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Silver Ring  作者: 紫花
30/37

九章 その1

渡してしまった。

彼は、どうするのだろうか。

捨ててしまう、だろうか。

きっとそうなるのだろう。

それで良い。私と彼は相容れない存在だから。

胸の奥にわだかまるこの春のような気持ちも、今となってはもう、正体不明で終わりたい。


コンコン。


「!!!」


取り留めのない考えを巡らせていた私は、突然のノック音に驚いてしまった。


「ど…どうぞ」


カチャッと扉が開く音。

訪問者は、私の義妹。


「蒼良…」


「お義姉ちゃん…お話があるの」


「何?」


その応答に、蒼良は少し顔を歪ませた。


「…気付いてないんだね、お義姉ちゃん」


「え?」


蒼良は指差した。

私の、左手を。


「……」


私は声を失った。

繋がりの証の、喪失に。


「え!?嘘!?どこで、どうして!!」


「…ボク、見たんだよ」


「どこで!?」


混乱した私を落ち着いた目で見ながら、彼女は告げる。


「…いつだったかな。…覚えてないけど、黒いモヤモヤしたのが、お義姉ちゃんの指輪を持って行ったの。

…言おうと思ってたけど、ずっとタイミングがなくて…」


「黒いモヤモヤ…『遣い』?」


「みたいだった…」


『遣い』を操るのは魔王だ。

つまり、今の魔王である踊飛・イリスだ。


「話をしに行ってくる。ありがとう、蒼良」


「うん…」


ちょっぴり、蒼良はいつもの明るさを取り戻した。

そんな彼女を見て、私も笑った。

その時だ。


コンコン。


蒼良より早いノックの音。焦っているようだった。


「どうぞ」


ガチャッとドアノブが動き、扉の向こうの誰かが顔を見せる。


「紗良さん、少し、良いですか?」


「静歌さま!」


銀髪赤目の大天使は、少し怖い顔をしていた。




*  *  *




私の他に、蒼良も萌も呼ばれた。

なんだか嫌な予感がした。


「…玻璃・ニーダがいません」


(…まさか)


