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Silver Ring  作者: 紫花
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九章 その6

初めから、彼女の人生は悲しいものだった。


親の、望まない妊娠。

父親は当然堕ろせと言い、金を置いて消えた。

なので紗良は父親をしらない。

希望を見失いかけた母親は、どうにか紗良を心の支えにして、十月十日彼女を待った。

生まれた彼女を見て、母親は、

彼女を受け入れなかった。

後日、聞いた話によると、自分の中からゲテモノが出てそれを信じたくなかったからだそうだ。

退院してすぐ紗良は、祖父母に預けられたそうだ。

それからおよそ十四年間、紗良は祖父母と共に暮らした。

祖父はよく酒を呑み、祖母はよくそれをたしなめていたそうだ。

母は、自分がいない時に祖父母に会いに行っていたが、養育費などは全く出さなかったらしい。

「早くバケモノは殺してしまえ」、そう言っていたそうだ。

十二の時、祖父がアルコール中毒で他界した。

それから二年後、祖母が脳卒中で死んだ。

親戚はどこも引き取りを拒否した。母はそこで初めて親らしく、彼女を受け入れた。

だがそれはうわべだけだった。

「私がこの手でバケモノを殺す」、日々虐待が待っていた。

世間に高校へ行ってない事がバレたらおかしく見られる、それだけで紗良は高校の入学を許された。

母は何も期待などしていなかった。望んでいたのは娘の死だけだった。

一番学費が安い高校へ入った。毎月適当に金を渡され、母は遊びに行っていた。

家事らしい事はまるでしていなかったと言う。

そして紗良は、小学校の頃から度々いじめを受けていた。

皆、必ず母譲りの綺麗な髪が気に入らなかったらしい。

小学生の時は日々罵詈雑言を浴びせられた。

中学生の時は面白半分で髪を切られた。

高校に入ってもいじめは続いた。

学生であった九年間で、彼女の意志はとても弱いものになっていた。

それに苛立ち、やはり容姿の事を言われ、始まったのだと言う。

中学より、更に陰湿に痛めつけられ、支えになる筈の家庭は無に等しかった。

紗良の心身はボロボロだった。

ある日の事だった。

その日も殴られ、蹴られていた紗良は、このままじゃいけないと思い、逃げだしたそうだ。

校舎の最上階、五階から下駄箱のある一階まで、階段を駆け降りていった。

すぐ後ろから、同級生が走って来る。

スピードを速めた途端、

紗良は階段を踏み外した。

まだ、踊り場に近かったら、どうにかなったかもしれない。

しかし、十段ある階段の、上から二段目で踏み外したそうだ。

紗良は階段を転がり落ち、勢い良く壁に頭をぶつけた。

打ち所も最悪だった。後頭部、だった。

血が流れた。

それを見たいじめっ子は、その場から逃げた。

紗良が頭を打った階段の踊り場は、人通りが少ない場所だった。

人が来ないのを考えて、その場所に彼女を呼んでいたのだから、ある意味当然と言える。

誰も来ないまま、日だけが去り、血が乾き、やがて、

紗良は短い生涯を終えた。


事故で死んだので、彼女は天使になった。

天使になったばかりの頃は、まだ自己主張はまるで無かった。

だから紗良は、自分を作った。

天使らしく。明るく振る舞い、笑顔を絶やさず使命に生きた。

神様としてのシンにも認められた。

半年後に、孤児(みなしご)となった蒼良と義姉妹となった。

蒼良の扱いには困らなかった。むしろ自分が支えられたと紗良は言う。

それを聞いた蒼良は、そんな事言わないでと、紗良にすがって泣いた。

そうして、天使になって大体一年が過ぎ、昇進の道が開けた時、

紗良は、俺に出会った。




*  *  *




「…生きてれば、あの時死ななければ、…私は、会えてたのかも…」


「けど、今会えてるから良いだろそんな事。もしかしたら会えてなかったかもしれないしな」


「…ね、みんな。ちょっと、良い…?」


掠れた声で、紗良は呼びかける。

そして、一人一人に問い、伝える。

一人目は、美しい金髪の大天使。


「審さん…神、様。…天使は、死んだらどうなるのですか…?」


「…強制的な転生となります。」


「…そう、ですか。嫌だなぁ…。神様、あなたの、存、在が…私の、希望でした…」


「…貴女の頑張りは私の誇りです。…まだ貴女は終わりません。」


二人目は、豊かな銀髪の大天使。


「し、ずかさま。天使は、恋、いけませんか…?」


「…恋は、いけません。それが愛になれるなら、私は良いと思います。恋は偽りの力を与え、愛は真の力を与えると、私は考えています」


「…そう、ですか。静歌、さまは、私達の、も、くひょうです…」


「有難う御座います。けれど私は貴女よりもっと高い所にいます。…貴女は此処で立ち止まっている人では無い筈です」


紗良は、その手を伸ばし、未だ眠る小さな悪魔に微笑む。


「メシア、ちゃん…許して、あげてね…。家族は、笑ってるのが…一番だから…」


綺麗な白金の髪を撫でると、メシアは小さく身動ぎした。

三人目は、白髪の少女。


「…玻璃さん、なぜそん、なに、人を愛せるんです、か…?」


