6. リビングアーマーと見捨てられた感じと絶望感と無差別殺人な魔物
俺はがらんどうの鎧が動いている魔物リビングアーマーだ。俺は昔、生まれたばかりのころに、ブルブル震えてる人間の子供の霊を拾った。その子は今も俺、鎧の中にいる。人間に擬態した俺達は、今日もいつものように冒険者ギルドで依頼をこなす。
「こんにちはリアンさん。植物のような人型魔物の討伐依頼ですね。はい、受け付けました。ご安全に!」 狐獣人の受付嬢ミコンが対応してくれる。
≪ブルブルブルブル…………≫ 俺の中の人間の子供の霊は相変わらず震えている。
後になって考えるに、この依頼が気になったのは俺じゃなくて俺の中の子供の霊だったのかもしれない。
依頼は、最近街道で出没し無差別に人を襲うという、植物のような人型魔物の討伐だった。俺達は魔物を探して、見つけ出した。それは植物に寄生された魔物のような人間のような男だった。ゴブリンやオークよりは強かったが、リビングアーマーである俺の敵ではなく、剣で体をほぼ両断してやった。
それは、魔物本人が気絶状態になり、出血多量で助からないだろうと俺が思った時に起こった。
「誰だって?」 俺は油断しないように剣を握りつつ聞き返した。
「だから僕はミナだよ。……ガルド本人じゃないんだ」 魔物は主張した。
ミナの主張はこうだ。別の世界で死んで、神様にこの世界へ送られた。人間そのものではなく、「人間の中の方にある肉体側の意識」として、異世界転生した。
「わけがわからん。『肉体側の意識』ってなんだ?」 俺は質問した。
「そのままの意味だよ。……人間の本来の人格とは別に、肉体の方にある、別の意識だよ。……あるんだよ。本来の人格からは、普通は見えないけど」 ミナは説明してくれたが、俺にはよく分からなかった。そこまで人間に詳しくないしな。
「僕は神様に貰ったスキルがあるから、外側にある人間側、……つまり本来の人格であるガルド本人の意識がない時だけ、ガルドの身体を使えるんだ。……それから夢の中ではガルドと会えるけど……目が覚めるとガルドは忘れちゃうんだ」
「ちょっと待て。人間なのか? その植物じみた姿で。そもそもなぜ人を襲ってたんだ!?」
「それは……長くなるので、……いっしょに見て……貰えます?」
ミナがそう言うと、俺はミナの視点で過去に来ていた。(ミナが何らかのスキルを使ったようだ)
ミナの視点:
前の世界の女子高でSC、つまり心理カウンセラーをしていた僕は、気が付くと神様と対面していた。
「ミナさんあなたは死亡しました。さっそくですがあなたは異世界で少年の『肉体側の意識』に転生してもらいます」
「え、『肉体側の意識』って何ですか?」
「一般に言われる人間の人格とは、外側にくっついている方の意識なのです。それとは別に、中側の、肉体の方にある、別の意識ですね。あまり知られていませんが実はそういうのがあるんです」
「僕は女なので、男性でなく女性にはしてもらえませんか?」
「できません。人間でなく、虫の体への転生でいいなら可能ですが」 神様らしい女性が言う。
「……分かりました。人間の少年の方でお願いします」 ミナが答えた。
「これが神様なのか?」 俺はつい口走っていた。
「シッ。黙ってて! 過去に介入しようとしないで!」 ミナが慌てて俺を遮った。
このようにして僕、高山ミナは異世界でガルドという少年の『肉体側の意識』になった。
「こんばんはガルド。また会ったね」
「こんばんはミナ。会えてうれしいよ」
最初は異性の肉体側意識となったことに戸惑ったが、男性の体にもすぐ慣れた。暫くは普通に暮らしてたけど、悲劇が起きた。
その時ガルドの母親は政敵に追いつめられていた。
「片方だけは見逃そう。……要らないと決めた方の子供を、剣で刺して崖から捨てろ。そうすればお前と子供一人は助けてやる」 意地の悪い笑顔で男が言う。
「約束ですよ! 必ず守ってちょうだい。……ヨハン、こっちにおいで」 母親はガルドを捨てることを選択した。
