第二幕 WYVERN(ワイバーン)「始まりの宴」編
新たな戦い、ワイバーン編が始まります!
第二幕 WYVERN
日本経済の復活は、震災から始まったと考えている。
今や日経平均株価は2万円※1を超え、失われた20年は過ぎ去った。
もう一つ、震災から始まったものがある。それは、このワタシだ。
ワタシの名は、そうだな……実業家、吉田 敬司としておこうか。
ワタシが受けた苦しみは、この日本を破壊するぐらいのことをしなければ収まらない。
おお!この200年間、ただ地獄の底で苦しみ続けてきた恨み、晴らすべきかっ!
……
ただいま。
仕事から帰ってきた俺は、靴を下駄箱にしまう。廊下の向こうから、小柄な彼女がすたすたと走ってきた。
「おかえりなさい、あなた」
そうだ、先に言っておく。俺はこの娘、ホマー※2こと、北条政子と今年の春、結婚したんだ。結婚と言っても、彼女は日本国民として認識されていないし、住民票に登録された人間でもない。だから、税金とかは掛からないんだけど、彼女を証明する書類は一切無いから、婚姻届というものも出しようがない。だから、俺は勝手にホマーと同意の元、鶴岡八幡宮の境内で、勝手に二人だけで挙式を挙げた。
つまり、俺とホマーは新婚さんなんだ。
「ねぇ、そろそろご飯にしません?」
「おいおい、まだ夕方だぜ。食いしん坊め」
ホマーは位の高い家柄の出だから、自分でご飯をつくることもできない。
おまけに、日が沈んだら寝てしまうような時代の人間だから、夕方にはちゃんと夕ごはんを食べる。何かにつけて人より先んじようとする、この超過当競争の現代で彼女は生きていけない。俺が彼女を守る。
ところで、俺の名は太田 資長。人からはよく、スケさんと呼ばれている。
今から三年前、幻想の宿敵、源義経とその家来、弁慶を倒し、心の平和を取り戻した。心の平和と言ったのは、この世の中の人間が義経と弁慶を一切認識することがなく、戦い、そして勝った。これは己心の戦いと言っても過言ではない。
江ノ島の近海が地震によって隆起し、江ノ島そのものが沈んでしまったのは真実だが、義経が現代に蘇り、義経を倒したのは幻想だ。
幻想と真実。俺にとってはどちらも真実だ。でも、不思議なことに目の前の俺の嫁、北条政子こと、ホマーは人からも見ることができる。
彼女を人に紹介するときは、コミケ※3で出会ったと言って紹介している。俺自身がオタク趣味だからというのもあるけど、彼女のおかっぱショートヘアーは、傍から見ると少しミステリアスで、格好は常に和服なので、役者か何かと思われがちだ。そこで、コスプレイヤーをやっていると伝えている。彼女は”義体”というハンドルネームで呼ばれている。大体の人はそれで納得している。彼女は人に会ったとき「ネットは広大だわ」と言って挨拶する。
今日はホマーの為に、アジの塩焼き、味噌汁、オクラ、納豆を用意し、白く輝くコシヒカリを炊いて食べた。
「夏はアジの季節。美味しいね」
「すごく……美味しいです…!」
なんでもないようなことが、幸せだったと思う……という歌を歌った人がいたけど、あんなしみったれた感情は微塵もない。ここにあるのは、あるがままの幸せ。今という時間を気のおもむくままに楽しむということ。数年前の自分では全く感じることのなかった感情だ。大切な人を守るという幸福が、ここにはあった。
「よかった。近所のスーパーで、一番新鮮そうなのを選んできたんだ」
「あなたが選んでくる魚は、どれも美味しいわ」
鎌倉の夜は更けていく。(ドラクエの宿屋の音楽が流れた気がした)
……今、夢を見ている。誰かが俺の耳元で囁く。
男の声だ!
三年前に戦った、源義経とは違う声だ。
「おまえは、だれだ!」
”カッカッカ……!!カカカ……!!”
