第十一幕 WYVERN(ワイバーン)「逆流」編
ワイバーンは消滅したかのように見えた。だが、その瞬間に現れた田沼 意次と名乗る男がスケさんの脇腹を手刀で突き刺す。
「お初にお目にかかる。私の名は田沼 意次というものだ」
「た、田沼……!?」
「ワイバーンの姿はやめた。もうあの姿で遊ぶのに、いい加減飽き飽きしていたところだ」
俺の腹に突き刺さる手が抜かれる。その瞬間、血が吹き出し、全身が熱いような、冷たいような感覚に襲われる。貧血だ。頭が熱くなってくる。
「ぐ……」
「太田くん。君との遊びは面白かったよ。この軽薄な現代社会において、多くの人間は何か事件が身に降り掛かったとき”自分には関係ない”とか”面倒なことには関わりたくない”などと言って静かに立ち去っていくものだ」
「……」
「だが、君は違う。君はそこにいる北条政子を決して見捨てたりはしなかった」
気を失いそうになる。だが、俺は一言言わなければならなかった。
「田沼……いや、もうお前が何者でもいい……お前の目には、世の中が腐って見えるのかもしれない。薄暗い、そして欺瞞に満ちた連中たちが見えるのかもしれない」
こいつをなんと呼べばしっくり来るのかが分からなかった。ずっとワイバーンと呼んでいたので、ワイバーンと呼ぼうかと思ったが、もう誰でも良くなってくる。そもそも、こいつには明確な実体というものがない。振る舞いもそうだが、ただ人を惑乱し、家やビルを破壊し、そして素面に戻ると経済活動をするこいつの目的はなんだ?
「お前の目的が何なのか、未だにわからない。お前には目的があるのか?そもそも、この世で実体を持った存在として、何を成そうとしているのかが、全くわからない。お前には真実と呼べるものが何なのかも、どうでもいいのではないのか?」
「ふふふ……面白いことを言うね」
「お前にとっては、真実が何なのかとか、そんなことはどうでも良くて、ただ何かを破壊したり、人を惑わしたりすることそのものが目的なのではないのか?」
「ほう?」
「……純粋なる惑乱者、それがお前の……名だ……」
”純粋なる惑乱者”。そう言い放った。だが、そう言い放つ間に気を失った。
「さらばだ太田くん」
「スケさん……スケさん!!!」
……
…………
……………………
「スケさん!!」
「……ん?」
すっかり寝ていたらしい。春先の気温の暖かさが心地いい。風が草のにおいを運んでくる。
「おう。つい寝てしまったよ。風が気持ちよくてね」
「スケさん!!」
「どうしたんだい?そんなに慌てて」
「思い出して!なんで私がこんなに必死なのかを!」
「ホマー?」
「あなたの成すべきことは、何!?」
「ん!?」
ホマーは意味深なことを言う。俺にはその意図が測りかねた。なにか大事な約束をすっぽかしてしまったのか?いや、誕生日はまだ先だよな……
「ホマー……?わからない、俺がなにかしてしまったのか?」
「……」
ホマーは押し黙ってしまった。一体、どうしたというのか。俺はなにか大事なことを忘れているのか……
「……ホマー、俺が成すべきことというのは、意味深な問いかけに感じる」
「……」
ホマーは答えない。
「スケ野郎ーー!!」
土手の向こうから、会社の同僚が走ってくる。彼は同じ部署の先輩、吉岡さんだ。
「吉岡さん!?なんでここにいるんですか?」
「スケ!お前は敵と戦ってるんだろう!?なんで忘れてるんだよ?」
「え?」
敵?誰のことだ?
「俺が戦う相手なんて……?思い当たらないすよ!?」
「馬鹿野郎!いま思い出させてやるよ!!」
その瞬間、吉岡さんの姿が二枚の翼を持った、ドラゴンとも似つかないような、異様な化け物の姿になった。
「なっ!?」
「ぐふふふふ!!!太田くん。いよいよ追い詰めたぞ!覚悟せい!!私の名は、ワイバーン!!」
「わ、ワイバーン!!?」
ワイバーンと名乗る化け物は炎を吐いてきた
「う……うわっ!!」
間一髪で炎を避ける。ものすごい熱気が離れていても伝わってくる。あれに当たっていたら、熱さを感じる間もなく死んでいたに違いない。
吉岡さん(だったもの)はワイバーンと名乗った。吉岡さんは家族思いのガンダムオタクだった。小さい頃にお父さんを亡くし、母親と妹と三人で慎ましい生活を送っていた。吉岡さんは高校を卒業してすぐに働き始めたそうだ。その働き先が「竜の谷」だった。なんでも社長に境遇を同情されて気に入られたらしい。
「吉岡さん!今日はもう上がったほうが良いんじゃないですか?」
「お、スケ。何だ?自分一人でやること背負おうとして」
「今日は妹さんを祝ってやってください。そんな日があっても良いじゃないですか」
「お前……」
妹思いの吉岡さんはとても感謝していた。家族と離れて久しい俺にとっては想像するのが難しい感情だが、吉岡さんが喜んでいるのは伝わってきた。
「どうした!?逃げるのか?逃げるのか?」
「くっ!!」
だが、目の前にいるのは妹思いの吉岡さんじゃない……ワイバーンだ!
