七章-end-
愚者の憫笑
…怒られてしまった。
私はあの時、酷い事を言ってしまった、気がする。
―「衛多くん、…本当に『堕落』しちゃったんだね…」―
私が彼の立場になって同じ事を言われたら、やはり彼のような行動をとるだろう。
―「もう、ここに二度と来るな。……いつまでも、昔のままじゃいられないんだからな」―
私は彼に拒絶されてしまった。
そうぼんやりと、意味を理解しようとせず思っていたら、声をかけられた。
「ナイトさんが…、好きなのですね」
「!?」
真っ黒いその人は優しく笑って言う。
「昔の妾のような顔をしていましたよ…、今は亡き妾の夫と喧嘩した時のような、そんな表情を」
「私…別に衛多くんの事なんか」
「貴女が気付いていないだけですよ…、今の時代にしては珍しいくらい、恋愛には疎いのですね」
鈴を転がすように、イリスさんは笑った。
私は言葉を失う。
イリスさんは続ける。
「天使さん…、貴女は生前、随分と自分の気持ちに嘘をついてきたのですね」
「違いますよ…。そうしなきゃ、私は生きていけなかったからです」
全てを見透かすその紫の瞳が細められた。
「もう大丈夫ですよ…、ここは貴女が辛い思いをしてきた所ではありませんから。…素直になって、良いのですよ」
私は頭を下げた。
私の考えは改まり始めていた。
地獄が何だ、悪魔がどうした。
天使と『天界』と何ら変わりはないじゃないか、と。
「今日はすいませんでした。それと、ありがとうございました」
「いえ…、結構ですよ。…チャコール、天使さんを案内してあげて」
私は表にいる同胞に呼びかける彼女に、右手を差し出した。
「イリスさん、…紗良・セイクルです。」
「良い名前ですね…、妾は踊飛・イリスです。よろしくお願いしますね」
握ったイリスさんの右手はほんのり温かく、ほっとする手だった。
不思議な地獄の女の人、イリスさん。
その後地獄を出る前、聞こえた話で彼女が魔王だと初めて私は知った。
地獄の端から魔法で移動し、私は自室に戻った。
そこには、蒼良も萌もいなかった。
魔法を使って体を清め、ベッドに倒れこむ。
母親の中の胎児のように、手足を縮め私は過去を思う。
イリスさんの言葉が頭で閃いた。
(素直になっても良い、か…)
「もう、遅すぎますよ…」
醜く顔を歪めて私は笑った。
いつか、鏡に向かってそうした時のように…。
七章終了です、お疲れ様でした。
閲覧、ありがとうございました。