四章
目覚めると、さっきの場所にいるような錯覚がした。
真っ白な場所。色が有るのなんて自分だけで、後は全て白色が占める。
けれど、その白に温かみはない。
ただ冷え切った感じだ。
「ここは…」
―やっと来ましたね。―
「!!」
頭に直接声が響く。
荘厳な空気が場を重くする。
「…誰だ…?」
―人間や天使が敬い、悪魔達が軽んじる存在です。―
「…神…様?」
―そうです、人間・堤 衛多。
…私の言い方では衛多・バンクス、ですかね。―
どうやら俺の名前は今から「堤 衛多」ではなく「衛多・バンクス」らしい。
―話を進めましょう、衛多・バンクス。
今からあなたにはある所に行ってもらいます。
そこでする事が済めば、あなたはすぐ元の世界へ帰る事が出来ます。―
「そう、ですか」
俺は神様に言われた通り、その場所に向かった。
<帰る…転生になりますけどね、フフフ…>
去り際に聞こえた声は小さ過ぎて、考えるまで至らなかった。
* * *
向かっている途中、こちらに向かって歩く者がいた。
金髪、翠の目、跳ねるように歩く少女を俺は知っている。
「蒼良…?」
「…えい、兄ちゃん?」
俺に気付くとその天使は走り寄り俺に抱きついた。
「衛兄ちゃん!!良かった、まだいたぁ!!」
「…良かった?
蒼良…どういう事だ?」
その言葉に、俺の腹に顔を押しつけていた少女は俺の目をのぞきこむ。
「え?知らないの?」
「あぁ」
言っちゃまずかったかな、と言いながら蒼良は言った。
「えっと…そっか、衛兄ちゃんは知らないんだよね。
…あのね、今から衛兄ちゃんは生命力を吸い取られるの。人並みぐらいになったら終わるんだけど。
けど、そうなると転生出来て帰れるけど…衛兄ちゃんじゃなくなるんだよ」
「どういう事だ?」
俺は蒼良を問い詰める。
「生まれ変わるから、戻る時に衛兄ちゃんは別人として過ごす事になるんだよ。
記憶は全部消されて、容姿も少し変っちゃうの」
と、蒼良に転生の話を聞いた時、頭に声が響く。
-衛多・バンクス、遅いですよ。早く向かいなさい。-
「あ、はい…
ごめん、蒼良、俺もう行くから」
「あ、う、うん。
…バイバイ、衛兄ちゃん…」
今にも泣きそうな顔をしながら、笑顔で蒼良は手を振った。
* * *
神様に言われた場所に着き、そこで、
「あら、久しぶりね。ここはどう?」
「萌!」
濃い黄色のつり気味の目を持った天使がそこにいた。
「どうって言われても、来たばっかりでなんとも…」
「なんだ、そうなの。
ここは素晴らしいわ。みんな主張がはっきりしてて、ケンカはあるけど争いはない。
主張を伝えられず、行動、それも暴力で意見を通そうとする下界のヤツラよりずっとステキな世界なの。」
萌が「下界のヤツラ」と言った時、すごい憎しみを感じた気がしたが、俺は話を続けた。
首を突っ込んだら萌に殺されそうだ。
「なるほどな。で、お前はなんでここにいるんだよ」
「退屈なのよ。
だから使命を頂けないかと思って神様の所に行くつもり。」
退屈だからといって、仕事は出来ないと思う。
言おうと思ったがやはりやめ、話を切る。
「そっか、邪魔したな」
そして自分の内に入ろうとした時、声がかかった。
「…アンタ、憎んだりしてないの?」
「…?
誰をだよ?」
萌が、いつもと違った調子で話す。
あの夜の事を、気にしているんだろうか。
「あたしよ、
死ぬハメになって、未練とかあるんじゃないの?」
俺はその質問に、正直に話す。
もし、彼女が気にしていたなら、それを晴らさないといけないから。
「…覚悟はしてたからな。
自分が死ななきゃいけない理由を知って、自分がいる事で生きなきゃいけないはずの人が死んでた。
その報いがいつか来るのは分かってたよ。」
「そう…」
ただ。
「…あいつの顔がずっと、頭から離れないだけだ…」
その表情は、
今にも泣きそうだったから。
風が吹いたら散りそうだったから。
暖かい光が当たっても、しおれそうだったから。
神様の優しい言葉でも、枯れてしまいそうだったから…
「俺は「はいはい、あんたも用事あるんでしょ?
そろそろ…来たわ。ほら」
彼女の指を追って、後ろを見たそこには、
絶世の美女が立っていた。
「…っ!」
思わず、息を飲んだ。
銀色の緩いウェーブの髪、真紅の目、真っ白でタイトなロングスカートにケープを羽織っている。
首にかけたロザリオが印象的だった。
聖母さま、と言っても過言ではなかった。
いや、彼女こそが聖母だと思った。
「…あなたが、衛多さんですね?」
声も、鈴を転がしたかのように澄み切った、慈愛が形になったかのような声だった。
「は、はいっ」
「ふふっ、そう固くならないで下さいな。
私は静歌・キャロル。よろしくお願いしますね。」
「はい、よろしくお願いします…」
俺は何故かメチャクチャに緊張していた。
顔は熱いし、心臓はさっきからバクバクと鳴っているし、泣き出しそうな気持ちで、逃げ出したくて仕方がなかった。
けれど、この人をずっと見ていたいような、そんな気持ちもあった。
静歌さんはまたふふっと笑い、魔法陣を描いた。
「横になって下さい。楽にして下さいね?」
言われた通りに、真っ白な床に寝転ぶ。
「今からあなたの生命力を吸い取ります。
…アブゾーブ」
青白い光が俺に当たった。
それは俺の体に浸透して、冷水のように俺から熱を奪う。
体の奥底から、何かが消えていくような感覚。
やがて青白い光は蛍のように俺の体から離れ、頭上に浮かんだ。
次から次へと、蛍の光のようなものは、頭上に集まり大きくなっていく。
それは終わりが見えなかった。
まだか、そう言おうとして、ふと見た静歌さんの顔は、
魔法の光より、青白かった。
俺はなんとなく恐ろしくなって声をかけた。
「静歌さん…?」
「…っ、ありがとうございました…もう、良いですよ…」
カンヴァージ、と魔法を唱え、俺から吸い上げた生命力を加工し球体の中の液体に変え、静歌さんは去ろうとする。
「本当に、ありがとうございました、衛多さん。
萌さん、あとはお願いしますね」
なぜかずっと側にいた萌が返事をするより早く、静歌さんは歩き去っていった。
「どうしたんだろ、静歌さん」
「さぁ。それと静歌さまの事は敬意を払って呼びなさい。
アンタの部屋はこっちよ、堤 衛多。」
「お前…」
俺は彼女の違和に気付いた。
今、俺の事名前で呼んだか?
しかも、生前の、人間の名前で。
「何?アンタはまたすぐ帰るんだから、その呼び方で良いじゃない」
「けど、今の俺は…」
「ウルサイわね!あたしにとってアンタは一生『堤 衛多』なのよ!
天使名はアンタに似合わないし、あたしの認識はそれ以上でもそれ以下でもないのよ!」
真っ赤になって、萌は早歩きで俺から遠ざかる。
これじゃあ俺の部屋の案内にならない。
「おい、待てよ、早いって!」
俺は素直じゃない天使を追いかけたのだった。
全話、章の数は通しています。
混乱するかもしれませんが、なにとぞご了承下さい。
閲覧、ありがとうございました。