、不良共がたむろしています」
それにはサエモンも呆れてものも言えなかった。少し考えれば、不可能なことがわかるだろうに、と。
「よく考えてみなさい。ピエール議員には常に四人のSPが付いていたのです。前後一人、背後一人、左右を二人が常に固めておいて、並みのごろつき程度では到底かなわないでしょう」
「では、ジョン・ドゥならどうでしょうか?」
サエモンは足を組んだ。そして脳内でイメージしてみる。しかしジョン・ドゥの情報が何一つ得られていないのだから、想像することもできなかった。
「わかりません。しかしジョン・ドゥではないでしょう。ジョン・ドゥは首の頸動脈を断ち切るか、大動脈を狙う。こんな言い方はよくないでしょうが、華麗ですよ。相手の急所だけを狙う。
ピエール議員はジョン・ドゥの犯行ではないでしょうが、ピエール議員の息子はそうでしょう」
「議員の息子と言いますと、宿で殺害されていた、という方ですか」
モネールは方眉をしかめ、記憶を手探りするように慎重にいった。
「そうです。ですから、ジョン・ドゥはあんな食い散らかすような、惨い殺し方はしないと思います。まるでジョンの犯行は芸術のように、綺麗なんですよ」
サエモンは言ってしまってから本当に不適切だったと思い至った。軽い咳ばらいをして、「私はある事件を見ました」と切り出した。
「ある事件ですか」
モネールはそういって、皆の顔を順番に見た。
「はい。街から少し離れたところに村があるでしょう。その村の周囲では二年ほど前からある怪物が出ると騒がれています」
そこで、「あ!」とプヴィールが突然声をあげた。皆は一斉にプヴィールに目を向けた。
「どうしました」
「あ、申し訳ありません。班長の話、僕も聞いたことがあったので、つい」
プヴィールは頭を掻きながら、うつむいた。
「話してください。その聞いた話というのを」
「はい」
プヴィールは返事を返し、数秒ほど記憶を掘り出すように眼をつむった。
「僕が聞いた話は、その……」
そこまでいって、プヴィールは言い渋った。
「どうしました?」
サエモンはプヴィールの動揺を読み取り、怪訝に訊いた。
「あ、いや。信じてくれないと思いますけど……」
「それは話を聞いてから、私が判断します。話してください」
頭を掻いてから、プヴィールは意を決した返事をした。
「その事件の犯人は獣だって言われているんですが……」
プヴィールは一旦言葉を切った。
ゴクリと固唾を飲んで、言葉を継ぐ。
「実は……獣の皮を縫い合わせて作った、毛皮に入っているって噂になっているんです……」
プヴィールは顔に影を刻みながら言ったが、そのことはサエモンも予期していたことだ。拍子抜けして、返す言葉が浮かばなかった。
「誰からその話を聞いたのですか?」
「僕の行きつけの酒場の常連です。名前は知りませんが黒人の男性です」
そのときウイックから聞いていた話を思い出した。たしかウイックも黒人男から、その話を聞いたといっていたのではなかったか?
もしかしてあのとき村に続く道路で、ウイックが話しをしていた男のことだろうか。ウイックも何か探りを入れているように見えた。一度詳しく話を訊いてみた方がいいのかもしれない。
「プヴィール君」
「はい……」
「その黒人男性の顔を憶えていますか?」
「はい……」
プヴィールは何か気に触ることでも言ったかな、というような不安そうな顔で返事をした。
「その男性に詳しく話を訊きましょう。見つけ次第、連れて来てください」
プヴィールはとなりの者と顔を見合わせた。そしてコクリと首を引くと、ゆっくり立ち上がった。
「わかりました。見つけ次第、連れてまいります」
プヴィールは部屋から出た。残された人々は何が何だか、わからない様子でざわめき合っていた――。