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人に焦がれた獣のソナタ……  作者: 物部がたり
第二章 過去編 名前のない獣たちは……
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case61 すれ違う意思

 豪奢(ごうしゃ)なとびらが開き、ケーキを載せたワゴンが姿をあらわしたあとに続いて、女中が見えた。無表情な女中は無言でセレナの前にケーキとお茶を並べる。


 何も言わずにセレナは女中が皿を配列するのを見ていた。お茶とケーキを並べ終えると女中は頭だけをさげ、再びとびらに消えた。


 白い蒸気が立つティーカップをセレナは膝をそろえて、見下ろす。心なしか肩に力が入り緊張しているように見えた。


「さあ、食べてくれたまえ」


 ラッキーは手でうながしながらセレナにいった。


「君たちも食べて、食べて」


 男子たちもケーキに手を付けていないことを悟ると、不思議そうに眉を持ち上げてラッキーはうながした。彼らは困惑気味に顔を見合わせ、こくりとうなずいた。


「セレナ……食べようぜ……」


 気づかわし気にカノンはセレナに進める。

 セレナは体をこわばらせ、一向にケーキに口を付けなかった。

 これには彼らも困ってしまい、どうしていいのかわからず思案気味にラッキーを見た。


 ラッキーは喜劇俳優のように目をずんぐりと見開き、肩をすくめた。仕方なく彼らはケーキを食べはじめたが、セレナはとうとうケーキに口を付けることはなかった。


 甘いものが好きなはずのセレナがケーキに口を付けなかったのだ。意地を張っているのか、毒が入っていないか警戒しているのか、後者ではないだろうから、前者しか考えられなかった。


「お嬢さん」


 とげがまったく含まない、流れる川のような清らかな声でラッキーは言葉をついた。


「どうして、屋敷の周りをうろついていたんだい」


 そこでやっとセレナはしゃべった。


「みんなを引き留めに来たんです」


 ラッキーとは反対にセレナはとげしか含まない、濁流のような目で睨むようにいった。


「どうしてみんなを引き留めに来たんだい?」


 と肩をすくめるラッキー。

 セレナはしばらく言葉を探すように目を右往左往させ、時計の針が十二時の鐘を打つときに、「あなたこそ、どうして彼らを雇ったんですか」と強い意志を宿らせた言霊を放った。


 これにはラッキーも驚いたようで、おかしそうに笑った。


「笑うようなことじゃありません」


 セレナは、「ハハハ」と笑っているラッキーに厳しい目を向けた。


「あ、ごめんごめん。馬鹿にするつもりで笑ったんじゃないんだ。お嬢さん気が強いね」


 ラッキーは組んでいた足を解き、姿勢を正した。


「チャップくんに、『俺たちを雇ってください』って頼まれたからだよ」


 涼しく微笑んで、「なっチャップくん」とチャップに同意を求めた。

 チャップは面映(おもは)ゆげに、「え、ええ……」と答えた。


「僕もビックリしたよ。僕らが運び人を捜しているなんて、どこから仕入れてきたのかしらないけど、足を引きずったチャップくんがここにやって来てね、『お願いします。何でもやりますから、俺たちを雇ってください』って言われたから、彼らに仕事をお願いすることにしたんだ」


 あのときノッソンに襲われた日、ボロボロになったチャップが、『会わなきゃならない人がいる』と言っていたのは、ラッキーのことだったのか、とニックは辻褄が繋がるような感覚を覚えた。