「母さん。……そんな」
「……」 母親は無言で剣を振るった。
「アアアアアアアアア!!」 ガルドは刺された痛みに震えながら崖を落ちていった。
ズキズキと傷が強く痛む。寒さに震える。母に見捨てられたことが強い精神的ショックとなっていた。絶望感を感じ、目の前が暗くて狭い。見捨てられたことがグルグル回り、身体に、手足に力が入らない。
シュルシュルとおかしな草が近付いてきて、気が付くと寄生されていた。意識不明となり何十年か経ってしまった。しかしそれでも生き残ってしまった。
「笑えよ。目が覚めたら植物まみれの姿になってて、何もかにも無くしてしまってたんだ」 知らない男の声が言う。
「この子がガルドです」
「目を閉じると、身体を固めて震えていたこと、刺されて見捨てられたこと、痛みと絶望感を感じるんだ!! 見捨てられたその場に戻ってしまうんだ!!」
「フラッシュバックなんだよ」
「フラッシュバック?」 俺はミナに聞き返した。
「ああ。人間側だけで対処できる精神的なショックは限度がある。あまりにも強いショックを受けるとトラウマやPTSDという、あー、病気の名前だけど、になるんだ。例えば、強すぎる1万の精神的なショックに襲われても、外側にある人間側だけで対処できるのは(例えば)千ぐらいとする。そうすると残りの9千は突破されて、中身側の身体や迷走神経系が緊急避難的に受け止めることになるんだ。その部分は後で、トラウマやPTSDになる。フラッシュバックが起きたり、身体が勝手に震えて、恐怖や不安とかの湧き上がる強い感情があったり、固まって身動きできなくなったりするんだ」
「生き残ったのにそういうのから回復したりしないのか?」
「生き残ったからと言ってトラウマやPTSDが消え去ったり回復するわけではないんだよ。元心理カウンセラーとして、僕も陰ながらサポートしようとしたんだけど、結果としては……うまくいかなかったね。見捨てられ感と、絶望感。それが強すぎたのかなぁ」
「それが人を襲っていた理由なのか?」
「ハハハハハハ。そうだぁ! 罠にかけて俺達を破滅させたのはこの地の領主だった! だがもう代替わりしていた。だからこの地の民を襲っていたのさ! せめてもの憂さ晴らしさ! うわっ誰だお前は!? 何してる!? 何がしたいんだ!?」
≪ブルブルブルブル…………≫ どうやら、俺の中の人間の子供の霊がガルドに何かしているらしい。
「あなた以外にも誰かいたのですか?」 ミナがびっくりしている。
「ああ、まあな」 俺はあいまいに答えた。
「何がしたいんだよ!? …… わけがわかんねえよ!?」 ガルドは戸惑っているようだ。
≪ブルブルブルブル…………≫ 人間の子供の霊は多分、ガルドの近くで何時ものようにぶるぶる震えているだけだな……。
「そんなんで……そんなんで、俺の見捨てられた感じと、絶望感が無くなったりしねえーーー!!!」
≪ブルブルブルブル…………≫
「だいたい手遅れなんだ! 俺は、関係ないと知ってる……、弱い奴らを何人も何人も殺したんだよーーー!!!」
俺には、人間の子供の霊がいつものよう震えているだけにしか感じられなかった。俺の鎧の中から出て、ガルドの近くにはいたようだが。
ミナは泣いていた。さっきまで叫んでいたガルドは無言になっていた。
暫くして気が付くと、俺は大きな木のそばに立っていた。俺の鎧の中から半分だけ体を外に出した人間の子供の霊が、ぶるぶる震えながら大きな木にさわっていた。
大きな木が、ミナの声でありがとう、と言った気がした。
ミナとガルドだったものは大きな木になってしまった。俺は「致命傷を与えたと思うが逃げられてしまって死体を見つけられなかった」と討伐報告した。その後街道での被害は出なくなり暫く経った後で依頼は達成扱いになったのだった。
リビングアーマーと見捨てられた感じと絶望感と無差別殺人な魔物 :おわり