第九幕 WYVERN(ワイバーン)「経営者」編
ワイバーンはついに正体を現した。こいつの正体が俺が働いている会社の社長、吉田 敬司だということがいまだに想像がつかない。
俺が働いている会社は、秋葉原で同人誌を販売している株式会社、竜の谷だ。この会社の社長、吉田 敬司は突然現れた巨星と言われる経営者で、秋葉原の家電販売屋のあったビルの一角を借りて同人誌を販売し、成功した。
俺が働いている時、業務エリアにはあまり顔を出すことはなかったが、何度か話をしたことがあった。あれは通販システムを改修しているときに徹夜になったときのことだった。
「はあ……エラーが消えない。今日も遅くなってきたな。ホマーが心配してるだろうな……」
他の業務エリアが消灯したあと、自分のデスクの周りだけが煌々と光っている。
「先輩は用事で帰ってしまったし、俺も一段落したら上がるか……」
その時、誰かの足音が聞こえた。まだ残っている他の部署の人間かと思った。
「君。遅くまでご苦労さん」
誰かがパーテーションの向こう側からこちらに声をかけてきた。
「ありがとうございます!自分、そろそろ上がります」
「今は忙しい時だから辛いが、もう少しで乗り切れるだろう。今回のプロジェクトが成功すれば、売上は間違いなく伸びる」
重みのある声の響きだ。おそらく重役の方かと思い顔を上げて確認すると、なんと社長だった。
「しゃ……社長!おつかれさまです!」
「ごくろうさん。君は確か……通販システム部の太田くんだね」
「はい!」
社長である吉田は50代くらいの男だ。背が高く、それでいて痩せ型の体型をしている。表情は柔らかく、人を安心させるような声の響きをしているが、俺は全く安心できない。自分の会社のボスがどんなに気を使って周りを安心させようとしていても、従業員である自分がその気遣いに簡単に乗ることはできないのだ。これは、俺の性格なのだろうか。
「太田くん、君の活躍は報告を受けているよ。今回の通販システムリプレイスでも良い働きをしていると聞いている」
「ありがとうございます。過分な言葉です」
「今日はもう帰りなさい。最近は世間も物騒らしいじゃないか。それに君には家で待つ嫁さんがいるではないか」
「はい!一段落ついたところで上がらせていただきます」
俺の嫁の話を知っているのか。部下の家族構成まで分かっている上司は有能と聞く。
「うむ。私は先に帰るから、戸締まりを宜しく……あ、そうそう。これ、苦手じゃなかったら食べて」
そう言って社長が渡してきたのは人形焼だった。人形焼は俺の好物である。
「ありがとうございます!人形焼、とても好きです」
「それは良かった。ではお先」
「おつかれさまでした!」
人形焼を食べながら帰る身支度をする。思えば経営者とまともに話をしたのはこれが初めてかもしれない。今までこの年齢(30歳)まで正社員で働いたことがなかったので、経営者と話をする機会は殆どなかった。
「社長……か」
従業員を持つというのは、どういう感覚なのだろうか。想像もつかない。
ワイバーン(吉田 敬司)はついに正体を現した。俺の会社の経営者がワイバーンだったなんて、全く想像がつかない。世の中、不確実性が増していくと言われているが、これは不確実のレベルを超えている。
俺の能力は、相手の本当の名前を知るとそいつが術で実体を持たなくても目の前で実体化する、というものだ。だが、今回は敵が自分から名を名乗り、俺たちの前に姿を現した。
「太田くん。顔色が悪いようだね。あまり緊張しなくても良いんだよ」
「あ、あなたがまさか……ワイバーンだったなんて!」
「私が憎いかい?」
「……あなた自身に憎しみはない。むしろ、感謝している」
ろくに仕事の経験もない俺を雇ってくれた会社とその経営者には感謝している。しかし、それが俺の日常を破壊するワイバーンだと知ると、複雑な気持ちになる。
「太田くん。私と取引しないか?」
「取引……?」
「もし仮に、君が私を倒すと会社の運営にかなりの影響を及ぼす。君もそうだが、会社で働く従業員、約2300人の人生に多大な影響を及ぼす」
「……」
「私の目的は、そこにいる北条政子の持つ力だ。その力がほしい。その力を私が得る代わりに、君と北条政子の命は助けよう。そして、何事もなかったように日常を送ることが出来るように約束しよう」
「ホマーの力を得て、それで何をしようと言うんだ?」
「それ以上は言えないな。君たちに知ってもらいたいのは、君たちの身の安全は確保されるという点だけだ」
ホマーの能力がワイバーンに移る。俺とホマーは日常生活を送るだけだったら、能力はそこまで必要ないと言える。だが、気になるのはワイバーンの企みだ。この企みが自分たちと関係がないと言い切れるのか。
「身の安全が確保できるというが、あなたが何をしようとしているのか分からない限り、はいどうぞとは簡単には言えない」
「ふふふ……大丈夫だ。君たちは以前とは全く変わらない生活を送れるんだよ。なんなら広い社宅に引っ越さないか?いい生活、報酬も約束しよう」
ちょっと心が動いた。今の手狭な家と、心もとない給料だけでは生活が不安定だとも感じていた。
(スケさん……!駄目よ!)
