7. 俺は異世界の日本で人間の赤ん坊になる夢を見た
※今回の短編はあまり異世界っぽくありません。2019.12.10内容追加修正
俺はがらんどうの鎧が動いている魔物リビングアーマーだ。俺は夢を見ていた。
夢の中で俺は異世界の日本という国で赤ん坊になっていた。
母らしき人が言う。「今日本でのベストセラーは、このスポッポ博士の育児書なの。自立心を養うために赤ちゃんを個室に一人で置いておくの。泣いてもかまっちゃだめ。抱き癖がつくからよくないんだって。ちゃんと時間を決めて、その時間の時にミルクを上げたりおしめを変えたりするの。それが赤ちゃんのためなのよ」
俺は泣いた。腹が減ったり、おしめを変えて欲しかったりしたからだ。赤ん坊にもできる”泣く”という行為を自分からすることで、他人から反応が返ってきて欲しい、コミュニケーションを取りたいという欲求もあったのかもしれない。
だが育児書の記載を親が守っているのか、泣くことに対する反応はあまり返ってこなかった。個室に独りの俺は泣いても誰も何もしてくれないことを学習し、だんだん泣かなくなった。積極的に自分から動かなくなった。無反応で無表情になっていった。何かをあきらめたのかもしれない。
ただ不安で震えていた。ぐったりした。体を動かす気力が涌かなかった。心の底に絶望とあきらめが降り積もっていったのかもしれない。
赤ん坊がふるえている。
時が経ち赤ん坊が幼児になっても、幼児の中の赤ん坊がふるえている。
時が経ち赤ん坊が少年になっても、少年の中の赤ん坊がふるえている。
赤ん坊は独りだ。
50年ぐらい経った。赤ん坊だった俺は大人になり、TVゲームをしたりしながら会社員になって、会社員を辞めていた。妙に体が震えて、夜も震えて眠れなくなったので、なんだろうなぁと考えて感じているうちに、赤ん坊の時のことをおぼろげに思い出したんだ。
それからこうも思った。
これって、『1回目は必ずバッドエンド』になるアドベンチャーゲームみたいだと。2回目だと違う分岐が生えてベターエンドやハッピーエンドになるやつ。プレーヤーの選択や、やり方しだいで。
赤ん坊が『本当に独り』で、泣いても反応が返ってこない。震えて、絶望してあきらめて、トラウマだかPTSDだかになる。救いはない。それで終わり。これが1回目。
50年あとの、2回目は、年を取ったおっさんがいて、実際はおっさんが昔を思い出してる。そこには見える。ずっと反応が返ってこない場にいる赤ん坊がいる。けど、2回目の今回は『おっさんもその側にいる』。おっさんは、介入できる。反応が欲しい赤ん坊に、反応を返すことができる。赤ん坊が出した手に反応して、手と手を握り合うとかもできるし。
赤ん坊がふるえている。そこにおっさんが、手を差し出す。
時が経ち赤ん坊が幼児になった。幼児の中の赤ん坊がふるえている。そこでおっさんが、赤ん坊を受け止める。
時が経ち赤ん坊が少年になった。少年の中の赤ん坊がふるえている。そこに居続けるおっさんが、赤ん坊を抱きとめ、目を見て、落ち込むな、元気出せよ、ささやくと。
赤ん坊は独りではなくなった。
おっさんの、やり方によっては、50年あとだけど、赤ん坊は楽になるかもしれない。救われるかもしれない。
まあ、赤ん坊もおっさんも、俺なんだけど。でも赤ん坊とおっさんは、ほぼ別人でもあるのかな。
「そんなことを体験したり考えたりした長い夢だったな」俺は、半分独り言のように、子供の霊に語り掛けた。
「あの夢はもしかしてお前が俺に見せたのか? あれはお前の、異世界の記憶だったりするのか?」
俺の鎧の中にいる、ブルブル震えてる人間の子供の霊に聞いてみたが答えは返ってこなかった。
「まあ、何でもいいか」
人間に擬態した俺達は、今日もいつものように冒険者ギルドで依頼をこなすことにした。
俺は異世界の日本で人間の赤ん坊になる夢を見た :おわり