ワイバーン……俺は何か大切なことを忘れている気がする……何だ?一体、何を忘れているというんだ?恐ろしい化け物が目の前に迫っているのに、自分で自分が恐ろしくなるほどの冷静さを保てているのは、この頭のどこかの引っ掛かる思考があるからだ。
「追い詰めたぞ」
「吉岡さん……いや、ワイバーン!!」
「死ね」
ワイバーンは炎攻撃を繰り出す。だが、俺にはその炎の速度が遅く感じられた。自分で自分が恐ろしくなるほどの冷静さで、スッと避ける。
「ぬ!?なん……だと?」
「どっかで聞いたことあるような間抜けたセリフを吐くな」
俺はワイバーンに向かってパンチを繰り出す。自分の体が軽くなったかのような感覚がする。だから、ジャンプした時にヤツの顔の目の前まで一瞬でたどり着いた。そして、思いっきりぶん殴る。
「そんなバカな!!ガッ!!」
ワイバーンの首だけが思いっきり吹っ飛んで、川の反対岸のビルに突っ込む。ビルは崩壊し、轟音を轟かせる。ワイバーンの胴体は一瞬にして灰になってしまった。
「こ、この力は……!?」
自分の力が恐ろしい……
「スケさん。おめでとう……」
え?
「ホマー?どういうことなんだ」
「今、あなたが思い出すべき感覚は、”それ”よ」
「この力のことなのか?夢を見ているようだよ……俺はどうしちまったんだ」
「あなたが持っている力は、現実に現れる力よ。現実の世界を変える力」
「……」
ホマー、俺はまだ敵を倒していない。俺はここじゃなくて、元いた場所に戻って、本当の敵と戦わないといけない!
「俺にはまだやるべきことがある」
「行きましょう」
ホマーが俺の手を掴む。その時、目の前が光に包まれて……
……
…………
……………………
「さらばだ、太田くん」
「さらばだ……じゃねぇよ!!」
俺はワイバーン改め、田沼の肩を思いっきり掴む。そして強く、強くぶん投げた。田沼の体は呆気ないほど遠くに飛んでいき、鎌倉の町中に突っ込む。
「こ、これは、夢だよな?」
「スケさん!!これは夢じゃない。田沼の見せる夢でもない。あなたの力よ」
「ま、まてよ……俺に、どういう力が付いたんだ?」
「あなたがワイバーンの夢を最初に見たとき、私がお経を唱えていたのを覚えているかしら」
「そういえば……」
そう。前に俺がワイバーンの夢を見た時に、朝の四時くらいにホマーに叩き起こされたことがあった。そして俺に正座をさせて、刀とお酒と線香をベランダにセットして、お経を唱えていたことがあった。
「爾時世尊 從三昧安詳而起……」
「その怪しい呪文。それは何をしていたのか」
「フフ。信仰心の無い現代人にも、ほとけさまの加護を与える魔法よ」
「ほとけさまのことはよく分からないが、この湧き上がる力はホンモノのようだな」
全身が熱い。田沼に貫かれた腹の傷も治っていた。これじゃあ、ドラゴンボールじゃないか。でも、なんで今になってこの”スキル”が発動したのか。
「なあホマー、なんで今になってこの力が出てきたんだろう」
「この力は出そうと思って出せるものじゃない。現れるものなの」
「現れる……」
「本当の”覚悟”を決めた、ということよ」
俺は今まで、本当の”覚悟”を決めていなかったというのか。口では気合いを入れていて啖呵を切っていたけど、腹の底では弱腰だったというのか。
「ホマー、俺は口先だけで気合いを入れていたというのか……君はそれを分かっていたというのか」
「ずっと待っていたわ。本当に腹が決まる時を。そして、信じていた」
「俺は嘘をついていたというのか」
「嘘じゃないわ。でも、恐怖や迷いがあればその力は出なかった。スケさん、あなたは今、男になったということよ」
「お、おお……」
恥ずかしい!自分の腹の底をここまで見透かす仕組みが!
