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Silver Ring  作者: 紫花
36/37

九章-end-

永訣の温顔

紗良は、あの後、小さなたくさんの光になって、『天国』である上に行った。

人は死んだら星になる、という言葉を、衛多はふと思い出した。

失意とたとえようもない悲しみの中、皆はようやく立ち上がった。

まず、静歌が目覚めたメシアの前に歩み寄り、彼女と目線を合わせて言った。


「…御免なさい」


「………」


メシアは目を逸らした。

そして、小さく言う。


「夢で言われた、綺麗な髪の天使さまに。笑ってるのが一番だって……、メシアの、上での名前って、何?」


「…!」


静歌は、その言葉に驚く。

決して聞かれる事はないと思っていたからだ。


「…済世。済世・クリストです。」


静歌の代わりに、シンがメシアの真の名を告げる。


「世を治める、世を救う、神の子の名前ですよ、メシア。」


「…改名できないのかしら。だって…済世は、天使の子だもの」


白金の髪を揺らし、メシアはそう言い、笑う。

涙を流し、静歌はメシアを抱き締めた。そして、メシアもつられて、泣きだす。

優しく、二人を包むシンがいた。




*  *  *




チャコールは、泣きじゃくる萌と蒼良を見ていた。

自らは泣かず、本を読むように、事実を淡々と受け止めていた。

だが、ふいに腰を上げ、地獄の闇に消えようとした。

部屋に帰ろう、彼女はぼんやりとそう思っていた。

その時。


「…チャコ!」


「…」


彼女を呼ぶのは、ディムだ。

彼しか、彼女の事を渾名で呼ぶ者はいない。


「…何?」


どこか冷たく聞こえる声色で、チャコールは聞く。


「いや…その…なんていうか…」


やはり。

彼はその声をそのまま受けた。

どこかに落胆を感じながら、チャコールは口を開く。


「用が無いなら、…話しかけな「やっぱりな」


「…何がよ」


「お前、なんか…無理してるよ」


「…何、言ってるのよ」


チャコールは、黒縁眼鏡の奥の壁を横にずらした。

それは、彼女の、嘘の癖。


「ほら、目逸らした。…お前、嘘つくと目逸らすの、知ってるか?」


「え」


「知らなかった、みたいだな」


してやったり、というような、悪戯が上手くいった子供のように、ディムは笑う。


「…そんなの、偶然よ!」


顔を真っ赤にさせ、チャコールは声を荒げた。


「偶然じゃない。…俺は、ずっと見てたから」


急にディムは真顔になり、そう言った。

彼は一歩、足を前に進めた。

彼女は一歩、足を後ろに進めた。

彼は進み、彼女は退いた。


「どうして逃げるんだよ。…どうして、嘘つくんだよ」


「…逃げてない。…嘘なんか」


「そうか」


素早く、ディムは『烙印』を撫でる。

そこから伸びる、黒い糸。

見ようによっては髪のようなそれは、すぐにチャコールを捕える。

ディムの仮名、『弦技』の力だ。


「…ディム、離しなさい。ワタシはこれを燃やせるのよ」


「…離さない。」


糸がチャコールを捕えたままディムの手に戻る。

そして、二人は向かい合った。一人は糸に捕らわれたままで。

ディムは手を伸ばした。

チャコールの頬に。


「ちょっと…何するのよ」


チャコールは静かに怒る。首を振って手を避ける。

だが、その手の力は強く、チャコールの頬を無理矢理ディムの方に向かせる。


「こっちを、向け」


「向いてるわよ」


「向いてない!目が逃げてる!」


言われて、また気付く。


「…どうしていつも、ちゃんと見てくれないんだよ…」


「…教えてあげましょうか?」


「…?」


ディムの手に、液体が当たった。

チャコールの頬に、涙が落ちていた。


「ちょっ、チャコ「恐いからよ!」


「…え?」


ディムは言葉を失くした。


「深く関わりたくないからよ!皆消えてしまうから!」


「……」


「何もかも!人も世界も…、未来も愛も「なくならない!」


勢いをなくしたチャコールは、小声で反論する。


「…嘘よ。今も、そうだったじゃない…」


「…お前は本当に何も見てないな。…諦めると思うか?あいつ等が」


そこで初めてチャコールは、初めてディムの顔を見た。

