終章-下界編-
餞の自嘲
『地球』の暦で、神の子と呼ばれる者が生まれて二千余年。
小さな島国の暦で、平成十余年。
もうすぐ霜が降りる月、ある日の夜明け頃、紗良の鎌『ヴァルキリー』によって、
堤 衛多という名の少年は、神の元へと向かった。
理由は、神様から与えられた生命力の持ち過ぎによる、人々の生命力の枯渇に関わるもの。
その事により、最低三百人もの命が消えた。
天使として、それは許す事が出来ないものだ。だから紗良は使命を遂行した。
天使としての、彼女は…。
「お義姉ちゃん、いた…」
蒼良が紗良を探して、ある場所にやって来た。
「なんで、ここにいるの?
衛兄ちゃんはもう神様の元だよ?」
そう、衛多の部屋、
いや、正確には衛多の部屋だった部屋に。
今、ここには何も無い。
シンプルな勉強机も。
小さめの洋服箪笥も。
彼等の出会いの場所でもある、ベッドも。
よく開け放たれていた窓にかかるカーテンさえも。
彼に関する何もかもが、無かった。
「萌は…?」
「萌は休みたいからってさっさと帰ったよ。」
「そう…」
「…お義姉ちゃんは、報告行かないの?」
紗良はゆっくり息を吸う。
鼻腔で感じるものは、少し埃っぽい空気だけだった。
人の部屋独特のにおいさえも消えるのかと、紗良は小さく静かに驚く。
吸いこんだ空気を吐き出し、彼女は絞り出すように声を発する。
「…行かなきゃね。」
「…紗良」
「…!」
初めて、蒼良が義姉の事を呼び捨てにした。
今まで、紗良の一族が彼女を迎えた時も、紗良の事は「お義姉ちゃん」だったのだ。
義妹は、凛とした口調で言う。
「ボク達は天使。誰かを救う種族だよ。
今回はそれが量の問題だったんだよ」
「分かってる…分かってるよ」
魔法の光を指先に灯し、紗良はゆっくりと帰る為に魔法陣を描いていく。
「行こう、蒼良。
考えてみれば、向こうでも会えるだろうし…ね。」
「……。」
(私、今どんな顔してるんだろう…)
彼女に知る術はなく、また、知りたいとも思わなかった。
紗良は、呟いた。
「トランス…フェアレンス」
紗良は消しゴムで消されるように、『地球』を後にする。
完全に紗良が移動する前、蒼良はポツリと言った。
「…お義姉ちゃん…
無理しなくていいのに…」
彼女が立っていた場所、床には、水滴が一つ落ちていた。
* * *
まずは、自室に移動した。
神様に会うのだから、ある程度の身支度はする。
とりあえず、人間に軽くではあるが抱きついたのだから、禊ぐらいはしないといけない。
「ピュアファイ」
脱衣し、魔法を発動する。
優しい滝に、身を打たれるような感覚。とても心地よかった。
ふと、目を開けた。
目の前には一糸纏わぬ姿の私と、魔法の滝が映った鏡。
私は笑っていた。
嘲るように。もちろん自分を。
だから、私は自分に言った。
「…それで良いの、紗良。
笑いなさい、自分を…」
そして私はまた笑う。
自分を痛めつけるように。
これで『下界編』は終了です。
次回からは『天界編』となります。
乞うご期待、です(^-^)
閲覧、ありがとうございました。