やはりあの時の女性は玻璃さんだった。


「もっと早くに気付くべきでした。…彼女は使命をせず、未だ『ヴィーガ』のリーダーである立場の天使なので、下界にはいないでしょう。

…いるとすれば唯一つ、地獄です」


「…!」


蒼良が声を上げる。静歌さまはすぐにそれを問う。


「どうしました?」


「…あの、この前おね…、紗良さまの指輪を、『遣い』みたいなものが持って行ったんです」


「それを何故早く言わないのですか!?」


静歌さまが、珍しく声を荒らげた。

優しい彼女しか知らない私達は驚き、怯えた。

萌、唯一人を除いて。


(わたくし)が地獄に行って参ります。紗良さんの指輪も、玻璃さんも、取り返して来ますから」


「私の指輪です。私も行きます!」


「紗良さん…分かりました」


もしかしたら、今度こそ衛多くんに謝れるかもしれない。

そして、ちゃんと自分の気持ちを伝えたかった。

たとえ、その想いが届かなかったとしても。

いつまでも、隠していたくなかった。

自分の考えをそうまとめていると、蒼良が小さな手を挙げた。


「ボクも行きたい…ボクの力なら、皆の手助けが出来るよ」


「ですが…」


「静歌さま、あたしも行きます。世間知らずのお嬢様のお守りは、あたしに任せて下さい」


初めは渋った静歌さまも、萌の意見が入った途端、仕方ないといった感じに言う。


「…分かりました」


「どうしても不安なら、(わたし)も行きましょうか?」


「「「!!!???」」」


突然響いた声に、皆が驚く。

その声はいつも聞いている声によく似ていた。

振り向くと、誰もいなかったその場所に、その人はいた。

蜂蜜のように濃厚な金髪。

空より、海より、青く澄んだ瞳。

光よりも眩しい、白の長衣。

どの天使よりも天使らしいその人は、清らかに微笑む。


「…大天使、審・クリストです。私も地獄行きに同行します。」


「シン…大丈夫よ。貴方はここでこの世界を守っていて頂戴」


「大天使はまだいます。悪魔達も私達の所には攻めて来ないでしょう。琉衣(るい)・スカルダもいます。」


琉衣・スカルダとは、大天使の一人で、二人目の大天使だ。

白金の髪に悪魔にはあまりいない黒い瞳を持つ、紳士的な人で、滅多にこの『天界』にはやって来ない。

どこか別の世界に恋人がいて、その人を守っているとの専らの噂だ。

彼はとても優秀な天使らしく、静歌さまはその話が出た時、迷う顔をした。


「…そうですね。では…行きましょう」


言い、すぐに静歌さまは『福音』【金糸雀】の力で、何もせずに魔法を発動する。

気が付くと、私達五人は地獄の闇の中にいた。


「暗いですね」


言うと同時、額の前に光が灯る。

静歌さまを先頭、審さんを最後尾にして、一列になって歩いて行く。


「昔、私はここに来た事があります。その時、私の武器の一部をここのどこかで失くしてしまいました」


「見当は付いているんですか?」


萌がそう尋ねる。

静歌さまは頷いて答えた。


「えぇ。綺麗な洞窟の中なのです。…彼女がいなければ、良かったものを…」


憎悪を言葉に滲ませて、尊敬する大天使は呟く。

彼女はそんな人だったろうか、私は小さな疑問を持った。

その時、蒼良の足が止まった。


「あっ」


「どうしました?」


「あの…衛兄ちゃんなら、指輪とか、玻璃さんの事知ってるかもです。地獄で生活してるんですから、きっと知ってます!」


感心したような顔をし、静歌さまは応答する。


「成程…、行きましょう、皆さん」


そして、皆足早に歩いて行く。

しかし、私一人だけがとても遅く歩いていた。


(会うの…怖い…)