彼の顔は真っ直ぐ、チャコールを見ていた。


「どんな事をしてでも、あいつ等はまた会おうとすると、俺は思う。…多分、俺も」


「?」


「…本当に、見てなかったんだな…。…好きなんだよ。チャコの事が。」


息を飲む彼女に、ディムは寂しそうに笑って言った。


「…ごめん。…忘れて」


そう言って、ディムは糸を解き、どこかへ行った。


「…ディム…」


答えは言えず、少女は一人残される。




*  *  *




背を支えていた、双子の姉が消えた。

萌は支えがなくなった事で倒れ、横になったまま、ただ涙を垂れ流していた。

さっきまで隣に倒れていた筈の、あの子がいない。

笑顔が素敵な、桜色の少女が。

それを改めて認識し、また萌は泣く。


(…だから、ずっと一人でいたのよ…)


人間でいる時は、その性格のお陰で、人があまり寄り付かなかった。

ネメシスの姓になったのは、偶然だがとても良い姓だった。

ずっと使命一筋に生き、人と群れず、関わらない。

そうして来たのは、この時が恐かったからだ。


(あの…バカ…)


口が悪く、性格も顔もきつく、天の邪鬼な自分。

争いを好まず、美人で人柄も良く、とても素直に感情を出していた少女。


(死ぬのは、あたしの方でしょう…?)


未だ、萌は親友の死を受け入れられずにいた。

だが、彼女は聞いた。


「ふえっ…ひっ、お、ね゛ぇ、ぢゃん…」


少女の、義妹の泣く声を。


(…そうだ。あたしが、このあたしが、泣いている場合じゃない…)


ゆっくり、萌は手を付いて起き上がり、涙を拭く。


(あたしは誰かと一緒に泣くより、誰かの手を引っ張ってやるようなヤツよね)


そして、少女のいた場所を見る。


(そうよね?紗良…)


その瞳に、いつもの強気な光が戻った。




*  *  *




涙が止まらない。

拭いても拭いても、また零れ落ちる。

やっと止まったと思っても、義姉を思い出すと、また流れる。

ずっと、蒼良はその繰り返しだった。


(また…一人だ…)


長く天使をやって来て彼女に、これ程の悲しみを感じた事はなかった。

少女がやって来て半年、「家族」だったサンデルの者が蒼良以外全員死んだ。

その際、今のように泣きじゃくる蒼良を、少女は引き取ってくれた。

サンデルの者にも、兄弟はいた。下界にも、双子の、彼女を知らない兄妹がいる。

けれど、こんなにも絆を感じた事は、蒼良は初めてだった。


「…蒼良っ」


ぶっきらぼうに、呼ぶ声がした。


「も゛え…」


「あーあーヒドイ顔。こすりまくるからよ、まったく」


「そう゛いう、萌も゛、ひどい゛顔…」


「アンタよりマシよ」


そう言い、蒼良の顔を拭った。


「…さて。神様に頼みに行くわよ」


「…神様でも「出来るコトはあるの」


蒼良の言葉を遮り、萌は言う。


孤児(みなしご)のアンタを、あたし達ネメシスの一族が引き取ってあげるわよ。

他のヤツに反対されても、あたしは一人になっても、アンタをずっと妹にしてやるわ。喜びなさい」


「萌…」


「…姉妹(きょうだい)になっても、あたしは呼び捨てなワケ?」


目元を赤く、そして頬もほんの少し赤くして、萌は言った。

蒼良は笑って、萌の隣に蒼良は立つ。


「そんなわけないよ!萌お義姉ちゃん☆」


(ありがとう、紗良お義姉ちゃん…)


その顔に、曇りはない。




*  *  *




衛多は未だ立ち上がれずにいた。

初恋だった。

いつだって、初恋というものは、心に残る。

それはきっと、叶わないものだからだろう。

稀に叶うケースはあるが、その場合も、初めての恋人、という形で心に残る。

だが、彼のは明らかに叶わないものであり、心に残る要因も、ただの別れではない。

死だ。

衝撃は、強過ぎる。


「………さ、ら……」


心をも、壊す程に。

胸に去来するのは、彼女との思い出。

春休み、自分を狙いにやって来た。

初夏、義姉妹ゲンカに巻き込まれた。

夏休み、日々を楽しみ、

秋、騒動を共にやり過ごした。

初冬、自分の為に戦った。

年の終わりを共に過ごし、

年の初めに離れた。

そして、一ヶ月程前、恋を知った。

たった一ヶ月で、ここまで気持ちが大きくなるものなのか、と衛多は思った。

だが、と彼は考え直す。


(…大体、一年だな…)


