間章-end-
口唇の綻び
自室でメシアの作った菓子を食べていた俺は、扉のノックに気付いて、無理やり菓子を飲み込んで扉を開けた。
「はい…」
「ナイトさん…、届け物です。紗良さ「処分して下さい」
「いけません…、それにもう二人分あるのですよ」
蒼良と萌だろう。今日はバレンタインデー、こんな俺に作ってくれたのは嬉しかった。
しかし、あいつのは食べたくない。
「じゃあ、その二人の分を下さい」
「それが…、妾はどれがその二人の物か分かりません」
「…分かりました。…ありがとうございます」
渋々、俺は三人の天使からの贈り物を受け取った。
全部食べて下さい、イリスさんはそう言って扉を閉めた。
水色と、クリーム色と、白い包装紙に包まれた箱。
俺はまず水色の箱を手に取った。
中にはビー玉より二回り小さい水色の飴がたくさん入っていた。
それはまるで、涙が菓子になったような。
一粒摘み、口に含んだ。
二分足らずで消えてしまったソーダ味の飴は、どこか懐かしさを俺に与える。
小さい頃、時間を忘れて遊んで、ふと空を見たら夕日がもうすぐ沈む、そんな時の気持ち。
切ない感情が胸に沁みた。
「淋しい、のか」
色などですぐに蒼良が作った物だと分かった。
幼い天使が、俺を恋しがっている事に気が付いた。
そう、何も悲しいのは俺一人ではない。
胸中で謝りながら、次はクリーム色の包みを開いた。
中身は何の変哲もないビスケットだった。
一口食べ、歯を突き立てる。
…堅い。
噛めなかった。
(…あいつだな)
だがこのままビスケットに負けたくはなかった。
格闘する事数十秒。ようやく欠片が舌に乗る。
瞬間、痛いような刺激が走った。だがそれは本当に一瞬で、すぐにビスケットは綿飴のように溶けた。
後には爽やかな甘味が残る。
「…萌だ」
素直じゃない奴だから、甘味は後回しなのだろう。彼女らしい。
(…それじゃあ)
残るは、紗良の贈り物。
彼女の物、というよりは不思議な菓子に興味が湧いて、白い包装紙を剥がした。
オーソドックスなハート型のチョコレートだった。
量は先程の二人よりは少ない。五個程度だ。
(どんな味だろう)
萌のように、刺激が来るのだろうか。蒼良のように、物悲しいものなのだろうか。
(怒ってるからな、すごく痛いのかもな…)
一欠け、口に含んだ。
普通に甘い。
チョコレート独特の苦さと甘さが口に広がる。
気分としてはとても良いのに。
涙が、止まらない。
「………っ」
音もせず、ただボロボロと零れる雫に、俺は戸惑う。
天使達が届けた不思議な菓子が感情で出来ているのだとしたら、紗良の作った物はとてもそれが強かった。
痛いのは口中ではなく、胸中だった。
強過ぎる想いは、俺の中で響く。
悲しい、苦しい、辛い。
そして、愛しい。
嚥下し、俺は言葉を発した。
「…なんだよ、一緒かよ…」
強く、強く拳を握り締め、叫びたい気持ちを必死で抑えた。
今すぐにでも会って、伝えたかった。
俺も、同じ気持ちだと。
我知らず、俺は笑っていた。
クライマックスに入ってきました!
これから先は話がとても長いですが、色々な事が明らかになっていきます。
閲覧、ありがとうございました。