握りしめた左手に、指輪はない。




*  *  *




最近、無意識に紗良の事を思い出す。


〈おはよう!…じゃ、死んでね。おやすみ〜♪〉


今、下界は春。


〈世界の平和のために、一回死んで下さい♪〉


彼女と出逢った季節。


〈コントラクト…殺さないよ。〉


そろそろ、贈り物をする季節だ。


〈これからよろしくね、衛多くん♪〉


渡すのはもちろん、命が吹き込まれた銀の指輪だ。


〈あ、八時二十五分だよ?…頑張れ衛多くん♪〉


夏も冬も、ずっと一緒にいた。


〈…、恨んで、ないの?〉


人間が俺の存在を忘れても、彼女は俺を認めてくれた。


〈もういやあっころしたくない…殺したくないぃ!!!!!〉


だから、俺は彼女を支えたかった。


〈衛多くん!〉


彼女が心から大切だから。

だから、感謝と誓いを込めて、贈る。


「…受け取らなくても、無理矢理持たせる」


一人、決意していた時だった。


コンコン。


「はい?」


俺は扉を開けて、訪問者を迎えた。

俺は慄いた。

禍々しく光る紅が、そこにあったから。


「…衛多さん、お久しぶりです。地獄での暮らしは、どうですか?」


「……何しに、来たんですか」


「皆さんと一緒に、少し用があって…ほら」


扉を完全に開けた静歌は、闇の中で不安げにしている天使達を俺に見せた。


「…みんな」


「衛兄ちゃん!!」


すかさず、蒼良が俺に抱きついて来た。勢い余って俺は倒れ込む。


「衛兄ちゃん、衛兄ちゃんだよね?地獄で悪魔にいじめられたりしなかった?」


「そんな事あるわけないだろ、皆良い人達だよ」


来たばかりに悪魔達に敵視された事は伏せておく。

蒼良と再会を喜んでいたその時、


「フィスト!!」


頭上から拳の形をした衝撃波が来た。


「ぐわっ!!…痛えよ!!」


「知らないわよバカ!!皆は、こんなもんじゃないんだから!!」


そう言った萌は俯きながら、俺にもたれかかる。

五秒もしないうちに彼女は離れた。


「…まあいいわ。そろそろ話を始めましょう」


それに頷いた俺の目に、一雫分のシミがあるのに気が付いた。

皆が自分の心配をしてくれていた事に胸中で感謝しながら、話を進める事にした。


「それで、要件はなんですか?」


「玻璃・ニーダを知りませんか?」


「……」


沈黙が俺を圧迫する。


「…知ってるの?衛兄ちゃん…」


「……」


「早く言って下さい。私はこんな所に一秒でも長くいたくはないのですから」


イライラと静歌は言う。

このまま黙っていたら、まずい事になりそうなので、俺は言った。


「知っています…俺がここに連れて来ましたから」


「紗良さんの指輪は?」


「…同じです」


静歌は頷き、ただ一言。


「それは嘘ですね」


「!?

俺ですよ!」


彼女がそう言う意味が分からなかった。


「指輪を盗んだのは『遣い』だと、蒼良さんは言っていまし「違います、ボクは」



「お黙りなさい!!!」



同時、静歌の背後から無数の光縄が蒼良に飛んだ。

『エトワール』に願う時間は無かった。

皆、突然の事態に動けず、ただ光の紐を呆然と見るしか出来なかった。

縄は蒼良を縛り上げ、中空に浮く。


「いつもいつも騒がしく振舞って、空気を読まない世間知らずの餓鬼めが!!さぞ幸せな人生を送って来たんだろうな!!親に愛されない、衣食住も満足に確保出来ない、蔑まれ、穢れ、惨めに生きた事が無いお姫様は良いなぁ!!何不自由ない、幸せだけがあった奴は!!」


逆上した静歌は、魔法で矢や剣を作り、それで蒼良をいたぶった。

『ゾディアック』の【回復(パイシーズ)】で傷を癒しているようだが、本人はかなりぐったりしていた。


「静歌…さま、やめて下さいよ」


我を失っている彼女を止めようと右手を伸ばし、


「触るな悪魔が!!汚らわしい!!」


光の剣でその手を貫かれた。

その言葉に行動に、黙って見ていた萌も、目を伏せてずっと立ち尽くしていた紗良も、静歌を見た。


「…何、どうしたの皆さん?…私は貴女方が思っていた事を言っただけじゃない!!」


「思ってないわよ。思ってたら、蒼良は彼に抱きつかない。…あたしも、あんな事しないわ」


毅然とした態度で、萌は反論する。

萌は目で紗良に訴えた。

紗良は合った目を逸らす。

溜め息をついて、萌は一人踵を返して歩く。


「おい、どこ行くんだよ?」


「あたしは一人で行動する。追いたかったら追いなさい」


その時。


「…ぅぅぅ゛ぅ゛う、う゛あ゛あ゛っ!!」


叫んだのは蒼良だった。

光縄を引き千切り、血走った目で萌を追いかけた。

そして、追いつくといつもの調子で歩く。


「今のは…」


「『ゾディアック』、【狂化(トゥーラス)】。目的を遂行するまで我を失くして行動する、使う時によっては危険な力です」


ずっと皆を観ていた「神様」、シン・クリストが言った。


「…静歌・キャロル、落ち着いて下さい。私達は魔王を滅ぼせば良いのです。

…ここで同胞と仲間割れを起こせば、どうなるか分かりません。…裏切る可能性も出て来ます。」


「シン…分かった、ありがとう。…紗良さん、私達は魔王を探します。それでは」


二人は足早にその場を去った。

取り残された俺達は、


「…行くか」


「……」


玻璃さん達を探すことにした。

まだまだ続きます!この章は異常に長いです…

その分、皆様を楽しませたいと思っておりますので、よろしくおねがいします!


閲覧、ありがとうございました。

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