「だけど、どうして彼らじゃないと駄目だったんですか」


「彼らじゃないと駄目だったんだよ」


 ラッキーは感情の読み取れない笑みを浮かべた。


「べつに彼らじゃなくったって、いいじゃないですか」


 セレナは食いつく。きっと、ラッキーがどんな回答を返そうと、あらを見つけて食いつく気だろうと思われた。


「いや、彼らじゃないと駄目なんだな、これがね」


 しかしつかみどころのない男でラッキーは、おちゃらけ気味にいった。


「どうしてですか、彼らが速いからですか」


「それもあるね」


「それもあるってことは、それだけじゃないってことですよね」


「お嬢さん頭の回転が速いね」ラッキーがそういうと、「話をはぐらかさないでください」とセレナは強く叱咤した。


 これにはラッキーも面喰い、「べつにはぐらかしてるんじゃないよ。本当に頭の回転が速いと思ったんだ。僕は」とニヤつきながら訂正した。


「お嬢さんは勉強してみたいかい?」


 セレナは眉をしかめた。

 このつかみどころのない、男の心理をさぐるように彼女はラッキーの眼を覗き込む。しかし深いブルーの虹彩は、虚ろに歪み直視することができなかった。


「こいつは! 頭いいですよ」


 そこで話に割り込んだのはチャップだった。


「こいつは頭いいです!」


 皆の脳に刻み込むようにチャップはもう一度強く言った。

 ラッキーは頬杖をつき、再び足を組んだ。しばらく思案気味に頬杖を続けてからうん、とうなずいてラッキーは言葉をついた。


「一週間後、チャップくんの家族をみんな連れてきなさい。合わせたい人がいる。君たちのことを気に入ってくれるだろう。きっとね」


 セレナは顔をしかめた。


「なにいってるんですか。あたしはどうして彼らじゃないと駄目なんですか、って訊いているんです」


「彼らじゃないと駄目だったんだよ。お嬢さんに答える義務も義理もない」そう言った切り、「この話はこれで終わりにしよう」とラッキーは話を打ち切ってしまった。


「チャップくん。これをいつもの場所に頼むよ」


 テーブルの引き出しから、ラッキーは封筒を取り出し、チャップの前に滑らせた。


「はい。分かりました」


 封筒を受け取るとチャップは立ち上がった。


「みんな、行こう。――セレナも行くぞ」


「まだ話は終わってない!」


 セレナは叫んだ。

 しかしチャップは有無を言わさないというように、セレナを睨んだ。セレナは言葉を詰まらせ、目を泳がせてから渋々立ち上がる。そして頭を下げ、チャップたちは屋敷を後にした。



 皆は無言で路上を歩いた。

 ピリピリとする重い空気がチャップとセレナの間に膜のようなものをつくっているのをヒシヒシと感じ取れた。


「どうして、俺たちの後をつけたりしたんだ」


 チャップは振り返らずに後ろを歩くセレナに問うた。

 セレナはきまり悪そうに間を置いてから、「依頼主がどんな人か知りたかったのよ……」と消え入りそうなか細い声で答えた。


「納得したか、悪そうな人じゃなかっただろ」


「いえ……何だか得体が知れなくて怖いわ……。あの男と関わるのはやめましょうよ……あたしはべつに、今までの生活で満足してるもの……」


 セレナがそう言った途端に、チャップは立ち止まった。


「前にも言っただろ、今のままの生活を続けてちゃ駄目なんだよ! 変わるためには行動しなきゃ駄目なんだよ。あともう少しで俺たちは光のもとに出られるんだよ」


 チャップは振り返った。悲しそうに顔を歪めて皆の顔を見渡した。


「な、わかってくれよ。やっと、やっと、やっと、みんなを光のもとにだしてやれるんだよ」


 そう言ったチャップの声は、自分に言い聞かすように、みんなに言い聞かすように、人の心を揺さぶる不思議な力が秘められていた。


「俺はチャップについて行くって、むかし誓った――」


 ミロルはぽつりといった。


「オレもだ。チャップがオレたち兄弟を拾ってくれたから今があるんだ。何があろうと、オレもアノンもおまえについて行くさ」


 ニックはセレナの顔と皆の顔を見比べた。


「おれも……チャップについて行くよ……」


 セレナは悲しそうに顔を歪めたが、皆の意志が変わらないことを悟ると、「わかったわ……」といった。


 セレナはそれ以上しゃべらなかった――。

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