「ホマー……ずっと待たせてた」
「スケさん……」
俺はホマーの細い肩を抱きしめた。本当に可愛いやつだな。
「頼りにしてるわ」
「ああ、任せろ」
後ろから迫る気配を感じた。
「ぐおおおお!!!太田くん!!絶対に君を殺す!!殺す!!」
さっきとはぜんぜん違う凶悪な気迫。田沼の顔は鬼のような形相、牙が長く生えている。冷静さと知性を感じた声はもう、そこにはない。ただの悪魔だ。でも、全然怖くない。動きが遅すぎる。
「田沼……だっけ?今は。もう、お前が何でもいいや」
田沼が繰り出すパンチの風圧で周囲の建物が軋む。俺はそのパンチを片手で受け止めた。
「な……!!!」
「なんだっけ、こういうアニメあったよな。一発のパンチで敵を倒す主人公の」
田沼の腕を捻ってみる。すると、腕はもぎ取れてしまった。まるで粘土をひねるように。
「あっっ!!っっっつっt!!!!!」
「何だ?どっから声出してるんだ」
「ぎ……ぎぎ……キサマ」
「なあ、田沼。一つ聞いていいか?」
俺は前からずっと思っていた疑問を投げることにした。
「お前の夢はなんだ?」
「あ……あああ?」
「そんなアホみたいな声出すなよ。さっきまであんなに余裕な態度取ってたのに、全然駄目じゃないか」
「太田……君、その力は北条政子の与えた奇跡とでも言うのか……」
「そんなことはどうでもいいんだよ!」
田沼の腹に軽く膝蹴りを食らわせる。田沼の胴体が軋んで、骨が何本か折れたかもしれない。骨があるのか知らないけど。
「ご……ごほぉ……」
「まだ答えられるだろ?お前がそこまでして得たいものは何なんだ?」
「わ……わたしは、世界を……支配する」
つまらん。まるでテンプレの悪役のセリフだ。
「そうか。じゃあな」
「……!?」
俺は田沼の心臓?のあたりに腕を突っ込み、胴体を引き剥がした。
「ぐごごご!!!が……」
「……」
田沼の体は俺の腕から崩れ去った。出会った敵たちと同じように、田沼もまた、土塊となってこぼれ落ちていった。
……
…………
……………………
朝の光が眩しい。
いつの間にか寝ていたのか。
ワイバーン、いや、田沼……いや、吉田敬司との戦いから一週間。
会社では社長が行方不明になったとされ、暫定で副社長が昇格したという。
会社は人一人がいなくなっても回るように出来ているのか。
俺は貯まりに貯まった有給をここぞとばかりに使って休んでいる。
「いつの間にか寝ていたのか」
心に思うことをそのまま口に出す。嘘はつけないからな。
「スケさん、いつまで寝てるの?」
「ホマー、君は相変わらず朝が早いんだね」
俺たちはメチャクチャになった鎌倉の市街地の中で、家の片付けや近所の手伝いをしている。とても俺たちの戦いで街をめちゃくちゃにしましたなどとは言えないし、言ったら言ったで、おかしな発言のように聞こえてしまうだろう。だから、黙って街の復興のために手伝いをしている。
そうだ。前の戦いの時に目覚めた俺の力は、足を修復するに至った。周りの人間には新しい義足と言い張って歩いているけど、本当は自分の足だ。失ったものを取り戻すのは、奇跡のような力だった。
「そういえば隣の山田さん、水を欲しがっていたな」
「スケさん、それより先にウチの片付けをしなきゃ。自分たちの生活でさえままならない」
「そうだな……優先することを間違えちゃいけない」
夜。
ホマーと買い出しに行って買ってきたサンマをさばいて焼き、それを頂いた。
「サンマ好きだな」
「あなたも魚好きよね」
「ごはんが進むんだ」
「スケさん、これからどうするつもり?」
「しばらく休んで、落ち着いた頃にまた会社に行くよ。今は家のまわりもメチャクチャだし、自分たちの生活を立て直す」
「ねぇ、冬になったらまた千葉の海に行きたい」
「ああ、行こう。今度は車でも借りてドライブをしよう」
今度は普通に浜辺を歩くこともできる。
「一緒に海岸を歩こう」
「ええ。でも、また車椅子を押しても良いのよ」
「ありがとう。でも、もう大丈夫だよ。自分の足で走り回りたいんだ。ホマーと一緒に!」
「ふふ。楽しみよ」
「ホマー」
「ん?」
「改めて言うのもあれだけど……これからもよろしくな」
「こちらこそ。スケさん、わたし、この時代に来て本当に良かった」
「まだこんなもんじゃないぞ。もっと楽しくなるぞ!世界に行こう。アメリカとか、ロシアとか、中国とか!ホマーの知らない世界をいっぱい見せてやる!」
「異国を巡る旅ね。一体、どんな世界が広がっているのかしら」
ワイバーン編
完
一区切り付いて満足しています。創作で区切りをつけるまで作った経験はそこまでないので、感慨深いものを感じます。今後のことはまだ考え中です。




