4. 大災害のPTSDと老女とリビングアーマー
俺はがらんどうの鎧な魔物リビングアーマーだ。今日も人間に擬態した俺達はギルドの依頼をこなしていた。
ふと見るといつもブルブル震えてる人間の子供の霊が、俺の鎧の中から上半身を外に出して何かを見ていた。俺もそっちを見てみた。
その岩場には老女が座り込んでいた。人間の老女の霊だった。
≪ブルブルブルブル…………≫ 人間の子供の霊は相変わらず震えている。
「よお、そこで何してんだ?」 俺は老女の霊に声をかけてみた。
「…………」 老女は一瞬こっちを見たが、首を左右に振って顔を下げ最初の姿勢に戻った。震えているとこだけは、俺の中の人間の子供の霊と同じだった。
「じゃあな」 反応が返ってこないので、俺は街に戻ることにした。
「よお、また来たぜ」 次の日薬草を集めた後で俺は老女の霊がいた岩場に行ってみた。今日もあまり反応はないようだ。そうこうしてるうちにブルブル震えてた人間の子供の霊が俺の腹から出てきた。
「お、おい!?」 人間の子供の霊は老女の頭に触れた。
次の瞬間、老女の頭は輪郭がぼやけて、中に黒い穴が見えた。
「おお??」 と思ったら、俺と人間の子供の霊はその穴に引きずり込まれていた。
俺達は黒い穴を落ちてゆく。≪ブルブルブルブル…………≫ 人間の子供の霊は相変わらず震えている。やがて底に着いた。
底には幼女がいた。それは大災害時の記憶だった。家族は土砂で押し流されたが幼女は助かった。幼女はずっと震えていた。しかし震えてばかりいては、他人から奇異の目で見られた。うまくコミュニケーションを取ることもできない。
人間の子供の霊は震えながら幼女を見ている。幼女は体を固めることで、なるべく震えないように、怖いことは忘れるように、してみた。
固まって震えなくなった少女は一見元気になった。
「けれど、固まって、記憶も痛みも段々薄く遠くなっていつしか忘れたら、それで終わりじゃあなかったのよ」 十代になった少女が言う。
「…………」 人間の子供の霊は震えながら少女を見ている。子供の霊は、少女の言葉を理解している様子はなかった。
「時々、ふっと大災害の時のことを思い出す感じだった。それが20年ぐらい続いたかな……段々その頻度が増えたんだ。ぎゅうっと固めただけじゃ、本当は無くなってなかったんだ。結局また思い出したのさ」 中年ぐらいの女性は言う。
「大災害の時の記憶や痛みに飲み込まれている時間が多くなって、日常生活が送れなくなった。そして死んだのさ」 老女に戻った女性が言う。
≪ブルブルブルブル…………≫ 人間の子供の霊は震えながら老女をじっと見ていた。
俺は少し考えてから言った。「幼女の時に大災害があって、その時の記憶が苦しくて痛くて、固めて一旦忘れられた。けど、本当は解決してなくてまた思い出して、死んで、今もそれを受け止め続けてる。そして何か満足いくまで、もう少し時間がかかる、みたいな感じなのか?」
「そうさね」 老女は、初めて、少しだけ笑った。
俺と人間の子供の霊は、気がつくと岩場に戻っていた。老女の霊は最初に見た時と同じ状態に戻っていた。
「じゃあな、またこの街に来ることがあったら寄るかも。元気でな」 俺は冒険者ギルドへ向かって歩き出した。
大災害のPTSDと老女とリビングアーマー :おわり