一年越しの想いと気付き、また彼は項垂れた。

もっと早く、気付いていれば。

もっと速く、伝えていれば。


(…こんな事、には…)


嗚咽も漏らさず、彼は泣いた。


「…衛多・バンクス。」


「…はい」


呼ぶ声に、涙声で返した。

呼んだのは、天使の青年。


「こんな時に聞くのは、心苦しいのですが…。」


「…何ですか?」


俯きながら、彼は問う。

滲んだ焦点は、今も変わらない。


「貴方が悪魔の力を使った際、貴方は【計測】の中に入っていたのを覚えていますか?」


「…はい」


天使達の世界はとても自由だ。

自らの能力を超える事をしなければ、基本的に何でも出来る。

本来一人しか入れない【計測】の中に、人が二人程入れるのもそれのお陰だ。


「其の時、蒼良・サンデルは貴方の情報も見たそうです。…其の時に…。」


「…?」


「衛多・バンクス、いや、堤 衛多。貴方の生命力が減っていたそうです。」


衛多の涙が止まった。

シンはそれを見て笑いながら言う。


「貴方が力を注ぐのを止めた時には、普通の人間と同程度の量だったそうです。」


「…それ、って…」


「はい。貴方は転生出来ます。記憶等は当然魔法で消すので引き継げませんが…。」


その情報は、嬉しくもあり、悲しくもあった。

転生すれば、もしかしたら、転生した紗良に会えるかもしれなかった。

だが、転生すれば、紗良や他の全ての人と過ごした衛多の記憶は失われる。

衛多は、揺れた。


「………」


「私は此れから、永い時間をかけて天使と悪魔が共生出来るように努めます。悪魔の転生も、容易にしていきたいと思っています。

私は、一人目の悪魔の転生者を、貴方にしたいのです。私達天使と、済世達悪魔の架け橋となった、貴方に。」


返事のない衛多に、シンは続ける。


「…良い事を、教えましょうか?」


「…?」


「私は『ブロードビルド・ローラー』…『天賜器』の力で、世界、いや、宇宙全ての事柄を知る事が出来ます。どんなに些細な事でもです。」


「…それが、何ですか」


訊ねた衛多に、思いがけない情報が舞い込む。


「紗良・セイクルの魂の行き先が、十六年前と、判明しました。」


「…!?」


「魂は自由。何者にも、時でさえも縛る事は出来ません。そして、彼女の向かった先は、彼女の生まれた家でした。」


更に、神を名乗っていた男は続けた。


「補足ですが、…十六年前の彼女の家の住所は、貴方の街です。」


「え…!?」


思わず声をあげた衛多に、シンは微笑んだ。


「彼女の家庭の事情は先程聞いた通り複雑ですから、きっと紗良・セイクルはやり直しに行ったのでしょう。

…どうします、追いかけますか、堤 衛多?」


「…そうします。…また、紗良に会えるなら…」


(それに…)


