40 えっ、俺がヒロインの相手役?
板谷翔です。
7月の上旬になった。
今日は、9月の文化祭、そして、10月の地区大会(高校生演劇コンクール)で演じる劇の役の発表がある日だ。
劇の台本はオリジナル。
3年の片桐先輩が原案を作り、そこに同期の尾崎の意見を取り入れて修正。さらに、顧問の山野先生が多面的に修正を加えて完成したようだ。
片桐先輩がずいぶん前に考えたストーリーで、大会での演技時間にうまく合うように作られている。
ヒロインは女子高校生。もちろん、葵が演じる。
劇のあらすじを説明しよう。
ヒロインは、学校でいじめを受けているわけではないが、学校が苦手で、クラスメイトとうまくしゃべれない女子高生。
彼女が学校帰り、悩みながら街中でうろついているところから劇は始まる。
公園のベンチに座り、どうしていいかわからず頭を抱えるヒロイン。
そんな時に、子供たちにいたずらされそうになっていたホームレスを救う男子高校生を見つける。
子供たちを訳のわからない言葉で翻弄し、煙に巻いてしまう彼は、大ぼら吹きでいい加減な男に見えた。
でも、その男子高校生はホームレスだけでなく、公園にいた妻に先立たれた老人、いじめられっ子の少年、仕事で失敗したサラリーマンを巧みに元気づけていく。
まるで魔法のように。
ヒロインも、いつの間にか、自分の悩みを克服していく・・・というような話だ。
男子高校生とヒロインの間には恋愛はないが、ヒロインは男子高校生に対して、強いあこがれを持つ。
恋愛に発展するんじゃないかな?というようなところで、劇が終わる。
俺は、この男子高校生の役は難しそうだと思った。
実質、主役だ。
劇中のヒロインだけでなく、観客をも惹きつけるような話術を展開しなければならない。
やっぱり演劇部の中核である2年生がやるんだろうな。もしかしたら部長がやるのかな?なんて
思っていた。
そしたら、その部長が俺のところにやってきて、
「おお、板谷、大抜擢だぞ。主役の男子高校生はお前に決まった。
難しい役だけど、がんばれよっ!」
「ええっ!まさか?俺、まだド素人ですよ。
そんな大事な役できるわけないじゃないですか?」
俺は冗談かと思った。
そしたら、尾崎がやってきて、こう言う。
「片桐先輩や山野先生とも相談したんだけど、
存在感を考えたら、やっぱり板谷しかないってことになった。
小出の相手役っていっても、恋人じゃなから、恋愛シーンはなしだ。
残念だったな。」
「冗談はよせ。
それより、存在感?俺にそんなものあるか?確かに一番背が高いかもしれないけど、
俺より演技がうまい先輩とか、中学から演劇やってる1年生がいるじゃないか?
変だぞ。俺が選ばれるなんて。」
「今回は経験とか演技の上手さは関係ないんだ。
がツーンとくる演技ができそうなヤツ、それだけで選んだ。
まあ、腹をくくれ。」
後ろから、片桐先輩が声をかけてきた。
こりゃマジだ。どうしよう。
小出のことを冷やかしていたけど、全然立場が変わっちまった。
小出はヒロインだけど、劇の最後の方で覚醒するまでは、低いトーンでの演技で進められる。
俺の方は最初っからハイテンションの演技をしなくっちゃいけない。
やべえっ!夏休み、無駄にできないぞ。
俺は、重要な役を与えられて嬉しいのと、上手くできるかわからない不安が入り混じって、おろおろ
してしまう。
そんな時、小出がゆっくり近づいてきて、俺を見上げて笑顔で励ましてくれた。
「大丈夫だよ。板谷君。いっしょにがんばろう。
私、板谷君が主役でよかったと思ってる。」
うっ、可愛いっ。こいつ、本物の女の子みたいだ。ちょっとドキッとした。
まあ、いつか重要な役をやりたいと思ってたんだ。
その機会が早くやってきただけだ。
やるしかないか。
「よし、小出。1年生の力見せてやろうぜ!」
「うん。」
俺は、小出と一緒にがんばることを決意した。
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葵です。ついに秋にやる劇の台本が配られ、配役も決まりました。
もし、恋愛劇で、ラブシーンとかあったらどうしよう?
なんて、いらぬ心配をしていましたが、やっぱり健全な劇でした。
当たり前ですよね。男同士のラブシーンとかあるわけないし、そもそも高校生で、
ラブシーンとか絶対ないもん。
内輪向けならできなくもないけど、対外的には恋愛シーンはご法度ですよね。
で、私の相手役で、実質的な主役は板谷君になりました。
すごい!難しい役なのに、大抜擢です。
板谷君って、1年生の中でも、リーダー的な雰囲気あるし、実行力あるし、強い意思を示す役なら似合うと思ってたけど、いきなり主役級とは驚きました。
でも、嬉しいです。
板谷君、入部以来頑張ってたし、私もけっこう頼りにしている存在です。
尾崎君も頼りになるけど、ちょっとチャラい感じがちょっと苦手。
板谷君の方がスムーズにコミュニケーションしやすいんです。
かっこよくて私好みだから・・・へへへ・・・ホモじゃないけど・・・
私は、板谷君演じる男子高校生に影響を受ける女子高生をやるんですが、
うまくやれそうな気がしてきました。
板谷君、今回を機に、ずっと私の相手役だったりして。
恋人役になったりしたらどうしよう?
抱きしめられるシーンとかあたらどうしよう?
ううっ、妄想してしまう。
私って、ラブシーンとかやりたいのかな?
高校生演劇でやるわけないのに。
しかも男同士でのラブシーンとかみんな絶対嫌に決まってる。
でも、将来、大学とかで演劇続けるなら、ラブシーンとかやったりして・・・
いかんいかん。妄想だめ!
私って欲求不満なの?
偽物女子なのに。
ちゃんと高校生演劇やらないといけないよ。
気合入れないと。
ヒロインは人との距離感や接し方で、すごく悩む役。
いじめはなくても、自ら人との間に壁をつくってしまうんだ。
そんな役できるかな?
役作りの研究しなきゃ。
ぼーっとしてたら、いいヒロインなんかできないぞ。
そうだ、映画や演劇を見て、勉強しよう。
早速、ネットで検索だ。