乾ききった、耳障りのする、弾くような声で嗤う男。
「ワタシの名は……ワワ、ワタシの名は……!!」
「名前を言え!!!」
俺は直感的に察した。名前を言えば、その名と名の主は実体となり、幻想から真実に変換される。声で分かる。こいつは間違いなく「敵」だ!
「ワタシの名は……ワイバーン※4!」
「わ、ワイバーン!?」
「ワイバーンとは、仮の名前だ。お前にワタシの本当の名前を知られれば、私はお前の前で実体化してしまう。それは、今のワタシにとって、大変不利な状況を生み出す。なぜなら、お前は現代に転生した源義経と、家来の弁慶を倒した男。そして、将軍の妻、北条政子を転生させ、自分の嫁にしてしまう程の能力をもっているのだからな!!」
「太田資長、貴様を近いうちに、ワイバーンの尻尾の毒をもって殺すだろう。そして、お前の嫁もまた、ワイバーンの毒によって殺されるだろう」
「何ッ!!ふざけるな!!」
俺は頭が真っ白になるほど怒った。
だが次の瞬間、目の前が明るくなり、気が遠くなっていった……
「フフフフフ……ワタシの名を……言ってみろ……」
「ワ……ワイバーン……」
……
目が覚めると、目の前にホマーが心配そうな顔をしてこちらを見ている。
「はっ……夢だったのか……」
「あなた、大丈夫?すごく、うなされていたわ」
「新しい敵が現れた。ワイバーンだ」
「ワイバーン!?」
「ワイバーンは湿地帯に棲む尻尾に毒を持った伝説の竜だ。恐らくワイバーンは偽名で、俺に名前を知られないようにしているんだ」
次の日の朝。
起き上がると、隣にホマーがいない。するとホマーが玄関から入ってきた。すると突然、どこから持ってきたかわからない日本刀、日本酒の入った器、線香を灯した台 を日の差すベランダに丁寧に並べて、聞き慣れないお経を詠んでいた。
「爾時世尊 從三昧安詳而起 告舎利弗 諸佛智慧 甚深無量 其智慧門難解難入 一切聲聞 辟子佛 所不能知……」
あまりにも唐突な(元々、唐突に物事を進めてしまう性格で、現代の人間とは違う風習を持っているから今更驚かないのだが……)そして、厳かな呪文(お経なのだろうか?)を真剣に唱えているので、途中で声をかけるのを躊躇っている。しばらく、彼女の後ろに正座をしてじっと控えていた。(彼女の背中からオーラが出ている気がした)
「わたしの後ろに座って。正座を」
「は、はい!」
唐突に”正座を”などと言われて慌てて正座をしてしまったのが最後。
刀を日にかざしたり、お酒を飲んだりと大忙しな儀式は二時間も続き、ようやく終わった。(俺は足がしびれて意識を失いかけていた)
そして、ホマーがおもむろに語り始めた。
「ワイバーンの正体を見破り、これを打ち砕く。ワイバーンは毒を持って人々を惑乱しているに違いない。人が静かにいなくなる場所に、ワイバーンはいる……」
「そうか、ホマーは俺を奮い立たせようとしてくれているんだね」
「今の私にできることは、天と仏様に念じることだけ。今は船を空に浮かすこともできない。あなたがワイバーンを倒すまで、この儀式は毎朝毎晩、続きます」
「お、おう…!そ、それは嬉しい!」
マジかよ、毎朝毎晩、二時間ずつ、計四時間正座して、じっとしてなきゃいけないのかよ!と思ったが、彼女の気持ちは素直に嬉しいし、朝、早く起きないといけないだろうから、健康にもいいはずだ。
だが、朝起き……という、現代人が考える軽い感覚は覆された。
朝の四時、ホマーが突然布団叩きで俺の布団を叩き(叩き起こされたという表現はとても正しい)、そして俺を座らせて、刀とお酒と線香をまだ空の暗い時、ベランダに丁寧にセットして、お経を唱え始めた。
「爾時世尊 從三昧安詳而起……」
……
昼、頭は大変すっきりしている。
仕事に遅刻せず出れるというのは、気分がいい。あの古代の儀式をやり始めて、健康になった気がする。少なくとも、朝に強くなった。