(この声は……ホマーか!?)
心に話しかけてくる声を感じた。ホマーが術で俺の脳内に話しかけてきているのか。
(丁度、あなたの脳内に話しかける術を完成させたの)
(都合がいいな。ワイバーンは一体、何を企んでるのか分かるのか?)
(ワイバーンが何を考えているのかは分からない。でも、もし仮にワイバーンが私の能力を取ったとして、私から能力がなくなったら、私は消えてしまうの!)
(なんだって……!!)
(私がこの世界で姿を保っていられるのは、術の力によるものなの。術が使えなくなったら、私の存在がこの現世で固定化できなくなる。それは死を意味する)
(……ホマーの存在そのものが、術の為せる技ということなのか)
(そうよ。私の存在は実態を全く持たない。術が作り出した生命体と言っても過言ではないの)
(そうか。ならやることは決まったよ。やはりワイバーンを倒すしかない)
「社長……いや、ワイバーン!ホマーがどういう存在か知っているか?」
「北条政子は鎌倉時代に実際に存在した人物だ。今、目の前にいる北条政子は霊体となって現世に固着した、半分実体の無い、意思の具現化したものという認識だ。意思の力と強力な術によって表現された存在」
「ホマーの術が使えなくなったら、ホマーが消えることは分かってるんだよな?」
「ぬ……!?貴様、そこまで理解していたか!?」
「ホマーは渡さない!!!」
「愚かな!君の生活と従業員2300人の人生よりも、実体の曖昧な娘を守るというのか!?」
「すまないが、俺としては他の社員よりも、俺自身の人生の方が大事だ!そして、俺の人生の中でホマーの人生はとても大事なものなんだ!!ホマー、戦うぞ!!」
「OK、行くわよ!!」
ホマーの呼び出した獅子が社長に飛びかかる。社長はすぐに元のワイバーンの姿になった。
「ぐふふふふ!!ひどい男だな。自分の身勝手さが、多くの人間を苦しめることがわからないのかなぁあ!?」
ワイバーンの翼が獅子に向かて竜巻を放つ。竜巻が獅子にぶつかると、竜巻が炎を纏って、獅子を焼き尽くす!
「ギャオオオオオン!!」
「獅子が持たないぞ!?」
「まだ手はあるわ!スケさん、江ノ電沿いに走らせて!」
「おう!」
「ぎひひひひ!!脆弱、脆弱な!脆弱な獅子!」
ワイバーンの手の爪で、獅子の体が八つ裂きにされていく。血が吹き出し、肉が引きちぎられる。その惨状を思い切り見てしまい、思わず吐き気がした。
「う……!」
「見ようとしちゃ駄目!あれは幻想よ」
「うう……気持ち悪い……」
吐き気を抑えながら、必死に車椅子を加速させ、コントロールしていく。長谷寺の前の交差点まで来た。
「車椅子のバッテリーが残り45%を切った……思った以上に電気の消費量が多いな……」
「私の術で充電できないかしら?」
「電圧100Vってどれくらいの力か分かるか?」
「う……全然分からないわ……」
「駄目だ。止めたほうが良い。壊れてしまったら元も子もない」
「うう……もっと勉強しておけばよかった」
「今度、電気のことを教えてやる」
ホマー、俺は自分の人生とホマーが大事だと言ったが、本当は全人類が救いたいんだぜ……。この戦いでそれを実現できるか、試してやるよ。
「人は、そんなに弱い存在じゃない。俺はそう言いたいんだ」
「スケさん……この戦い、必ず勝ちましょう」
「ああ!そうだな!!」
続く
この小説を友達に読ませたら、説明不足だと怒られました。なので説明をしていくスタイルにしていこうとおもってまする。