覚悟を決めた理由は、シンの話だけではなかった。

衛多の腰のポケットに手を当てた。

渡せなかった指輪が、まだそこにあるのだ。


「分かりました。では、上へ行きましょうか。」


「はい」


シンは指を鳴らした。尾の長い光の鳥が傍らに現れる。


「ブッダ。…お願いします。」


了解、とでも言うように、シンの周りをくるりと一周し、ブッダは飛んだ。

光を散らしながら、シンを起点として円を黒い地に描く。

ある地点で舞い、不可思議な紋様を書き込んだ。

そうして巨大な魔法陣をブッダは作り、主の元へ帰る。


「御苦労様です、ブッダ。皆様、行きましょう、堤 衛多の見送りに。…トランスフェアレンス!」


彼の髪と同じ黄金色の光を発して、魔法陣は衛多達を『天界』に運んだ。




*  *  *




辿り着いたそこは、シンが座していた場所だった。


「ここから、転生が行えます。…やはり少し前に、魂が此処を通っていますね。」


「……」


俺は固唾を飲んだ。


「…と、父様。転生する時に危険はないわよね?」


ステノで影を作り、それでも眩しいのか、目を細くしているメシアが言った。


「大丈夫です。今までそのような事は一度もありませんよ。…天使に限っては。」


「それじゃ、保証もなんて出来ないじゃない!」


萌が逆上する。


「きっと、大丈夫です。転生を行うのはシンの魔法ですから。

魔法に失敗は、今までありません。其れは私達の誇りの一つですから」


マリアは皆を安堵するように穏やかに言った。

その言葉に、皆の顔から緊張の色が消えた。

俺も、その一人だ。


「では、そろそろ行きますか。…貴方は本当に、たくさんの事をしてくれましたね。」


シンが、しみじみと語る。

いつもの金の髪に、輝きがないような気がした。


「有難う御座いました、衛多さん。…それから、御免なさい」


マリア、いや、静歌が申し訳なさそうに述べる。

紅い瞳にも覇気が無かった。


「ありがとうナイト。…済世、ナイトに会えて良かった」


メシアが寂しそうに話す。

ステノを触りながら、彼女は必死で涙をこらえていた。


「別れは寂しいですが…、いつかまた会えるでしょう。その時は、妾の夫を紹介しますね」


イリスさんが瞳に涙を溜めて言葉を紡ぐ。

言った後、すぐに口元を押さえ、俯いた。


「澄花…チャコールの分も言っておくわ。アンタの事、嫌いじゃなかった。むしろ…会いたくなかったぐらいよ!」


萌は、後半泣きながら言った。

目頭を必死で押さえながら、萌は俺をじっと見ていた。


「衛兄ちゃん…、いなくなっちゃ、やだよ…」


蒼良は既に止められなくなった涙を拭きながら、弱々しく叫んだ。

俺は、その素直な思いに応えた。


「蒼良…大丈夫、すぐに帰ってくるよ。紗良を連れて、な」


「本当…?」


「ああ。それより早く、蒼良がどこかへ行っちゃうかもしれないのが俺は心配だな」


蒼良は首を大きく横に振ってそれを否定した。


「行かない。どこにも行かないよ。」


「本当か?」


「うん。だってボクは、紗良お義姉ちゃんと、萌お義姉ちゃんと、衛兄ちゃんがいる所が家なんだもん!」


涙でぐしゃぐしゃの顔で、蒼良は笑った。

細い金髪の頭を撫で、俺も笑った。


「そうか。…じゃあ、萌と二人で留守番、よろしくな!」


「うん☆」


俺は蒼良と合わせていた目線を高くし、言った。


「…お願いします、シンさん」


「…はい。」


そして、黄金の光を指に灯し、彼は魔法陣を描く。


「向かう場所は?」


「俺の街、俺の生まれ育った家に。」


円が描かれた。


「何をする為に?」


「大好きな人に会い、共にいる為に。」


曲線が空に浮かぶ。


「向かう時は?」


「十六年前、最初からやり直しに。」


直線が、陣を作った。


「宜しい。それでは、頑張って下さい。」


金の魔法陣が、シンの胸の前に浮かんだ。

俺は皆を見て、告げる。


「また、会おう。」


皆が頷き、俺はそれを見て目を瞑る。


「待っています、皆で。此の輪廻の途中で、貴方達を…。」


そして、来た。


「トランスミグレーション」


金色の光が、体を包んだ。

意識がどこかへと引っ張られる。


(…どこへ、行くんだろう…)


果てしないどこかを彷徨う感覚。

目を瞑っているので、それが何かは分からない。

ただ、とても暗く、とても明るい場所にいるようだった。


(早く、会いたい…な…)


思考が曖昧になってきた。

出口が、近いのだろうか。


(それに、し、ても…長…いな……)


霞み始めた意識の中、自覚を持たずに俺は縮こまる。

その様は、無垢な赤子。

知覚もなくなってきた。

最後に感じられたのは、温かさ。


(…ね…よ……―――――)


そして、おれはねむりについた。

かのじょに、あう、た、




*  *  *




「…あ。」


「どうしたの、シン?」


「…記憶を消すのを、忘れていました。」


「ふふ。…わざと、でしょう?」


「…さあ。まあ、大丈夫でしょう。…私は、信じていますから。」




それが、奇跡を生むのだ、と…。

お待たせ致しました、九章終了です。

長々とすいませんでした…。


次は終章、最終回となります。

二人はどうなるのか、ご期待下さい。


閲覧、ありがとうございました。

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