「お、スケさん、超顔色いいね」
「だろ。嫁が朝早く起こして来るようになったんだ」
「いいなー、俺は一緒に住んでる彼女が全然起きないから、二人共朝はバタバタだよ」
同僚と他愛もない話をしつつ、デスクに向かった。
俺は今、ちゃんと仕事をしている。働いたら負けだと思っていたけど、働かないと死んで勝ってしまう。試合に負けて勝負に勝つ、などというストイックな考えにはなりきれなかった。だが、理由はそれだけではない。
あの三年前の戦いの後、路頭に迷いかけていたホマーを食わしてやりたいと思ったからだった。
元々、趣味でブログやホームページを作っていたこともあり、求人を探していたところ、あまり実務経験がなくてもOKという触れ書きに惹かれて応募したところ採用された。
最初は社名もろくに 見ずに応募したので気づかなかったが、この会社は秋葉原で同人誌を委託販売している「竜の谷」の運営を行っている大手流通メーカーの系列会社だった。
まさか、鎌倉に事務所を構えているとは思わなかった。
取り扱う商材自体が俺の好みだったこともあり、仕事自体は非常にたのしい。
季節によってはブラック企業もびっくりの労働時間になるが、閑散期は定時で上がれるので、なんとか続けられそうだ。
「スケさん、今日の商品一覧のデータを最新にしたから更新頼むよ」
「はいですー!」
お、きょうは大手同人サークル「MUGEN機動」の新作が出てるな。いい絵描くんだよな。めっちゃ売れるのですぐ即売してしまう。なので補充をすぐ頼まないといけない。
ふと、しばらく使っていないプロジェクトファイルから、見慣れないスクリプトが出てきた。なんだこれは。
```
import future from 'node-future';
const wyvern = (e) => e.battle([ 'bear', 'bull', 'tanuma' ]);
wyvern(future);
```
このスクリプト、リポジトリ※5で管理されていないので出処はわからない。
自分が打ったわけでもない。
不気味なのでゴミ箱に放り込もうかと思ったが、ほっとくことにした。勝手に消してシステムが動かなくなったら困るからな。触らぬ神に祟りなし。
昼休み、近所の定食屋で飯を食っていたら外から大きな飛行機のエンジンのような音が聞こえてきた。ずいぶん低いところを飛んでいるなと思ったが、外から女の人の悲鳴が聞こえてきたり、ガラスが割れる音も聞こえてきた。
窓から外を見てみると、空が暗くなっていて時折フラッシュしたりしている。
「キャーーー!!」
「なんだあれは!?」
自社に戻ろうと外にそっと出てみる。風が強いのでビルの壁伝いに歩く。空が真っ暗で遠くのビルが空よりも明るく見える。ネガポジが反転したような感覚を覚える。世界の色彩が反転したような、そんな風景。
瞬間、雷鳴が轟く。
その時、空から大きなトラックほどの大きさの人の形をした何かが飛んできた。
「なんだあれは!?」
「ば、ばけもの……!!」
人混みの真ん中に降り立った”そいつ”は大きな手を上げ、振り下ろす。
ズン!!
瞬間、何が起こったのかわからなかった。しかし目の前に現れた真っ赤な液体は、間違いなく人間の血そのものだった。
続く
※1 2017年中頃から日経平均株価は2万円台を行き来している
※2 ホマーとは「homer」と綴る。伝書鳩の意、あるいは古代ギリシャの詩人、ホメロスのこと
※3 コミックマーケットのこと(同人誌即売会)
※4 ワイバーンとは、湿地帯に潜む尻尾に毒を持った、伝説の竜である。ドラゴンと呼ばれることの方が多いが、この声の主はワイバーンという名を敢えて使ったのだろうか
※5 プログラムのソースコードを管理する仕組み
ワイバーン編、まだまだ続きます!