「天使とか悪魔とか、私達には関係がありませんから。好きだから、ずっといる。それだけですよ」


「…ずっと、仲良く、いてください、ね」


「だったら…ずっと、私達の事見てて下さい、紗良さん…」


四人目は、夜空色の青年。


「ルリさん…、玻璃さんを、嫌いになった、こと、ありますか…?」


「ないね。だって玻璃は、今ここにいる玻璃・ニーダ一人だけだからね。彼女っていう存在が、僕は好きなんだ。嫌いになんて、絶対ならないよ」


「…うら、やましい…、私は…出来なかった…」


「まだ出来るよ、君にも。だから生きるんだ、紗良ちゃん。」


伸ばした先の手、メシアを抱く者に、紗良は問う。

五人目、漆黒の魔王に。


「…イリス、さん…そこまで、なぜ、一途に人を、…愛せるんですか…?」


「居場所のなかった妾を…、受け入れてくれたのがツキ、妾の夫でした。それだけじゃない、彼は何もかもを妾に与えてくれました。

…妾はそんな彼の愛した、此の世界を守っていきたいのです。…いつか、転生した彼が此処に戻って来るまで、妾は他人に流されてはいけないのです」


「…まっ、てて…くれます、かね…?」


「ええ…、紗良さんの想い人はきっと。けれどその人と、此処で一緒に生きましょう?」


六人目は、黒衣の少女。


「チャコールさん……、残されたら、やっぱり、…悲しいの…ですか?」


「はい、当然です。それは此の場所でも同じです。」


「…私…分からないです…誰も、悲しま、なかった…」


「そう思うのは、貴女が残す側だからです。…残される側になれば、分かります。」


七人目は、黄色い髪の大親友。


「…萌、死んだ時の、事…覚えてる…?」


「覚えてないわ。もう知る必要なんて無いから。そうでしょう?」


「…ふふ。…ごめん、萌。…私、…また、知っちゃ、う…」


「バカ言ってんじゃないわよ!元気出しなさい、起きなさいよ!!」


八人目は、翠の目の義妹。


「…蒼良、これ、から…頑張れる……?」


「無理だよぅっ…出来ないよぅ!!…お義姉ちゃん、何で死のうとするの!?」


「…疲れ、たの。…お願い…頑張っ、て……」


「やだ!!やだよ!!お願いだから、側にいてよお義姉ちゃん!!」


「あの…」


そこで、喋る男が一人。


「…僕、無視ですか…?」


九人目、弦技・ディム。


「こんな時になんですけど…あの、本当に、本当に疲れたんですか?楽しい事とか嬉しい事、無かったんですか?…恋とかも、しなかったんですか?」


「…ありまし、た…けど、初、恋ですけど…。伝えたら…もし、ダメだっ、たら………」


「そんな事、生きてる時にたくさんあります!僕だって、好きな人…いますから。

フられても、諦めなければチャンスはありますから。それは、辛い事ではないですよ。」


「…そうですか…あり、がとう……がんばり、ます…」


もう耳を澄まさなければ聞こえないぐらいの声量だった。

その声で、紗良は、俺を呼んだ。


「…衛多くん」


「なんだ?」


左手は紗良の手に握らせたまま、俺は彼女の口元に耳を近付ける。

彼女の声を、聞き逃さない為に。


「もっ…近付い…」


「あ、ああ」


言われた通りに、もっと耳を、頭を近付ける。


「…も…と…」


「これぐらいか?」


あまりに小さな吐息が耳にかかるぐらい、顔を近付ける。


「……ち…いて…」


「ん?」


聞き辛く、思わず正面を向いた。

口の動きを見れば、分かると思ったからだ。

目の前には、真っ青な紗良の美貌。

色の無い口唇が笑みを作る。

美しいと思い俺は動けなかった。

俺の左手から、手が抜けた。

上から何かに押さえつけられ、俺は、気が付けば、


紗良の唇に触れていた。


何かは紗良の手だ。そう気付いたのは、幸せそうに目を瞑る彼女を見たからだ。

一瞬、目を閉じた。

悲しいくらい、温もりが感じられなかった。

腕は落ちるように拘束を解き、俺は唇を離す。

今更、顔が熱くなった。


「…衛、多くん…、き…て…わたし…」


「…うん、何だ?」


紗良の頬も、少し、染まっていた。

本物より美しい、桜の色に。


「…だい、すき…だよ。…―た、くん…」


「ありがとう、…もう、喋るな」


今、俺は…

どんな顔をしている?


「なか……で…―いた、く……、」


「…紗良、…もう喋るな、…お願いだから…」


「あえ―、…かった…。ず、と…え…たくん……、あ、い…て―――――…」


彼女の唇が、動かない。


「…紗良?」


色が消えた。その頬から。

温度が、無くなった。その手から。

左手に力を込める。だが、力は注がれない。


「紗良、さら、…おい、紗良!!」


力を込めて、手を握る。

その手は、握り返してこない。

そこで、俺はようやく、現実を知った。


「…っ、紗良――――――――――!!!!」




その目はもう二度と、俺を映さなかった。

長い九章、読破ありがとうございます!

-end-の後、最後となります。

もう少し、二人の物語にお付き合いください。


閲覧、ありがとうございました。

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